パワー! 聖誕祭編


「あの……クリスマスイブって中佐はやっぱりデートで忙しいっスよね?」
 コーヒーを差し出しながらハボックが遠慮がちに尋ねる。突然の質問にロイは机に置かれたコーヒーに伸ばしかけた手を止めてハボックを見上げた。
「いや、特に予定は入れてないが」
 と、ロイは答えたが正しくは少し違う。本当は以前から好きで堪らない目の前の相手にクリスマスデートを申し込みたいと思っていたのだ。だが、申し込もうとするたび狙いすましたように邪魔が入り目的を果たせないで今日まできてしまっていた。
「イブに予定はないがそれがどうかしたかな?」
 ロイはハボックが言いやすいよう優しい笑みを浮かべて尋ねる。そうすればハボックが上目遣いに見下ろすという器用な事をしながら答えた。
「予定がないなら一緒にクリスマスパーティーどうかなって。司令室のみんなでワイワイやろうと思うんスけど、中佐、そういうのお嫌いですか?」
(デートのお誘いじゃないのか……)
 二人きりのイブを想像して一瞬期待したのだが、どうやらそう上手くはいかないらしい。それでも司令室のメンバーでのパーティーに参加すると言う事は、今は特定の相手がいないことを示していて、ロイは内心ホッとした。
「そんな事ないよ。仕事の一環でのパーティーは御免だが、そういう楽しいパーティーなら大歓迎だ。是非参加させて貰うよ」
「ホントっスか?よかったぁ」
 ロイの言葉にハボックが嬉しそうに笑う。
「中佐、絶対デートだと思ったから。じゃあ24日の7時に、ヘミングウェイの二階でやりますから」
 絶対来て下さいね、と言いおいて執務室を出て行くハボックをにこやかに見送ってロイはふぅと息を吐き出した。
「二人きりでないのは残念だが、そんな席なら機会もあるかもしれないしなッ」
 上手くすればハボックと二人きりになるチャンスもあるかもしれない。ロイは「よし」と拳を握り締め、その時に備えてシミュレーションを開始したのだった。


「こちらの書類も今日中にお願いします」
 ホークアイは既に高々と積み上がった書類の横に更にもう一山書類を置く。書いても書いても終わらない書類の山に、ロイは情けなく眉を下げてホークアイを見た。
「少尉、本当にここにある書類全部、今日中に決済が必要なのか?」
「そうお願いした筈ですが」
 先日、ハボックにパーティーの誘いを受けてからというもの、ロイは仕事もそっちのけでハボックと二人きりになるための作戦を考えたり、そうなれた場合のシミュレーションをしたりと脳内妄想に忙しく、気がつけば大袈裟でなく山のように仕事が溜まってしまっていた。
「だが、今夜はパーティーが……」
 時間は既に6時を回っており、パーティーは7時からだ。ロイの処理能力をもってしてもとても間に合うとは思えない。
「君もパーティーに出るんだろう?だったら」
「私の仕事はもう全て片づいていますから」
 ホークアイの言葉にロイは目をみはる。驚いたように見上げてくる黒曜石を見下ろしてホークアイは言った。
「まさかお守りがいなければ書類の決済も出来ないと仰るつもりじゃないですよね?中佐」
「そんなの当たり前だろうっ、これ位の書類、一人で全部出来るに決まって―――」
 そこまで言ってしまってからロイはハッとする。だが、時既に遅く。
「それを聞いて安心しました。流石にそこまで無能のはずありませんものね。では中佐、私はこれで失礼しますが後はよろしくお願いします」
(や……やられた―――ッッ!!)
 にっこりと最高の笑みを浮かべて執務室を出て行くホークアイを見送ってガックリと机に突っ伏すロイだった。


「今頃みんなで楽しくやってるんだろうな……」
 ガリガリと書類にサインを認めながらロイは呟く。ギリギリまで待っていたハボックが、ロイの事を気にしながらもホークアイに連れ去られてから既に一時間半が過ぎていた。きっと今頃パーティーは宴たけなわで、みんな楽しく飲んで騒いでいるに違いない。ロイはハアとため息をついて次の書類を取る。どう頑張っても終わりそうにない書類の量に、ロイのペースは著しく落ちていた。
「少尉もああまで警戒しなくてもいいじゃないか……」
 ホークアイがまだ世間知らずのハボックを上司の魔の手から守ろうと躍起になっているのは知っている。だが、ロイだって決して邪な気持ちでハボックにちょっかいを出しているわけではないのだ。
「私は純粋な好意でだな……そりゃまあ、ハボックにあんな事してみたいとかこんな事してみたいとか思わない訳では」
 そう口にすればよからぬ妄想が浮かんで、ロイの整った顔がだらしない笑みに崩れる。暫くの間妄想に耽っていたロイは、ハッと我に返り現実に打ちのめされた。
「どうせハボックの声を聞くことすら出来ないんだ」
 ハボックが他のみんなに楽しく話しかけていても、己は一人執務室で物言わぬ書類と格闘し続けるしかない。ロイがガックリと肩を落とし、肺の中の空気を全部吐き出すようなため息をついた時。
 突然、大部屋の方から大勢の足音が聞こえる。ガヤガヤと交わす言葉の切れ端も聞こえて、ロイは眉を顰めた。
「何なんだ?一体」
 まさかまた追加の書類が届いたとでもいうのだろうか。あんな大勢で書類を持ってこられたら一生かかっても終わらないんじゃなかろうか。そんな弱気な事を考えながら、ロイは立ち上がり執務室の扉をそっと開けた。そうすれば。
「あ、中佐!仕事どうっスか?もう終わりそう?」
 ハボックが紙袋からサンドイッチのパックを取り出しながら言う。誰もいなかった筈の司令室は昼間の賑やかさを取り戻したばかりか、机の上にはサンドイッチやチキン、サラダやピザやケーキが所狭しと並べられていた。
「これは一体……」
 司令室を見回して目を丸くするロイにホークアイが言う。
「ハボック准尉が中佐一人きりで残業なんて可哀想だと言ってきかないものですから」
「だって、中佐だってパーティー楽しみにしてたし、それにやっぱり一人いないと淋しいじゃないっスか」
 パーティー会場の店で始めはしたものの、ハボックがどうしてもと言い張って結局向こうで出された食事を総出で運んできたらしい。目を見開くロイにハボックが言った。
「ここでやれば中佐も仕事しながらパーティーに参加出来るっしょ?」
 そう言ってニコッと笑うハボックにロイがブルブルと震える。
「准尉〜〜〜ッッ!!」
 感動してハボックに抱きつこうとすれば、途端にホークアイが割って入った。
「ここにパーティー会場を移しはしましたが、中佐は仕事優先です。パーティーを楽しみたいのでしたらさっさと仕事を―――」
「終わらせるッ、終わらせるともッッ!!」
 そう叫んだロイは驚異の速さで書類を片づけると、ハボックの隣で楽しい一時を過ごしたのだった。


2011/12/25


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お久しぶりの「パワー!」です。ロイが二人きりでハボックとクリスマスを過ごす時が来るのか……全てはホークアイの腹次第って気がします(笑)