写真屋ケンちゃんその後  Roy × Havoc ver.


「あれ、ケンじゃないか。こんなところで何をしてるんだ?」
 肝心のモデルを探してウロウロしていた俺の前に、突然ハボック少尉が現れた。ナイスタイミング!と心の中で叫びながらもそれは表情に出さず俺は答える。
「そういう少尉こそどうされたんです?」
 実はハボック少尉と俺は知り合いだったりする。以前、マスタング大佐のインタビューをするとき、ハボック少尉に話をつけてもらったことがあるのだ。じっと見つめる俺の前で、ハボック少尉は大きな欠伸を1つする。すると、空色の瞳がほんの少し潤んで、その気のないはずの俺でさえドキリとした。
「眠そうですね、少尉。昨日は忙しかったんですか?」
「んー…殆んど寝れなくてな…」
「徹夜ですか?忙しくて大変ですね」
 俺がそう言えば、少尉は微かに目尻を染めて困ったように目を伏せる。ああくそっっ!シャッター切りてぇっっ!!
 目の前のシャッターチャンスに俺が身悶えていることなどまるで気づきもせず少尉はもう1つ欠伸をする。俺はふとこれこそシャッターチャンスかもしれないと少尉に言ってみた。
「仮眠した方がいいんじゃないですか?30分でも寝たらすっきりしますよ」
「うん…そうしたいのは山々なんだけど、仮眠室、いっぱいだったんだ」
 そう言う少尉は妙に気だるげだ。こういうところが野郎どもの視線を奪うんだろうなと考えながら俺は言った。
「この奥の会議室、狭いとこになぜだかソファーが突っ込んであるんですけど使い勝手が悪くて誰も使わないんですよ。仮眠するにはもってこいだと思いますけど」
 俺がそう言えば少尉が僅かに目を瞠った。
「え、そうなの?どこ?」
 ホントに眠いのだろう、少尉は縋るような目で俺を見ると聞く。その眠さで半分とろんと溶けた瞳に内心どぎまぎしながら俺は廊下の先を指差した。
「ここをまっすぐ行った突き当りの右です。人も来ないし、穴場ですよ」
 俺がそう言うと少尉は本当に嬉しそうに笑う。思わずその可愛い笑顔に見惚れてしまった俺に礼を言うと、少尉はふらふらしながら指差した方へと消えて行った。
「よしっ!」
 バタンと遠くで扉の閉まる音がするのを聞くと俺は拳を握り締める。これで第一目標の「少尉の寝顔」をゲットできる。俺が1つ頷いて会議室の方へと歩き出そうとした時、後ろから声がかかった。
「グラント准尉」
 その涼やかな声に恐る恐る振り向けば、果たしてそこには最高の笑みを浮かべたマスタング大佐が立っていた。
(出た――――ッッ!!)
 俺は内心そう叫びながらも見た目には冷静に敬礼をする。
「これは、マスタング大佐。その節はありがとうございました」
「いや、軍のことを市民によく理解してもらう大切な仕事だからね、広報部の仕事は。いくらでも協力させてもらうよ」
 そう言ってにっこりと笑うと大佐は言葉を続けた。
「時に准尉。ハボックを見かけなかったかな?」
「ハボック少尉でありますか?」
 そう答えながら俺はどうすべきか必死に頭を巡らせる。全くこの人ときたらもう、絶妙のタイミングで俺の撮影の邪魔をしてくれる。これまで一体どれ程のデータを消去したことか。少尉を撮ったつもりで映像を確認すれば何故かVサインをした大佐が写っていたりするのだ。全く、ハボック少尉限定哨戒機能付きセンサーでも持っているとしか思えない。おかげでハボック少尉の撮影は遅々として進まず、1ヶ月も密着することを余儀なくされたのだ。そんなことを考えている俺をじっと見つめる黒い瞳に、観念して俺は廊下の先を指差した。
「仮眠する場所を探しておられたのでこの先の会議室が穴場だとお教えしましたが」
 そう言えば大佐は「ありがとう」と笑って会議室へと歩いていく。せっかくのチャンスだったが、ここで知らないとウソをついたところであっという間にばれてしまいそうな気がして、俺は大佐の背を見ながらため息をついた。
「仕方ない、次の機会を待つか…」
 俺はそう呟くととぼとぼとその場を後にしたのだった。


 だが、その後、正直者の俺に天は味方してくれた。仮眠に行ったはずなのに余計によれよれになって現れた少尉は偶然顔を合わせた俺に泣きそうな顔で言ったのだ。
「頼む、ケン。オレ、このままだとマジで死にそうだからオレの仮眠に付き合ってくれねぇ?」
「は?仮眠に、ですか?」
「そう。オレ、そこのソファーで30分寝るから、その間誰も近づかないよう、見張ってて欲しいんだよ」
 必死の形相で縋る少尉を人道的にも見捨てるわけに行かず俺は頷く。するとホッとしたように笑うと少尉は俺の体を抱きしめた。
「ありがと〜っ、ケンっ!お前だって仕事あるのにこんな我が儘言って…」
「いいんですよ、そんなことより少しでも早く休んだ方がいいんじゃないですか?」
「あ、うん。そうだな。そうさせてもらうよ」
 少尉はそう言うと観葉植物の陰になっているソファーに倒れるように横になると瞬く間に寝息を立て始める。あまりにくたびれた様子に、会議室で大佐からよほど酷い小言でも喰らっていたのだろうかなどと考えながら、俺は神が与えてくれたシャッターチャンスにカメラを取り出した。あたりを窺うと少尉の寝顔に向けてシャッターを切る。シャッターの音がしないよう、特別あつらえのカメラは殆んど音を立てずに少尉の寝顔をその身に納めた。きちんと取れているか、データを確かめれば、色素の薄い唇をほんの少し開いて眠る少尉の顔がバッチリ撮れていた。
(よっしゃぁっ!少尉の寝顔、ゲットだぜっっ!!)
 心の中で握りこぶしを突き上げて、俺は無事少尉の寝顔を手に入れたのだった。


 とりあえず第一目標をクリアした数日後、俺は次の目標を考えるべく写真を机の上に広げた。寝顔をゲットしたら次はやはり着替え中の少尉だろう。これは結構簡単に手に入りそうな気がする。少尉は外回りの仕事が多いし、そうなると着替える回数も増えてくる。ロッカールームで張っていれば少尉のお着替え写真なんてあっという間に手に入りそうだ。
 俺は気楽にそう考えると下士官用のロッカールームへと向かった。ハボック少尉は尉官なのだから下士官用を使う必要はないのだが、こちらの方が気楽だといって部下達と一緒にこっちの方へ来ることは調査済みだ。俺は胸ポケットに小さなカメラを仕込むと、下士官用のロッカールームへと向かった。扉をあければハボック隊の面々の視線が一斉にオレを見る。その屈強な体つきにちょっと腰が引けながらも俺は中へと足を踏み入れた。
「あれ、ケン。お前も着替えか?」
 奥のほうからハボック少尉が声をかけてくる。俺はにっこりと笑うと野郎どもの間をすり抜けて少尉の側に近づこうとした…のだが。
「いや、ちょっと、この間のインタビュー記事の件で確認したいことが…ウッ」
 ドスンと誰かの荷物が思い切り尻に当たる。何が入っているのか、やたらと硬いそれに尻がジンと痺れた。
「インタビュー記事って大佐と一緒の?」
「ええ、そうです。あれの中の…どわっ!」
「あ、すまん」
 すぐ側の男が羽織ろうと振り回した上着で強かに額をはたかれる。視界も遮られて思わずふらついた俺の脇腹に誰かの肘がものの見事に入った。
「くぅぅぅぅ〜〜〜っっ!!」
 あまりの痛さに蹲ればハボック少尉が驚いて声を上げる。
「大丈夫か、ケンっ」
 俺に駆け寄ろうとする少尉を制して、一際ゴツイ男が俺の側にやってきた。
「おい、あんまりふらふらしてると危ねぇぞ。周りなんて見てない連中ばかりだからな」
 そう言って差し出された手につい手を差し出せば、握りつぶさんばかりに力を込められる。
「っぃ〜〜〜〜っっ!!!」
 あまりの痛さにまともに声も出せず、立ち上がった俺は離された手をもう片方の手で庇った。恐る恐る視線を上げれば部屋中の男が冷たい目で俺を見ている。
(殺される…)
 俺がそう思ったとき、肉の壁の向こうでハボック少尉がにっこりと笑った。
「コイツら、周りの人間への配慮ってもんがないから危ないぞ。すぐ着替えるから外で待っててくれ」
「そ、そうします…」
 俺はかすれた声でそう言うと逃げるようにロッカールームから飛び出したのだった。


 簡単に撮れると思ったお着替え少尉は思いもしなかった妨害に一時撤退を余儀なくされた。だが、俺だって写真屋の端くれ。こんなことで挫けるわけには行かない。俺がどうやってお着替え少尉をゲットしようかと考えを巡らせていると着替えを済ませた少尉がやってきた。
「ごめん、待たせた」
「いえ、大丈夫です。こちらこそ忙しいのにすみません」
 そう言えばハボック少尉はにっこり笑って首を振る。
「ここじゃなんだからあっちの休憩所に行かないか?」
 そう言われて少尉とすぐ近くの休憩所へと足を向けた。ちょうど少尉が中へと入ろうとしたとき、コーヒーの紙コップを手にした男が小走りに出てくる。
「「あっ!」」
 きちんと前を見ずに出てきた男は少尉とぶつかって手にしたカップの中身が少尉へと降りかかった。
「あつっ!」
「わっ、すみませんっ!」
 淹れたてのコーヒーの熱さに流石の少尉も声を上げる。わたわたと慌てる男を片手で制して、少尉はTシャツのコーヒーがかかった部分を肌から離すように引っ張った。
「脱いで火傷してないか確認した方がいいですよっ!」
 結構広い部分に広がる染みに俺が思わずそう言えば、ハボック少尉が頷いてTシャツの裾に手をかける。ハッとした俺が反射的に胸ポケットの隠しカメラのシャッターを切るのと少尉がシャツを脱ぎ捨てるのがほぼ同時だった。
「わ、紅くなってる」
「冷やすもの持ってきますっ!」
 男はそう叫ぶと休憩所から飛び出していく。後には困ったように笑う少尉と早く写真の出来を確かめたくてうずうずする俺とが取り残された。


 なんとか2枚目のお宝写真をゲットした俺は、やはりこれなくしてハボック少尉の写真集を出すわけには行かないだろうと言う写真を撮る計画を立てた。写真は勿論少尉 in シャワールームだ。これを撮るにはこれまで以上に慎重に慎重を重ねなければならない。まず、あのハボックセンサー内臓のマスタング大佐が不在であること。これが絶対条件だ。あの後ももう少しいい写真を撮ろうと色々試みたがこれぞという写真には必ず大佐の姿が入る。マスタング大佐がいる限り、そこがどんな地の果てでもハボック少尉の写真を撮ることは不可能に思えた。ハボック少尉はマスタング大佐の護衛官だから、なかなか思うように離れてはくれないものだが、だが二人が全く別々に行動することがないわけではない。俺は二人のスケジュールを調べて作戦を決行するXデーを割り出した。俺がXデーと決めたその日、大佐はフェミニスト団体だかなんだかのセレモニーに呼ばれて外出する事になっていた。しかも、護衛はホークアイ中尉だ。ハボック少尉はこれまた上手い事にその時間演習を組んでいて、それが終わればシャワールームに行くことが間違いなかった。
 下士官用のシャワールームでは、ハボック少尉が使うシャワーブースが暗黙のうちに決まっている。幾つも並んだブースのうち、二列目の右から2番目を少尉は必ず使うのだ。だから部下達はそのブースは絶対に使わず少尉の為にあけている。俺は夜のうちにシャワールームに忍び込むと少尉が使うブースの中に隠しカメラを仕込んだ。自分で確かめてシャッターを切るわけには行かないので、扉が開いたら自動的に10秒ごとにシャッターが切れるようになっている。俺はシャワーを浴びる体がバッチリ写るところにカメラをセットすると念入りにそれを隠した。
「よし、これが撮れれば写真集が出来たも同然だ」
 俺はワクワクする気持ちを抑えてシャワールームを後にすると決行の日を待ちわびたのだった。


 その日、俺はせっかくだからとハボック隊の演習を覗きに行った。だが、いつもに比べて動きが鈍いように見えるそれに首を捻る。一体どういうことだろうと思った俺は演習を終えて上がってきた隊員の一人を捕まえて聞いてみた。
「今日は新米どもが混じってんだよ」
「新米?」
「そう。まだ配置の決まってないヤツらをどこに入れるか様子を見るのに混ぜてんだ」
 隊員の言葉に俺はふと不安になった。新米とはいえ暗黙のルールくらい了解してるんだろうな。まさか上司である少尉の専用ブースになっているあの右から2番目を使うなんてことはないだろうな。
 その日の夜、シャワールームから持ち帰った写真を見た俺はどんなグロイ絵画もこれには及ばないだろうと言う写真にお目にかかった。もしかして1枚くらい目指す写真がないだろうかと気持ち悪さをこらえて画像をチェックした俺は30分も吐く事になった。こんな大量のデブ兵士の写真、誰が見たいと思うだろう。ちきしょう、新米どもにだってちゃんとルールは教えておけよ。いくら少尉が大らかで気にしない人と言ったっておまえたちの上司だろうが。俺は誰にもぶつけることのできない怒りを呪いに変えてブツブツと呟いた。結局一枚の少尉の写真も撮れぬまま、その日は俺の完敗だった。


 それでもなんとか2度目のXデーを割り出して、俺は無事少尉のお宝写真を手にすることが出来た。命を削って撮り溜めた写真で構成された写真集は今日、めでたく出版される。この本は言うまでもなくマル秘扱い。購入者には写真集の死守が義務付けられる。写真集は購入者以外誰の目にも、特にあの恐怖のM大佐――口にすると現れそうなので名前を言う事すらはばかられる――の目に触れるようなことは絶対にあってはならない。値段は3万センズと高額だが、野郎どもの影のアイドル、ジャン・ハボック少尉のその姿を己の手の中に納めたいと願うマッチョな男達の予約で発行前からもう完売となっている。これで今日、全ての購入者に写真集を配り終えれば俺の長かった戦いの日々も終わりだ。俺は仕事をやり終えた達成感にホッと息を吐く。今夜は一人、祝杯をあげることを心に決めて、俺はハボック少尉の瞳と同じ空を見上げたのだった。


2007/09/14


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