原物


 朝の柔らかな光が窓の古ぼけたブラインドの隙間から射し込んでいる。宙に浮かぶ細かな埃を浮き立たせて、窓から射し込んだ光は本の山の間に横たわる物体を照らし出した。まるで干からびた標本のように見えたそれが突然むくりと起き上がる。もし見ていた人がいたら悲鳴を上げるに違いないほど生きた気配のしなかったそれは、まるで電気が通ったかのようにきびきびと立ち上がった。
「やれやれ、もう朝かい」
 そうぼやくように言うとマオは本に挟まれた狭い通路を歩いていく。閉じたシャッターの脇にあるレバーを引けば、キィキィと耳障りな音を立ててシャッターが上がった。
 マオは通路を戻ると定位置になっているカウンターに座ろうとする。その時、カウンターの磨き込まれた台の上に一冊の本が置いてあることに気づいてマオは目を細めた。
「おや、もう帰ってきたのか。今回は早かったねぇ」
 マオはそう言って黒い表紙のそれを手に取る。“恋の呪文の本”と書かれたそれをパラリと捲ると呟いた。
「まったく人間の欲という物はキリがない。欲しいもの全てを手に入れる事なんて出来るわきゃないのにね」
 そう言って売る前より一つ項目の増えた目次を見て薄く笑う。
「まぁおかげであたしゃいい思いをさせて貰ってるけどね」
 マオは本を引き出しに入れるとカウンターに座り直し、通路の先に細く開く入口を見た。
「さて、今日はどんなお客が来るかねぇ」
 そう呟いてマオは喉奥で笑ったのだった。



09/04/29