霧屋 依頼編


「おい、今日はお得意さんからの依頼だぞ、霧屋」
 アパートの扉を開けた途端聞こえた老人の声にハボックは足を止める。ウキウキとしたその声になんだかハボックは帰りたくなった。
「お得意さんって?」
 それでも仕方なしにそう尋ねれば老人が満面の笑みを浮かべて答える。
「焔の錬金術師殿だ!」
「え?大佐から?」
 その固有名刺が表す顔をハボックは思い浮かべた。
「今なんか難しい案件抱えてたっけ?」
 自分が錬金術師だと言うことをずっと隠して影からロイの支えとなろうとしていたハボックが、霧屋と呼ばれる何でも屋の錬金術師だとロイにバレたのはある事件がきっかけだった。国家錬金術師並みの腕を持ちながら二つ名も抱かず、ヒューズら僅かの人間だけがその能力を知っていたという事実にロイは随分と腹をたてたが、ハボックが錬金術師である事を隠していた理由―――ハボックがロイの為に錬金術の力を役立てたいと考えている事―――を聞いてしまえばいつまでも怒ってはいられなかった。
 それ以来ロイは表だっては扱えない案件や、急を要する案件に霧屋としてのハボックに仕事を回してくるようになった。
「でも今オレに回すような案件なかった筈だけど……どんな事だ?」
 ハボックが首を捻りながら尋ねれば老人が答える。
「ん?ええとな、白猫盗賊団の拿捕(だほ)及び鈴の装着」
「…は?」
「そう名乗る新手の盗賊団がいるのか?凄い依頼だなっ。しかし、この鈴の装着っていうのはなんじゃろうな」
 盗賊団の拿捕と言う依頼にワクワクしている老人の声を聞きながらハボックは首を捻る。
(白猫盗賊団なんて聞いたことねぇけど……)
 ハボックが必死に考えていると老人が言った。
「報酬は“お気に召すまま”?好きなように金額を決めていいって事かの?」
「あっ!」
 そこまで聞いた時、ハボックが大声を上げる。思い出したかと聞いてくる老人に、ハボックは笑いながら頷いた。
「白猫盗賊団なんていうから……」
「なんじゃ、大したことのない相手なのか?」
 そう聞いてくる老人に適当に答えながらハボックは先日の夜の事を思い出した。
 その夜、ロイは大事にとっておいたお気に入りのチョコを白い野良猫にまんまと食べられてしまったのだ。足音もなく近づいてきた真っ白な猫に大事な最後の一個を盗られて、悔しいやら情けないやらですっかりむくれてしまったロイは、せっかくの二人きりの夜にハボックを寝室から閉め出してしまったのである。
『猫に鈴がついてれば盗られなかったんだっ』
 翌朝漸く顔を見せたロイがムスッとしながら言っていたのを思い出してハボックはクスクスと笑う。
(それで拿捕に鈴の装着ねぇ。しかも報酬が“お気に召すまま”って)
 ハボックを追い出してしまった手前、ロイが自分からハボックを寝室に招き入れるなんて事は出来なかったのだろう。
「いいよ、大佐に引き受けたって連絡しておいて」
「おお、それじゃあ大捕物だなっ」
 いそいそと連絡を取る老人の声を聞きながら。
(チャッチャと盗賊団捕まえて、報酬貰っちゃおうっと)
 ハボックはにっこりと笑うと錬成陣の描かれた煙草を咥えたのだった。


2010/06/05