| 個人授業 再会編 |
| 「先生!こっちこっち!」 セントラルの駅に降り立ったロイは聞こえた声の主を捜してきょろきょろと辺りを見回す。そうすれば一際背の高い姿が片手を大きく振っているのが見えた。 「先生!」 ロイが近づくより早くハボックは駆け寄ってくるとロイをギュッと抱き締める。その力強い腕と懐かしい匂いにロイはドギマギしてハボックを押し返した。 「先生、久しぶり。列車長時間で大変だったっしょ?大丈夫?」 「あ、ああ」 にっこりと笑って見下ろしてくる空色は最後に会った時と少しも変わらない。だが、会わないでいたたった二ヶ月の間に、更に背が伸び一層逞しく男らしくなったかつての教え子を、ロイは違うものを見るように見上げた。 「お前、また背が伸びたんじゃないのか?」 そう言われてハボックは照れたように笑う。ポリポリと額を指で掻きながら答えた。 「なんかバスケ部入ったせいか、こっち来てから伸びちまって。おかげで余計な洋服代がかかって困ってるんスよ」 高校を卒業した後、ハボックはセントラルの大学に進学していた。ロイと離れてなくてはいけなくってしまうと迷うハボックを『やりたいことがあるなら行け』とその背中を押したのは他ならないロイだった。 『セントラルとイーストシティに離れたって二度と会えないわけじゃない。電話だってあるんだし、休みになれば会えるんだから。むしろお前が私との事を考えて進みたい道に進めないと言うなら、私はお前と別れるよ」 そう言われてハボックは進学を決めた。ロイと別れるのが嫌だというのも理由の一つだが、何より早く一人前になってロイに恥じない男になりたかったのだ。 そうしてセントラルとイーストシティに別れて住むようになった二人だったが、ちょうど学校行事の関係で続けて休みが取れたロイが二ヶ月たった今日、ハボックに会いに来たのだった。 「なんだか随分逞しくなったみたいだ……」 ほんの二ヶ月で人はこんなに変わるものなのだろうか。なんだか胸がドキドキしてそれ以上見ていられずに視線を逸らしたロイだったが、突然クイと顎を掬われて目を見開いてハボックを見上げた。 「先生は全然変わらないっスね。相変わらず綺麗」 「な……ッ、馬鹿ッ!」 うっとりと見つめられてロイは火が噴いたように顔を真っ赤に染める。ハボックの手を振り払うと出口に向かってズンズンと歩きだした。 「先生、荷物持つっスよ」 そう声が聞こえたと思うとスッと腕が軽くなる。振り向けば追いかけてきたハボックがロイの手からボストンバッグを取り上げたのだった。 「べっ、別に自分で持てるぞっ」 「いいからいいから」 慌てて奪い返そうとすればハボックはそう言って、腕を上げてボストンを肩に引っかけるようにして持つ。並んで駅舎から出るとハボックが言った。 「先生、今日はオレのアパートに泊まるっしょ?」 「いや、駅前のホテルに予約を入れてある」 「えーっ?なんでっ?!オレ、先生が来ると思って昨日一生懸命掃除したのにッ!」 ロイの言葉にハボックが大声を張り上げる。そのあまりの大きさに、ロイはギョッとしてハボックの腕を掴んだ。 「馬鹿っ、なんて大声出すんだ」 「だって、そんなの駄目っスよ!先生、オレんとこ泊まってください!」 「でも、ホテルとってあるし」 そう言うロイにハボックが眉を顰める。 「ホテルなんてキャンセルすりゃいいっしょ?アパートに泊まれば時間気にしないでゆっくり話せるし、先生、お願い、泊まって!ね?」 「ハボック……」 捨てられた犬が縋りつくような目でそう言われれば無碍に断る事も出来ない。ロイが渋々とだが頷けばハボックがパッと顔を輝かせた。 「やった!じゃあここにいる間はずっと一緒にいられるっスね!」 そんな風に言われてロイは顔を赤らめる。「よかった」とニコニコ笑うハボックをちらりと見上げて思った。 (ずっと一緒に……って、何を期待してるんだ、私はッ!) 一晩中一緒だと思うと余計な事まで考えてしまう。そんな自分が酷く浅ましいように思えて、ロイはキュッと唇を噛み締めた。 (ハボックはそんな事考えてアパートに泊まれと言った訳じゃないのに) ハボックが高校生の間、二人はキスしかしたことがなかった。ロイが教え子と教師としての線引きをきちんとしたがったからだ。だから二人が肌を合わせたのはハボックが高校を卒業した夜の一度きりで、しかもその時は最後まですることが出来なかった。 (私に勇気がなかったから) いざその時になって、すっかり怯えてしまったロイにハボックは無理強いしなかった。震えるロイを抱き締めてただ静かに寄り添って眠ってくれたのだ。 (ハボック……) もし、この滞在中にそういう事になったら今度こそちゃんとハボックを受け入れたい、ロイがそう思ってハボックを見上げた時。 「あら、ジャンじゃないの!」 「あ、ケイト」 呼ぶ声に足を止めれば可愛らしい女性が駆け寄ってくる。栗色の髪を高く結い上げた彼女はハボックを見上げて言った。 「こんなところで会うなんて珍しいわね」 ケイトと呼ばれた女性はそう言ってロイを見る。ジロジロと興味津々の目で見るとハボックに尋ねた。 「どなた?」 「ん?ああ、オレの高校ん時の先生。こっちに遊びに来たんだ」 「それでせっかくの休日に引っ張り出されたってわけ?大変ね」 「ケイト」 そんな言い方をする女性を窘めるようにハボックが呼ぶ。女性はペロリと舌を出して言った。 「だってジャンってば私がいくら誘っても一緒に出かけてくれないんだもの。今度は私のために時間作ってよね」 女性はそう言うと「じゃあ」と手を振って行ってしまう。ハボックはやれやれとため息をついて言った。 「彼女、バスケ部のマネージャーなんスよ。映画のチケットとか手に入ると誘ってくれるんスけど、部活と勉強で忙しくってそれどころじゃなくて」 困ったように言うハボックの言葉を聞いているうち、ロイの胸に不安が込み上げてくる。チラリと見上げたハボックは高校生だった頃の幼さが抜け落ちて、魅力的な男へと成長していた。 (そうか、女の子達が放っておく筈ないんだ……) 自分がハボックに一目惚れしたのは、まだ中学生だったハボックがバスケの試合に出ているのを見た時だった。あの時ですら十分人を惹きつける力があったのだから、今のハボックなら言わずもがなだ。 「………モテるんだな、お前」 「はあ?オレが?全然っスよ、オレなんて」 思わずボソリと呟けばハボックが目をパチクリとさせる。そんなハボックにロイは苛々として言った。 「今の彼女だってお前に気があるんだろう?他にも色々デートの申し込みがあるんじゃないのか?」 「ケイトは別にオレが好きとかじゃないと思うっスよ。ただ、結構映画の趣味とかが一緒だから誘ってくれるだけで。デートの申し込みなんて全然だし」 そう言うハボックの言葉にロイはムカムカする。誰が見たってケイトがハボックに気があるのは一目瞭然だ。今はハボックの様子を伺っているだけの女性達も、ハボックに特定の相手がいないとみれば次々アタックしてくるに違いない。その時、遠くイーストシティにいる自分はどうすることも出来ないのだとロイが唇を噛んだ時、ハボックが言った。 「そんな事よりオレは先生の方が心配っスよ。学校で生徒や他の先生にちょっかい出されてないでしょうね」 「……は?」 突然そんな事を言い出すハボックをロイは驚いて見上げる。そうすれば自分をじっと見下ろす空色の瞳と視線があって、ロイは凍り付いたように身動きがとれなくなった。 「先生、ポヤッとしてるから心配で。本当はボディガードでもつけときたいくらいなんスから」 「……なに言ってるんだ、お前」 「オレ、心配なんス。オレが知らないところで誰かが先生のこと見てるかもしれないって思うと、すっげぇ不安で。他の奴にとられたらどうしようって」 「ハボック」 そう言って見つめてくる空色の瞳に自分と同じ焔を見つけてロイは息を飲む。ロイは暫くの間目を見開いてハボックを見つめていたが、やがてふわりと微笑んだ。 「心配なんてする必要ない。私が好きなのはお前だけだ、ハボック」 「先生」 「いつだってお前のことだけ想ってる」 ロイは言ってハボックに手を伸ばす。ハボックはその手を取ってロイを引き寄せると細い体をギュッと抱き締めた。 「オレも……オレもいつだって先生のことだけ想ってるっス」 耳元にそう囁いて強く抱き締めてくる腕に、ロイはうっとりと笑ってハボックの胸に顔を埋めたのだった。 2010/06/13 |