豆騎士 万聖節編


「トリック・オア・トリート!」
「うわ…ッ」
 司令室の扉を開けた途端飛びついてきた小柄な体をハボックは受け止める。15歳にして鋼の二つ名を持つ少年は、金色の瞳を輝かせて愛しい青年を見上げた。
「少尉ッ」
「来てたのか、大将」
 ギュウと抱きついてくる体をハボックはやんわりと押し戻す。そうすればエドワードが不満そうに唇を尖らせた。
「なんだよ、なんで抱き返してくれない訳?」
「いや、だってここ司令室だし」
 ハボックはそう言って顔を赤らめる。チラリと辺りに視線をやれば優しい同僚達はさり気なくそっぽを向いていてくれた。
「少尉に会いたくてわざわざイーストシティに寄ったのに、少尉は嬉しくないわけ?俺に会えて」
「そりゃあ勿論嬉しいに決まってんだろ」
 ふてくされた表情を浮かべる少年の頭をハボックは撫でてやる。自分と弟を取り戻す為の旅を続けているエドワードはイーストシティから遠く離れた場所にいる事が多く、軍人家業でハボックが忙しく走り回っている事と相まってなかなか会える時がなかった。おかげで漸く両想いになってからも思うように二人の時間を過ごす事が出来ず、まだ若いエドワードは欲求不満が溜まることこの上なかったのだ。
「だったらそれを態度で示せよ」
 その欲求不満を解消すべく、エドワードは涙ぐましい程の努力をしてハボックとの時間を作ろうとする。だが、そのやる気なさげな外見に反して真面目で照れ屋なハボックは非常に素っ気ない態度を取るばかりでエドワードには物足りなくて仕方なかった。
「態度でって言われても……」
 ハボックは困ったようにそう言ってエドワードをやんわりと抱き締める。すぐに離れようとする長身の首にぶら下がるようにしてエドワードはハボックの顔を引き寄せると、半ば強引に唇を重ねた。
「ンンッ、……ちょ…たいしょ……んん―――ッッ!」
 深く重なってくる唇にハボックが慌ててもがく。逃げようとする体を引き寄せてきつく舌を絡ませた時、ガチャリと扉の開く音がした。
「ここは司令室だ、鋼の」
 その声と共にポカリと後頭部を書類で叩かれて、エドワードは渋々ハボックを離す。ジロリと睨めば黒曜石の瞳が嫌そうに見つめていた。
「恋人同士の再会を邪魔すんなよ、大佐」
 そう言ってハボックを抱き締めるエドワードにロイは顔をしかめた。
「そういう事は人のいないところでしたまえ」
 ロイはそう言うと司令室の扉に向かう。
「大佐?」
 顔を赤らめたまま尋ねるように呼んでくるハボックにロイは答えた。
「会議だ。出たくはないがご老体どものお相手をしろとの中尉の厳命でな」
 司令部最強の女性の名を出してロイがため息をつく。
「ご愁傷様っス」
 中尉の命令であれば逃げ出すわけにも行かず、司令室を出て行こうとするロイにハボックが同情を込めてそう言えば、ロイが肩越しに振り向いて言った。
「後で旨いコーヒーでも淹れてくれ。それと鋼の、程々にしておけよ」
 それだけ言ってロイが行ってしまうと、ハボックがフッと息を吐く。
「じゃあ大佐が戻ってくる迄にオレも雑用済ませちゃうよ」
 言って離れようとするハボックをエドワードは引き止めた。
「大将」
 今度は流石に強く言って手を振り解こうとするハボックにエドワードはニヤリと笑う。その笑みに不穏なものを感じたハボックが離れるより一瞬早くその腕を掴むと、執務室の扉を開いてハボックを中に突き飛ばした。
「うわッ!なにすんだ、大将!」
 床に尻餅をついてハボックはエドワードを見上げる。唇の端を持ち上げた少年が後ろ手に扉に鍵をかけるのを見て、ギクリと身を強張らせた。
「大佐、暫くいないんだろう?ナニするに決まってんじゃん。大佐も程々なら構わないって言ってたし」
「な……ッ、いつ大佐がそんな事言ったよ?!」
「さっき。程々にしておけよ、って」
「そう言う意味じゃねぇだろッ」
「そう言う意味以外に何があるってのさ、少尉」
 エドワードはそう言うとゆっくりとハボックに近づいていく。慌てて尻で後ずさりながらハボックは言った。
「大将、ここ、どこだと思ってんだッ」
「大佐の執務室。ここなら誰も見てないだろ?」
「いや、そう言う問題じゃッ」
 エドワードと距離を取ろうとしたハボックは、背中にソファーが当たったのを感じてギョッとする。ふるふると首を振る青年にエドワードはニッコリと笑って言った。
「そういやさっきの返事、聞いてない、少尉」
「さ、さっきの返事?」
「うん。トリックかトリートかって聞いたろ?俺」
「え……じゃ、じゃあ、トリートがいい!お菓子ちょうだいッ、大将!」
 ハボックがそう叫べば、エドワードは残念そうに溜息をつく。ハボックの前に跪いて言った。
「ごめん、生憎お菓子は持ってないんだ。だからトリックで我慢して、少尉」
「え?」
「その代わりたっぷりサービスするから」
 エドワードはそう言ってにっこりと笑うと、ハボックを押さえ込み唇を重ねていった。


2009/10/31