パラレル もう1つのその後


ゆっくりと立ち上がったその姿にハボックは逃げ出したい自分を必死に叱咤してその場に踏みとどまる。自分がよく
知っているその姿から立ちのぼる獰猛な気配に、ハボックは息を飲んで相手を見つめた。
「誰だよ、アンタ…。」
「私はロイ・マスタングだ。」
「…んなわけ――」
ない、と言う前に男の腕が伸びてハボックの襟首を掴む。咄嗟の事に逃げることも出来なかったハボックはグイと締め
つけられる様に引き寄せられて低く呻いた。
「貴様こそ、なんの冗談だ?私のハボックの姿かたちを真似るなど。」
事と次第によっては燃やすぞ、と囁く声にハボックがゾッと背筋を震わせた時。
「あ、あのっ、大佐っ」
背後からかかった声にハボックを締め上げる力が緩んだ。
「なんだ、フュリー曹長。」
「すみません、中尉が早く戻って欲しいって言ってます。」
そう言われてハボックを突き飛ばすように離すと、男、ロイは舌を鳴らす。
「拙い、だいぶ怒ってたか、中尉は?」
「ええ、まあ、それなりに。」
ロイは慌てて駆け出しながら思い出したように振り向いた。
「おい、貴様。後でゆっくり話を聞くからな。逃げるなよ。」
そう言って行ってしまう後姿をハボックは呆然と見つめる。
「ケンカしたんですか、少尉?」
心配そうに聞くフュリーになんと答えていいか判らず、ハボックは立ち尽くしていたのだった。

フュリーと共に司令室に戻ったものの、益々募る違和感にハボックはパニック寸前だった。
(どういうことだよ、ここ、東方司令部だよなっ?!)
自分がいるのは東方司令部の司令室だし、側にいるのはいつもと変わらぬ同僚達だ。理性はそう理解しているのに
本能ともいうべき部分が思い切りそれを拒否している。同じ顔をした誰か、そんな感じが拭えぬ同僚達を見回した
視線が執務室の扉へと向き。
(あそこにいるヤツが一番変だ。)
100歩譲ってここにいるヤツらが普段と同じブレダ達だったとして、だがあのロイだけは絶対に違う。
(オレの大佐は強いけど、あんなあからさまな殺気なんて見せたりしない。)
目を逸らしたら最後、喉元に噛み付かれるかと思った。まるで野生の黒豹を目の前にしたような気分。
(一体どうなってんだよ。)
ハボックは何がなんだか判らずにだが表面上は必死に冷静を取り繕っていたのだった。

「おい、ハボ。もう行けるか?」
そう言いながら立ち上がるブレダにハボックはハッとして顔を上げる。
「えっ?行けるってドコに?」
ワケがわからずそう聞けばブレダが顔を顰めた。
「はあっ?とぼけんなよ。昼飯ん時小隊の連中と約束したろ?今夜飲みに行くって。」
(そんなこと言われてもオレ、知らねぇもん…)
全く身に覚えのないことを言われて戸惑うハボックをブレダが胡散臭そうに見つめる。その時、執務室の扉が開いて
ロイが顔を出した。
「すまないがブレダ少尉。今夜はハボックを貸し出すわけにはいかんな。」
そう言って薄く笑う上司にブレダは僅かに目を瞠ったが、肩を竦めると言う。
「あー、はいはい。判りました。お邪魔はしませんよ。」
小隊の連中、残念がるだろうなぁ、などと言ってブレダは帰りの挨拶をすると部屋を出て行ってしまう。
(うわ、待てっ、ブレダっ!オレを見捨てるなっっ!!)
心の中でそう叫んでいるハボックをロイはジロリと見ると言った。
「ハボック少尉、車を頼む。」
「Y…Yes, sir…」
まさか逆らうわけにも行かずハボックはそう答えると、よろよろと司令室を出て行った。

オレンジ色に染まる街並みをロイを後ろに乗せてハボックは車を走らせる。
(まさか後ろから噛み付いたりしねぇだろうな…。)
どうにも獰猛な獣を乗せているような、そんな感じが拭えないハボックは冷汗を流しながらそんなことを考えた。だが
ギュッと唇を噛み締めると己に言い聞かす。
(何ビビッてんだ、しっかりしろ、オレっ!絶対に負けるもんかっ!)
そう心の中で叫ぶと、ハボックはグイとアクセルを踏み込んだ。

ロイの家につくとハボックは無言でロイを車から降ろす。鍵を開けてロイを中へ通すとそのまま帰ろうとする背中にロイ
の声が飛んだ。
「車を裏に回してこい。」
そう言うロイをハボックは睨みつける。
「なんでっスか?オレ、司令部に戻りたいんスけど。」
「戻ってどうするんだ?」
「司令部のソファーで寝ますよ。オレんちどこかわかんないし。」
そう言えばロイがフンと鼻を鳴らした。
「お前の家はここだ。とっとと車を置いて来い。」
家がここだと言われてギョッとするハボックにロイはニヤリと笑う。
「それとも逃げるのか?」
「…誰がっ!」
車置いてきます、と駆けていく後姿をロイは眉を顰めて見つめていた。

暫くして家に入ってきたハボックにソファーに座ったロイは自分の前を指差して言う。
「そこに座れ。」
ハボックが無言のまま向かいの椅子に座るとロイはその姿を上から下までジロジロと眺めた。見た目だけなら自分が
よく知っているハボックと全く変わらない。だが、内側からにじみ出るものが違う。ロイはその事に神経を逆撫でされ
ながらも、相手も同じように思っていることを感じてムッと唇を歪めた。
「何者なんだ、お前。」
「それはこっちが聞きたいっスよ。」
ロイの言葉にハボックがそう言う。口を噤んだロイにハボックはちょっと考えると言葉を続けた。
「アンタは大佐の顔してるけど大佐じゃないし、それに司令部だって…確かにあそこは東方司令部だけど、なんか違う
 し、ブレダとの約束だってオレ、全然した覚えないし…。」
ワケ判んねぇ、と呟くハボックにロイは聞く。
「お前が変だと思い始める前に何か変わった事はなかったか?」
「変わったこと、っスか?」
そう聞かれてハボックは今日の記憶を辿った。朝起きて食事をしてロイと一緒に司令部に出かけたときは何もおかしな
ことはなかった。昼飯を済ませて少ししたところで、姿をくらましたロイを探してくれとホークアイに言われて司令部の
建物を出たのだ。
「あっ」
そういえばあの時。
「何か思い出したか?」
「アンタを探して司令部の建物を出たとき、周りが真っ白に光ったんスよ。グラッと地面が揺れて慌てて壁に掴まったん
 スけど、でも何事もなくて…。」
ハボックの言葉にロイは暫く何も言わずに考え込んでいたが、ゆっくりと口を開くと言った。
「パラレルワールドと言うのを聞いたことがあるか?」
「パラレルワールド?」
聞き返してくるハボックにロイは頷く。
「そうだ。この世界には平行して存在する世界がいくつもある。それがパラレルワールド。そしてその世界の中には同じ
 人物が存在しているんだ。」
「同じ人物…。」
「お前の話を聞く限りではその周りが白く光った時に何らかの理由で二つの世界が接触したと考えるのが妥当だろう。
 そしてそのとき、私のハボックとお前が入れ替わった。」
ロイの説明も俄かには信じられずハボックは暫く呆然としていたが、ハッとして立ち上がると言った。
「もしオレがそのパラレルワールドとやらからこっちの世界に来たんだとしたら、一体どうやったら帰れるんスか?」
「知るか。こっちが聞きたい。どうやったら私のハボックを取り返せるんだ。」
ムッとしてそう言うロイにハボックはぽすんとソファーに腰を落とす。
「そんな…じゃあオレ、これからどうしたらいいんだよ…。」
呆然と呟くハボックにロイも返す言葉が見つからずに二人はただ見つめ合っていたのだった。

「はい、コーヒーっス。」
ガチャンと目の前に置かれるそれにロイは顔を顰める。ジロリと背の高い姿を見上げると言った。
「お前、もう少し謙虚な態度は取れんのか。上司に対する態度じゃないだろう。」
「オレのホントの上司はアンタじゃありませんもん。」
ツンとそっぽを向いてそう言うハボックをロイは忌々しげに睨む。
「可愛げのない。私のハボックはもっとずっと可愛いぞ。」
「一々“私のハボック”って言うの、やめてくれません?気色悪い。」
「別にお前のことを言ってるんじゃない。」
「当たり前っス。」
ムッとして睨みあっていたがロイはガブリとコーヒーを飲むと言った。
「そっちの世界の私はどうしてお前なんかがいいんだ。」
「それはこっちのセリフっスよ。アンタのどこがいいんスかね。」
一発触発の空気が漂う中、執務室の扉をノックする音がしてロイが入室の許可をする。扉が開いて一歩中に足を踏み
入れたフュリーは、物凄く重苦しい空気に思わず立ち尽くした。
「あっ、あの…っ」
「サインか?寄越したまえ。」
そう言われて慌ててロイに近寄ると書類を差し出すフュリーと入替えにハボックは部屋を出て行く。
(ちきしょう、大佐に会いてぇ…っ)
ハボックは泣き出しそうな気分のまま足音も荒く司令室を出て行ったのだった。

「なんでオレが…」
ハボックはブツブツと呟きながらフライパンを揺する。こちらの世界に来てしまってから、ハボックは結局ロイの家で
暮らしていたが――逃げるのかといわれるのが悔しかったので――ただで泊めてやるのだから飯くらい作れという
ロイの言葉に、ハボックは仕方なしに朝晩二食を作る羽目になっていたのだった。
「メシ、出来ましたけど。」
そう言えばロイがムスッとしたまま席につく。無言のまま食べ始めた二人だったが、ロイがぼそりと言った。
「お前、態度は悪いが料理の腕は悪くないな。」
「褒めてるんスか、それ。」
「そのつもりだが。」
「ちっともそういう風には聞こえないっス。」
「素直に聞かないからだろう。」
そう言われてムッとして睨み付ければロイもジロリと睨んでくる。
(全く、同じハボックでもどうしてこう、コイツは可愛くないんだ。)
(大佐ならいつでもニコニコしてオレのメシ、食ってくれるのに。)
互いにウンザリしたため息をついて目を逸らした二人の脳裏に浮んだ考えは。
((もしずっとこのままだったら))
怖ろしい考えにぞっと体を震わせて、二人はガツガツと食事をかき込んだのだった。

「大佐っ、この書類、急ぎっつったじゃないっスか!」
ハボックは山の中から書類を引っ張り出して言う。突きつけられたそれにロイはムッと唇を歪めると言った。
「聞いてないぞ、そんなこと。」
「言いましたよ、ちゃんと。」
「聞いてない。」
「アンタ、真面目に仕事する気ないんでしょう。だから人の話聞いちゃいないんスよ。」
そんなハボックの物言いにロイはカチンとして椅子を蹴って立ち上がる。
「貴様、いい加減にしろ。黙って聞いてりゃいつもいつも言いたい放題いいやがって。」
「オレは本当のことを言ってるだけっスよ。」
こちらの世界に来て今日で一週間。どうやって帰ればいいのか、まるで見当がつかずにいる事にいい加減苛々が
募っていた。ハボックはその気持ちのまま言葉をロイにぶつける。
「アンタみたいのが上司だなんて、こっちの世界のオレらはすげぇ可哀相っスね。」
帰りたくて、自分だけのロイに会いたくてもういっぱいいっぱいになっていたハボックは、ロイの方も既に限界にきて
いる事に気がつかなかった。素早く近づいてきたロイにハッとしたときにはハボックの体はソファーに押し倒されて
いた。
「少し痛い目をみないとわからんようだな。」
「なっ…」
ロイはそう言うとハボックの腕を後ろ手にねじ上げその体を俯せに押さえ込む。
「何するんスかっ!離せよっ、この…っ!」
何とか逃れようともがくが押さえ込まれた体はどうにも振りほどくことが出来ない。ロイの手がハボックのズボンにかかり、
下着ごと引き摺り下ろした。
「や、やめろっっ!!」
考えもしなかった事に全身の血が引く。後ろに宛がわれた指がグイと押し込まれてハボックは思わず悲鳴を上げた。
「ひっ…あ…い、やだっっ」
「大人しくしていないとムダに傷つく事になるぞ。」
ロイはそう言うと遠慮会釈もなくぐちぐちと蕾をかき回す。潤いのないそこはひきつれた痛みを起こしてハボックは苦痛
と悔しさで涙を浮かべた。
「ち、きしょう…っ」
このままいいようにされてしまうのかと思うと舌を噛み切りたくなる。ハボックが何とか逃れようと必死に身を捩った時。
「大佐ッ、これ至急でサインお願いしますっ!!」
ノックもそこそこにバンッと扉が開いてブレダが飛び込んできた。二人の姿に気がつくと一瞬凍りつき、それから困った
ように頭をかく。
「あー、お邪魔でしたかね、でもこれ…」
急ぐんだけどな、と呟くブレダに、ロイはハボックから体を離すと立ち上がった。ブレダの手から書類を取るとサッと目を
通してサインする。
「ほら、これでいいか。」
「お、ありがとうございます。」
ブレダは書類を受け取ると「お邪魔しました」と出て行ってしまった。ロイはしどけない姿でソファーに横たわったままの
ハボックを見つめると冷たく言った。
「やる気が失せた。出て行け。」
そう言って背を向けてしまったロイを睨みつけると、ハボックは服を整えるのもそこそこに執務室を飛び出たのだった。

それから更に2日ほどが過ぎて。ハボックは書類を手に執務室に入るとロイの前にそれを差し出す。無言のまま受け
取って書類に目を通すロイの姿を見下ろしながらハボックは顔を歪めた。
(帰りたい…大佐に会いたい…)
ハボックが微かに呻く声にロイが顔を上げたとき。
ゴオオッッ!!
開け放たれた窓から突風が吹き込み、机の上の書類を撒き散らした。
「うわっ?!」
思わず目を瞑り顔を腕で覆ったハボックはグラリと地面が揺らぐのを感じる。慌てて踏ん張って次に顔を上げたときには
さっきまでそこに座っていたはずのロイの姿は影も形もなかった。
「…え?」
空色の瞳を数度瞬いたハボックは慌ててあたりを見回す。
「ま、さか…」
バンッと物凄い勢いで扉を開けたハボックをブレダ達が驚いて見つめた。
「ハボ?」
不思議そうな声を上げるブレダたちは無視して司令室を飛び出し廊下を駆け抜け建物から走り出す。木陰でまどろむ
懐かしい姿を見つけたハボックは泣きそうに顔を歪めて駆け寄ると、ロイの体を思い切り抱きしめたのだった。


2007/10/19


「パラレル」のその後攻め×攻め編でございます。もっと漫才っぽくしたかったんですけど、なんか単なるいがみ合いなってしまいました(汗)えっちもねー、
どうしようかと思ったんですけどもこんな感じに…。やっぱり攻め同士は相容れないようです(苦笑)