写真屋ケンちゃん その後よっつ


「先輩、1つ相談があるんですけど」
 仕事が終わった後、時間があるかと声をかけてきたグラントと一緒に司令部近くの飲み屋に入ったダドリーは、グラントのなんとも言えない迫力に押されながらも頷いた。何を相談したいのだろうと次の言葉を待つダドリーだったが、グラントは手にしたグラスをぐびりと煽ると長いため息をつく。その様子に学生時代から知っていたグラントが随分と様変わりしている事にダドリーは気づいた。先日のあの一件から少し痩せてしまった顔の中で目だけがギラギラと輝いている。グラントはその輝く目をヒタとダドリーに据えると言った。
「このままじゃいけないと思うんです」
「…と、言うと?」
「先輩だって悔しかったでしょうっ?あの写真集…っ!」
「勿論だっ!やっと…、やっと念願かなって少尉しか写ってない写真を手に入れられると思ったのに…っ!」
 そう言って悔しそうに拳を握り締める二人が言っている写真集とは、ケン・グラントがその命を賭けて撮り溜めたハボックの写真で埋め尽くされた幻の「ジャン・ハボック写真集」のことである。どうして幻かといえば、製本も終わり、後は予約者に配るだけという段になったところで、どこでかぎつけたのか写真集の存在を知った焔の錬金術師、ロイ・マスタングによってものの見事な灰にされてしまったからである。しかもそのマスタングがちゃっかり1冊だけ自分の手元に秘蔵して、生ハボックだけでなく写真のハボックまで独占しているということを知ったマッチョ達が、なんとかそれを手にしようと一致団結してマスタングに襲撃を繰り返した結果、生傷の耐えないマスタングをメチャクチャ心配したハボックが今まで以上に護衛に精を出すようになり、イチャラコぶりを見せ付けられる結果となっていたりするのだ。
「マスタングばかりがいい思いしやがって…っ!!」
 ハボック少尉ファンクラブで一桁の会員番号を持つダドリーは憎々しげに呟く。グラントはその気持ちはよく判るとばかりに頷くとダドリーに言った。
「俺達写真屋は写真を撮るのが仕事です。そして、撮った写真を広く世の中に知らしめる表現の自由って物がここアメストリスでは約束されてる筈なんですよ。それなのに実際はどうです?俺が精魂込めて作り上げた写真集は東方司令部の最高権力者であるマスタングに灰にされてる。こんな権力を笠にきた横暴を赦していいのかっ?!黙って耐えなくてはいけないのかっ?!」
 ググッと拳を握り締めて叫ぶグラントの言葉に、ダドリーは別にマスタングは権力を笠に着た横暴を働いているわけではなく、ただ自分の欲望のままに動いているだけだし、そもそも表現の自由の前にハボック少尉の肖像権の問題も絡んでくるのではないかとちらりと思ったが、そんなことより目先のハボック写真集だとダドリーに相槌を打つ。
「赦しちゃいかんし、黙って耐えるのも間違ってるっ!」
「でしょうっ?!そこで先輩、俺、考えたんですけど」
 グラントはテーブルに引っ付くほど頭を下げると上目遣いにダドリーを見つめて言った。
「俺一人でもう一度少尉の写真を撮るのは難しいと思うんです」
「うむ、確かに」
「そこで今回少尉の写真集を予約してくれた連中に声をかけて、全員で少尉の写真を撮ったらどうかって」
「全員で少尉の写真を?」
 ダドリーの言葉にグラントは頷いて言葉を続ける。
「オレ一人でカメラを構えてたら、マスタングに気づかれて邪魔されます。でも、みんなでカメラを構えてたらどうです?相手はマスタング一人。何十人もの連中が少尉に向かってカメラを構えたらそれ全部を阻止するのはムリでしょう?」
「なるほど。それじゃあ写真集はみんなからの投稿写真集にするわけだな?」
「ええ。そりゃ前回のリベンジも兼ねて俺一人で作りたいのは山々ですけど、これはもう、俺一人の戦いと言うより少尉ファン全員とマスタングとの戦いだと思うんですよ」
 それは確かにその通りだとダドリーは思う。あの写真集が灰に帰したことで一体どれ程の男達が涙を飲んだことか。
「お前の言いたいことは判った。で、俺は何をしたらいいんだ?」
「あの写真集の予約者に声をかけて欲しいんです。ごく内密に」
「うむ、わかった」
「ある程度人数がそろったところで一度集まってどういう手順でやるか説明します」
「よし。じゃあ明日にでも声をかけよう。きっとあっという間に人数集まるぞ」
 そう言うダドリーにグラントは力強く頷いた。
「それじゃあ、『ジャン・ハボック少尉写真集発行プロジェクト』の開始ってことで」
「おおっ」
 今度こその思いを込めて、二人は手にしたグラスをチンとあわせたのだった。


「おい、グラント。ホントに物凄い数、集まりそうだぞ」
 グラントの私室のようになっている広報部の分室である会議室の扉を開けると、ダドリーは中に向かってそう声をかける。グラントは今回のプロジェクトに名乗りを上げてきた連中の写真技術などを確認して、どう振り分けるかに頭を悩ませているところだったが、ダドリーの言葉に嬉しそうに顔を上げた。
「本当ですか、人数は多いほどいい写真が撮れる確率が上がりますからね、嬉しいです!」
 グラントはダドリーが持ってきたプロジェクト参加希望のリストを受け取ってそこに並んだ名前に目を走らせる。
「これ、南方司令部の将軍閣下じゃないですか!写真集欲しいって言われただけでもビックリだったのに、プロジェクトにまで参加してくれるなんて…。さすがハボック少尉、人気あるなぁ」
「だよなぁ、出張先の少尉だなんて、旅先で羽目外していい写真が撮れるかもしれないぜ」
 顔を見合わせて腐腐腐と笑うとグラントはリストの名前をチェックしながら言った。
「もう結構集まってきたし、説明会を開いてもいいかもしれないですね」
「もう?ちょっと待てばまだまだ集まると思うぜ?」
「でも、時間をかければかけるほどバレる可能性も高くなるわけですし」
「そうか…」
 なるほどと頷くダドリーにグラントは言う。
「今夜中に振り分けしちゃうんで、明後日か明々後日には会合を…」
「判った、手配する」
 ダドリーはそう言うと場所を手配するべく分室から出て行ったのだった。


「あれ、大佐。ちゃんと仕事してるんスね」
 ハボックはノックとともに扉を開けると書類を前に机に座っているロイに向かって言う。ロイは閉じていた目を開けるとコーヒーのカップを持ったハボックをジロリと睨み上げた。
「なんだ、その言い方は。まるで私がいつも仕事をしてないみたいじゃないか」
 みたいも何も、実際そうじゃないかとハボックは言いたかったが、懸命にも何も言わずにロイの前にカップを置く。
「あ、でも何か問題でも?今、目を瞑って考え込んでたでしょう?」
 首をかしげてそう聞くハボックの空色の瞳を見つめてロイは答えた。
「いや、そうじゃない。ちょっとな」
 ロイはそれだけ言ってカップに手を伸ばすとコーヒーを一口飲む。ハボックが心配そうに見下ろしている事に気がつくとその頬にそっと触れて言った。
「なに、お前が心配するようなことじゃない。案ずるな」
「ならいいんですけど…」
 まだ少し納得していない様子のハボックに優しく笑うとロイはハボックを引き寄せる。その甘い唇をそっと塞ぐロイの瞳がキラリと光ったのを見たものは誰もいなかった。


 夜もだいぶ更けた東方司令部。1つ、また1つと影が会議室に吸い込まれていく。その会議室の中を覗けば、筋骨逞しいマッチョ達が手に手に自慢のカメラを持ってひしめき合っていた。暫くすると照明を暗く落とした会議室の一段高くなった場所に一人の男が立った。男が集まったマッチョ達を見渡すと、会議室の中はシンと静まり返る。男は息を吸い込むとよく通る声で言った。
「同志諸君!ここに集まっているのは志を同じくする者達である!そして、おそらくはただ一人の男に煮え湯を飲まされいつか必ず目に物見せてやると心に誓っている者たちでもある!」
 男は1つ息をつくと拳を握り締める。
「かく言う俺も正直あの男にはひどい目に会わされた。アイツに一矢報いてやりたいと思ってはいるが俺一人の力では限界がある。そこで立ち上げたのが今回のプロジェクトだ!いつもいつも俺達のアイドルであるハボック少尉を独り占めしているヤツに一泡ふかせ、そしてハボック少尉の写真をこの手に入れようではないかっ!」
 そう言ってグラントが握った拳を突き上げれば会議室中のマッチョ達がそれに答えて拳を突き上げる。それを満足げに見渡してグラントは言った。
「よし、それじゃあこれからどうやってこのプロジェクトを遂行するか詳しい説明をする。まず最初に言っておくが、これを成功させるためには絶対にこのプロジェクトの存在をヤツに知られてはならない。もし知られたりしたら――」
「知られたりしたらどうなるんだね?」
 背後からかかった涼やかな声にギョッとしてグラントが振り向けば、そこには黒い瞳に物騒な光をたたえたロイが腕を組んで立っていた。
「マ、マスタング…っ、どうしてここにっ?!」
 事は秘密裏に決して漏れないよう運ばれた筈だ。それなのにプロジェクトの第一歩とでも言うべき会合の場にしっかりと現れたロイにグラントはよろりと後ずさった。
「この私を出し抜こうなんて100万年早いのだよ」
 ロイはそう言うと組んでいた腕を解いて一歩踏み出す。
「ここにいる諸君には二度とハボックにちょっかいを出す気にならないよう、お灸を据えておく必要がありそうだ」
 ニッと笑うロイの顔が悪魔のようだと、グラントは、会議室を埋め尽くすマッチョ達は思ったが、逃げ出そうにも脚は金縛りにあったように動いてはくれなかった。
「なに、命まではとらんよ」
 そう言ったロイの発火布を嵌めた手がまっすぐに差し出され。


 そうしてプロジェクトは発動前に灰となって消えたのだった。


2007/09/28


「ケンちゃんにはこれで諦めず、写真集を予約してたマッチョマン達と結託して、ゼヒ、『ジャン・ハボック写真集発行プロジェクト』を立ち上げて欲しいです。」
とケンちゃんへの応援メッセージを頂きましたのでプロジェクト発動してみましたー。相変わらずしょうもない話ですみません〜(汗)