年末年始 その後
 
 
「大佐…大佐。」
ロイは軽く揺さぶられてゆっくりと目を開ける。間近で見つめていた空色の瞳がロイの瞳を捉えてにっこりと笑った。
「そろそろ着きますから。」
そう言われてロイは2、3度瞬きするとハボックの膝から頭を上げる。うーん、と伸びをすればハボックが携帯用の
ポットからカフェオレを注いでロイに差し出した。
「少しは眠れました?」
「結構寝てた。」
ロイは首を回しながらそう答えるとカップを受け取る。程よい温度のそれにホッと息をつくと目を細めた。じっと見つめて
くる空色の瞳に小首を傾げるとハボックが言った。
「今年もよろしくお願いしますね、大佐。」
そう言われて初めて列車に乗っているうちに年を越したのだと言う事に気がつく。
「よろしくお願いされてやる。」
ツンと澄まして答えるロイに「これだよ〜」と苦笑するハボックから目を逸らしてロイは窓の外を見た。夜が明けた
ばかりの空は僅かに霞んで輝いている。ロイはカフェオレを啜りながら空を見上げて言った。
「それにしても列車の中で年を越すとは思わなかった。」
新年はどう過ごすのかと聞かれて本でも読んで過ごすと答えたところ、ハボックに一緒に田舎へ行かないかと誘わ
れて、仕事が終わった途端イーストシティの駅から列車に飛び乗った。列車の中でハボックが作ってきたサンドイッチ
を食べて、適度に腹が膨れたところでハボックの膝を枕に眠りについたのだ。
「すんません、無理言って連れてきちゃって…。」
申し訳なさそうに言うハボックにロイは飲み干したカップを返すと笑う。
「いいさ、私も来たかったし。」
そう言うロイの笑顔にハボックが僅かに頬を染めた。目を逸らしてなにやらブツブツ言うハボックにロイがキョトンとした
時、もう間もなく列車が駅に到着するというアナウンスが流れたのだった。

2人分の荷物を持ってハボックはロイとデッキに立つ。段々と近づいてくる駅を見つめているロイの頭上から声をかけた。
「たいさ、たいさ。」
呼ばれてなんだと言う顔でハボックを振り仰いだロイの唇にチュッとキスを落とせばロイが真っ赤になって飛び上がった。
「なっ、何するんだっっ!!」
「新年初キッス。」
ニコッと笑って言うハボックを睨みつけてロイは手の甲で唇をゴシゴシとこする。
「大佐、それ、ひでぇっス。」
ぼやくハボックにロイがフンッと顔を背ければ、駅の手前でスピードを落とした列車がガタンと揺れた。
「おっと。」
よろけたロイをハボックが荷物を持った手で咄嗟に支える。ニコッと笑うハボックを頬を染めたロイが睨みつけた時、
列車はゆっくりとホームへと滑り込んだ。身軽にホームに飛び降りたロイに続いてハボックが列車から降りる。暫く
ぶりの故郷に懐かしげにハボックがあたりを見回したとき、改札の向こうからブンブンと手を振る姿が見えた。
「ビリー!」
ハボックと同時にビリーの姿に気付いたロイがその名を呼んで手を振り返す。小走りに改札へ向かうロイの後を
ハボックは慌てて追いかけた。
「ロイさんっ、お久しぶりですっ!」
「ビリー、元気だったかい?」
にっこりと笑うロイの手を両手で包み込むようにして握るとビリーは満面の笑みを浮かべる。ハボックが手にした荷物
でビリーの尻を小突けばよろけたビリーがハボックを睨みつけた。
「出たな、お邪魔虫っ」
「うるせぇよ、下僕っ」
「下僕ぅ?なんだよ、それっ」
「お前は黙ってロイさんの荷物持ちでもしてろっ!」
ビリーはそう言うとロイに向かって笑いかける。
「さ、荷物は下僕に任せて行きましょう。母さん達が待ってますよ。」
「おい、こらっ!!」
ロイの手を引いてさっさと歩き出すビリーにハボックが吠えた。手を振り払うわけにもいかず困ったような顔をしながら
歩き出すロイに向かって言う。
「たいさっ!…くそっ、ビリーのヤツっ!」
スタスタと歩いていってしまう2人の後を、ハボックは荷物を抱えて追いかけたのだった。

「母さんっ、ロイさんが来たよ!」
扉を開けた途端、中に向かってビリーが声をかける。パタパタと走る音がして中からアニタが出てきた。
「まあ、マスタングさん、ようこそいらっしゃいました。」
「お久しぶりです、アニタ。新年早々図々しくおしかけてきてしまいました。」
そう言って遠慮がちに微笑むロイにアニタがニコニコと笑う。
「そんな、遠慮なさらないで。マスタングさんは家族みたいなものですもの。」
アニタはロイを中へと誘いながら2階へと声をかけた。
「ダーンー!お見えになったわよ!」
そう言いながらアニタはロイをリビングへと案内するとソファーを薦める。すぐにハーブティのカップを持ってくるとロイに
手渡した。
「一晩中列車の中でお疲れになったでしょう?少しお休みになる?」
「いえ、ちゃんと眠ってきましたから。」
ロイが礼とともにカップを受け取りながらそう答える。その時、リビングの扉が開いてダンが入ってきた。
「マスタングさん、ご無沙汰しておりました。」
「こちらこそ、ダン。親子水入らずで新年を迎えるところ、押しかけてしまって…。」
「いや、お会いできるのを楽しみにしてたんですよ。とにかくアニタとビリーがマスタングさんが来るというので浮かれて
 しまって。」
ダンがそう言えばアニタが顔を赤らめてダンを睨む。
「いやね、そんなこと言わなくてもいいでしょっ」
アニタはそう言うと逃げ込むようにキッチンへと入ってしまった。キョトンとするロイにビリーが言う。
「母さん、ロイさんのファンだから。」
「ファン?」
「頭はいいし、かっこいいし、素敵よね、って。」
ビリーがそう言えばロイが照れたように頬を染めた。その表情にドキンとしたビリーがロイをみつめて何か言おうとした
とき、バンッと乱暴に扉が開いてハボックが入ってきた。
「ビリーっ、お前っ!!」
吠えるハボックの声にキッチンから顔を出したアニタが言う。
「あら、ジャン。帰ってきてたの。」
「母さんっ!」
「マスタングさん、もう少ししたら食事にしますからゆっくりしてて下さいね。」
アニタはにっこりとロイに微笑むとさっさとキッチンに戻ってしまった。
「なんだよ、あれ!久しぶりに帰ってきたのにっ!」
ドサリと荷物を下ろしてハボックが言えば側に立っていたダンがくすくすと笑う。その声にようやく父親がいた事に
気付いたハボックがダンを見た。
「おかえり、ジャン。」
「た、ただいま、父さん。母さんのあれ、なに?」
不服そうに言うハボックにダンが言う。
「ファンだそうだからな、マスタングさんの。」
「ファン〜っ?」
キッチンから聞こえてくるアニタの楽しげな鼻歌と、目の前でロイの姿にでれっと見惚れるビリーの姿にハボックは
ロイを連れてきたのは間違いだったかと後悔したのだった。

「ビリーだけでなく母さんまでとは…。」
食事を済ませて2階の部屋に上がってきたハボックはそう呟く。ベッドに腰掛けたロイが楽しそうに言った。
「いい人たちだな、お前の家族は。ここに来ると自分の家に帰ってきたような気がするよ。」
ニコニコと笑ってそう言うロイにハボックは複雑な表情を浮かべる。
「アンタが喜んでくれるのはいいんですけど、なんかこう、素直に喜べないっつうか…。」
ハボックはそう言うとロイの隣りに腰掛けた。その黒曜石の瞳を覗き込んで言う。
「大佐、ビリーや母さんと2人きりになっちゃダメっスからね、いいですね。」
大真面目でそう言うハボックにロイは呆れて言った。
「ビリーはともかくアニタと2人きりになったからってどうなると言うんだ。バカか、お前は。」
「だって、もしかしたらフラフラ〜とかしちゃうかもしれないじゃないっスか。お袋がライバルなんて、オレ、絶対に嫌っス
 からね。」
本気でそう言っているハボックにロイは思い切りため息をつく。ハボックの額を指で弾くと言った。
「お前な、それって私にもアニタにも失礼だろう?」
「だって心配なんスもん。お袋、料理うまいし。」
さっきの食事の席でアニタの料理を褒めまくっていたロイを思い出してハボックが言う。
「あのな、いくら料理がうまいからって餌付けじゃないんだから。」
「でも〜。」
そう言ってむぎゅうと抱きついてくる大きな体を抱き返してロイは苦笑と共にため息をついた。
「バカだな。いくら同じ金髪に空色の瞳でも私が一番好きなのはお前のだよ、ハボック。」
そう囁くように言うロイにハボックは体を離すとロイの瞳を覗き込む。
「ホントにっ?」
「ああ。」
答えて微笑むロイにハボックは堪らなくなって噛み付くように口付ける。舌を絡めて深く口付けるとそのまま体重を
預けてベッドに倒れこんだ。
「…おいっ!」
そのまま唇を首筋へと滑らせるハボックをロイは必死に押し返す。不服そうに見下ろしてくる空色の瞳にロイが言った。
「まだ明るいだろうっ!」
「いいじゃないっスか、新年なんだし。」
「バカっ、年が明けた早々こんなことをするヤツがいるかっ!」
「います、ここに。」
「離せっ、この…アッ!」
シャツの中に忍び入ってきた手に胸の尖りを摘まれてロイが声を上げる。くりくりとこね回されてハボックの腕を掴む
ロイの指が震えた。
「ヤッ…あっ…ハボックっ」
ぴくぴくと震えるロイに薄っすらと笑ってハボックが愛撫の手を更に強めようとした時。
「ロイさぁんっ!!」
バアンッとノックもなしに扉が開いてベッドの上で抱き合っていた2人が凍りつく。先に我に返ったロイが思い切り
ハボックを突き飛ばして乱れたシャツをかき寄せた。
「あ…ビ、ビリー…何か用?」
真っ赤な顔でそう言うロイを目を丸くして見ていたビリーはロイの声にハッとすると気まずそうにぼそぼそと言う。
「いや、あの…天気いいから一緒に出かけたいなと思って…。」
「そう、すぐ行くから下で待っててくれるかい?」
言われてビリーは頷くとふらつきながら部屋を出ていった。その背を見送ったロイは突き飛ばされたまま床にへたり
込むハボックを睨んで言った。
「ここにいる間、キスも触るのも禁止っ!!」
「ええっ、なんでっスかっ?!」
「当たり前だっ、バカっ!!」
そう叫んで部屋を飛び出たロイに、その言葉通り実家にいる間中指1本触れることを赦してもらえず、アニタとビリー
がロイと仲良く過ごすのを指を咥えて見ているしかなかったハボックは、新年をここで過ごすことを提案してしまった
ことを、心底後悔したのだった。


2007/12/20
 
「年末年始、ビリーにあって欲しい」ってコメントをありがたくも頂きましたのでちょっと書いてみました。もっとビリーと絡ませてもよかったのですが、新年早々
あんまりハボを苛めてもと思い(苦笑)ビリーどころかアニタまで向こうに回して、ハボ、ますます実家から足が遠ざかりそうです(笑)