パラレル その後のその後のその後
「あー、ハボ。この間は悪かったな。」
休憩所のソファーに座っていたハボックの向かいに腰を下ろしたブレダがそう言う。いきなり謝られてまるで心当たりの
なかったハボックはきょとんとした。
「この間?」
「いやほら、最中に踏み込んじまったろ?しかもあまつさえサインまで貰っちまって…。」
大至急だったからさ、と頭をかきながら言い訳するブレダにハボックがぼそりと聞く。
「この間っていつ頃の話?」
「へ?あ、4日くらい前、か?んな、一々確認するなよ、意地ワリィな。」
ブレダがそこまで言った時、ハボックがいきなり立ち上がった。その長身から溢れる怒気にブレダはそんなに怒ってた
のかと慌てて言い訳する。
「いや、だから悪かったって。まさかあんな執務室でコトに及んでるなんて流石の俺も想像してなくて――」
「執務室でコトに及んでた…」
「え?あ、あの、ハボックさん?」
ギリと咥えていた煙草を噛み潰して、物凄い勢いで休憩所を出て行くハボックの背を、ブレダは目を丸くして見送って
いたのだった。
ロイは上機嫌だった。珍しく今日中の書類をせっつかれる前に片付けることができた。大嫌いな会議は出席者の都合
で中止になった。そして何より。
(あの子憎たらしいまがい物のハボックはいなくなって私のハボックが帰ってきたんだ…っ)
この間はつい嫉妬のあまりかなり乱暴にしてしまった。
(今日はたっぷり優しく愛してやろう。)
だらしなく顔を弛めて、ロイは時計の針が定時になるのをうきうきしながら待っていた。
「ハボック、車を回してくれ。」
「…Yes, sir.」
ロイは答えて司令室を出て行くハボックの背を見つめる。ロイをちらりとも見ないハボックにほんの少し唇を尖らせた。
(ちょっとくらいこっちを見たらいいのに。)
でもそんなツンデレなところも可愛い、などと腐ったことを考えながら司令部の建物を出れば、ハボックが夕日に金色
の髪を輝かせて立っている。そんなハボックの姿に感嘆のため息などつきながら車の側までくればハボックがドアを
開けてくれた。後部座席に座ってハボックの滑らかな運転に身を任せる。家までの間特に言葉を交わさなくとも、一緒
に同じ空間にいることがロイを満足させてくれた。
(慌てなくてもあとでゆっくり声を聞けるしな。)
ベッドの中で、と付け加えれば自然と口元が緩んでしまう。ロイが一人怪しげなオーラを撒き散らしているうちに車は
家へとたどり着いた。玄関の扉を開けて、当然ハボックもすぐ入ってくると思っていたロイは、突然聞こえたエンジンの
音に慌てて外へと飛び出した。
「えっ?ハ、ハボックっ?」
運転席に座ったハボックは無表情でロイの顔をチラリと見るとそのまま走り去ってしまう。
「え?え?」
突然の事に何がなんだか判らないロイは、呆然と車が走り去った方向を見つめて立ち尽くしていたのだった。
「ハボックっっ!!!」
翌朝。司令室の扉を開けると同時にそう叫んだロイを既に机についていたブレダ達が見つめる。ロイはぐるりと部屋の
中を見回してハボックの姿がない事に気づくと、ズカズカと中に入りフュリーの襟首を掴んだ。
「ハボックをどこへやったっ!」
「ど、どこって…。」
いきなりグゥと襟首をつかまれて息もできないかわいそうなフュリーに代わってファルマンが答える。
「少尉なら今日は朝から先日の爆弾テロ現場の後片付けに行ってますよ。」
「何でそんなところに行ってるんだっ!!」
ロイはフュリーの襟をパッと放すとファルマンに食ってかかった。
「何で、って大佐が決めたんじゃ…。」
「そんなこと知るかっ!今すぐハボックを呼びもどせっっ!!」
「んなムチャクチャなっ!」
ギャンギャンと勝手なことを叫びまくるロイにブレダがウンザリと顔を顰める。襟元を押さえているフュリーの方を見ると
言った。
「おい、連絡入れてハボ呼び戻せ。」
「え、でも…」
「アレを止める自信、あるか?」
そう言って顎で上司を指すブレダにフュリーも力なく笑う。
「いえ、少尉を呼び戻すのが最善ですね。」
「だろ?」
そう言ってブレダはロイに絡まれてヒーヒー言っているファルマンを気の毒そうに見つめていた。
「ジャン・ハボック少尉戻りました。」
そう言って執務室のロイの机の前に立つハボックをロイは恨みがましげに見上げる。少し唇を尖らせるとハボックに
言った。
「おい、ハボック。昨日は一体どうしたんだ。いきなりどこかへ行ってしまって。心配したんだぞ。」
そう言いながらハボックの手に自分のそれを伸ばせば思いっきり払われる。驚いて見つめたハボックの瞳は氷のよう
に冷たかった。
「ハ、ハボ?」
「オレに触んないでください。」
「え?」
全身に怒りのオーラをまとっているハボックをロイはわけもわからず見上げる。ハボックはそんなロイを見下ろすと言った。
「アンタ、この間オレが向こうの大佐と寝たなんて赦せないって、オレの事散々にしましたよね。」
突然そんなことを言い出したハボックにロイは目を瞠る。そのことで怒ってる?だがそれはこの間のうちにちゃんと解決
したはずだ。
「そんなことしておきながらアンタって人は…っ!」
「あ、いや、アレはちょっと行きすぎだったと思うが、だがちゃんと謝って…。」
赦してくれたはずじゃ、と言おうとしたロイの耳にハボックの声が飛び込んでくる。
「アンタ、向こうのオレに手、出したそうじゃないっスかっ!!」
「…へ?」
「誤魔化そうったって駄目っスからねっ!こともあろうに執務室でエッチしてたって!人のこと散々に浮気者みたいに
言っておきながら…っっ!!」
執務室でエッチ?向こうのハボックと?
ロイはハボックの言っていることが判らなくてロイは恐る恐るハボックに聞いた。
「すまないがハボック。言っていることがよく判らないんだが。私が向こうのお前と執務室でエッチって…。」
「この期に及んでまだしらばっくれる気っスかっ?!ブレダに聞いたんスからねっ!エッチしてるとこに踏み込んじゃった
って!!!」
ハボックの言葉でロイの脳裏に数日前の光景が浮かび上がる。あんまり憎たらしいことばかり言うから少し思い知ら
せてやろうとしたその時、ブレダが書類を持って入ってきたのを。
「あっ、あれはっっ!!」
「やっと思い出しましたか?」
「いや違うんだ、誤解だ、ハボック。」
慌てて立ち上がったロイがハボックの腕を掴もうとした時。
「オレに触るんじゃねぇっっ!!」
バシンと言う音と共に思い切り手を撥ね退けられる。ハッとして見つめたハボックの目からボロボロと涙が零れ落ちた。
「たいさなんてだいっ嫌いだっっ!!!」
そう怒鳴って執務室を飛び出していってしまったハボックの背をロイは呆然と見送ったのだった。
その日の夜。
「なあ、ハボ。帰ってやれよ。」
「ヤダ。」
ソファーにどっかりと座って煙草をふかしているハボックにブレダが言う。だが取り付くしまのない返事にため息をつくと
玄関に続く廊下の方へと声をかけた。
「…だそうです、大佐。」
「私が悪かったと言ってくれないか?」
玄関の前にペタンと正座してそう言うロイにブレダはハボックの顔を覗き込むようにして言う。
「大佐もああ言ってる事だし、いい加減赦してやっても――」
「絶対にヤダ。」
ツンとそっぽを向いてしまうハボックにブレダはもう一度ため息をつくと玄関へと出た。
「大佐。今日はもう機嫌直りそうにありませんから。また明日にでも。」
「そ、そうか…。」
「明日になったって変わんないっスから!」
奥の部屋から聞こえてきたハボックの声にロイがビクリと体を震わせる。ブレダはチッと舌を鳴らすと取り繕うように
言った。
「今夜俺がよく話ときますから。一晩寝れば少しは変わりますよ。」
「そうだな…頼んだよ、少尉…。」
そう言ってすごすごと帰っていく後姿をブレダは気の毒そうに見送ると部屋の中へと取って返す。不機嫌そうに煙草を
吸うハボックの向かいに腰を下ろすと言った。
「おい、何があったか知らねぇけど、いくらなんでもアレは可哀相じゃないのか?」
ブレダはハボックをじっと見つめて言葉を続ける。
「あの大佐がああやって謝ってるんだし、赦してやっても――」
「絶対にヤダっ!」
「ハボ。」
「オレの方がよっぽど可哀相だよっ!!」
ハボックはそう言って立ち上がるとトイレに飛び込んで中から鍵をかけてしまった。
「えっ、ハボっ!そこに閉じこもるのは…っ」
「煩いっ!ブレダもあっち行けよっ!!」
「ハボ〜〜っっ」
情けないブレダの声に耳を塞いでハボックはトイレの蓋の上にドサリと腰を下ろす。
(オレの方がよっぽど可哀相だよ…)
人のことを淫乱だのなんだのと罵った相手がこともあろうに職場で手を出していたのだ。
「絶対赦さないんだから…」
ハボックは泣きそうな声でそう呟くと手で顔を覆ったのだった。
一晩たってもしかしたら少しは機嫌が直ってるかもと期待して司令室にやってきたロイだったが、相変わらずのハボック
の様子にガックリと肩を落とした。なんとかその時の様子を説明したいと思っても、ハボックは全く耳を貸そうとしない。
傷心のロイは仕事をサボる気にもならず、おかげで書類だけはいつになく早いペースで片付いていったものの、その
あまりに重苦しい空気に誰も執務室に近寄りたがらない有様だった。
「なあ、ハボ。お前さぁ…。」
「何にも聞きたくない。」
ピシャリと言って煙草を消すと立ち上がって部屋を出て行ってしまうハボックにブレダはため息をつく。
「ったく、どうしちまったっていうんだよ…。」
何だかんだ言いながら結局はロイに甘いハボックがあんなに怒っているなんて、正直ブレダには信じられなかった。
重苦しい空気がだだ漏れてくる執務室の扉を見やって、ブレダは深いため息をついた。
そうして司令部中に重苦しい空気を撒き散らしながら3日が過ぎようとしていた。あまりの息苦しさに司令室界隈に
やってくる人間はおらず、自分達の机がここにあるばっかりに司令室に通わなければならないブレダたちは正直もう
限界だった。
「おい、このままでは俺達の身が危うい。」
「そうですね、もう息をするのもままならないくらいです。」
「こういう時、中尉がいてくれたら…っ」
だが生憎ホークアイはロイの名代としてセントラルに出張中だ。
「とにかくハボと大佐を話し合わせるのが先決だ。」
「でも、少尉は絶対に話を聞きたくないって…。」
「顔を見るのも嫌だって送迎すら拒否してるくらいですからね。」
うーん、と唸っていた3人だったがブレダが思いついたように言う。
「大佐が病気になったって言うのはどうだ?」
「少尉を騙すんですか?」
「それはちょっとどうかと…」
「バカ言え。今だって既に半分病気みたいなもんだろう?」
「…まあ、確かに。少尉欠乏症ってとこですか?」
そう言うファルマンにブレダが頷いた。
「それに、このまま放っておけばマジで病気になりかねないだろ。それに俺達だって…。」
「このままじゃ病気になりますね。」
「よし。それじゃハボに大佐が病気になったってことで一芝居打つぞ。」
ブレダの言葉に3人はお互いの顔をみると重々しく頷いた。
「だからって何で僕が少尉に言う役目なんですかっ?!」
「俺が言っても聞きゃしねぇからな。」
「一番もっともらしく聞こえます。」
半泣きになっているフュリーの背を、ブレダとファルマンがグイグイと押す。フュリーは踏ん張りきれずにたたらを踏むと
休憩所で煙草を吸っているハボックの前に飛び出した。
「どした、フュリー。」
いきなり休憩所に飛び込んできたフュリーにハボックが驚いて声をかける。フュリーはハボックの顔を見るとワナワナと
唇を震わせて言った。
「た、た、た…大佐が病気にっっ!!」
「えっ?!」
フュリーの言葉にハボックが顔色を変えて立ち上がる。
「病気って酷いのかっ?大佐、今どこにっ?!」
「え、あの、執務室に…。」
「病気なら病院連れて行かなきゃダメだろっ!!」
ハボックはそう怒鳴ると休憩所を飛び出していく。隠れてその様子を伺っていたブレダとファルマンは感心したような声
をあげた。
「フュリー、お前、演技うまいなー。」
「いや、真に迫ってましたよ。」
「え、あ…ちょっと上がっちゃっただけなんですけど…」
真っ赤になってそう言うフュリーにブレダがあきれ返る。
「ま、これで丸く収まればなんでもいいわ。」
「全くです。」
そう言ってブレダたちは司令室の方を祈るように見つめたのだった。
「たいさっ!」
バンッとノックもなしに執務室の扉を開けるとハボックは中へと飛び込む。すっかりしょげ返って書類にチマチマサインを
していたロイはやつれきった顔を上げた。
「たいさっ、病気なら早く病院行かないとっ」
「ハボ?」
ハボックは机に手をつくとロイの顔を覗き込む。やつれたロイの頬に手を添えると言った。
「こんな顔色悪くて…なんでもっと早く言わないんスかっ!」
「なんでって…言ったら聞いてくれるのか?」
「勿論っスよ!」
「…私を心配してくれるのか、ハボック。」
「当たり前でしょうっ!」
そう言って覗き込んでくる空色の瞳にロイはワナワナと震えると。
「ハボック〜〜〜〜ッッッ!!!」
「えっ?ちょっ…アアッ」
机を飛び越えて飛びかかってくるロイに床に押し倒されて。
数時間後。すっかり色艶のよくなったロイとそのロイにぐったりと体を預けるハボックの姿があったとかなかったとか。
2007/10/20
「パラレル」のその後のその後のその後…。多いな、最近、続くのが(汗)だって、Mさんが「ハボにバレたら…。」なんていうんですもの。
でも結局一番可哀相なのはハボかもしれない…(苦笑)あ、でも前にもこういうパターン、どっかで書かなかったっけ??あーー…昔のことは忘れたっ(逃)