見毛相犬 聖誕祭編


「あ、少佐。来週はいよいよクリスマスイブっスね」
 書類にサインを貰おうと執務室に入れば、己の上官たる男が仕事中には不似合いの満面の笑みを浮かべて言う。ロイはハボックの机に書類を置くと、彼の言葉を綺麗にスルーして言った。
「大佐、こちらの書類、目を通していただいてサインお願いします」
「少佐はやっぱりイブはデートっスか?」
 目の前に置かれた書類を見もせずにハボックはロイに聞く。それにロイが答えずにいれば互いに黙ったまま数十秒が過ぎた。
「今年のイブ、私は夜勤です」
 結局気の短い方が先に折れて、ロイがため息混じりに言う。答えたのだからサインを寄越せと言うように、机の上の書類をハボックの方へ押し出した。
「夜勤?誰かに変わって貰えばよかったのに」
 押し出された書類に肘をついてハボックが言う。ハボックの肘の下で僅かに皺の寄った書類に眉を顰めてロイが言った。
「イブの夜に誰が仕事を変わりたいと思うんです?幾ら私でもそこまで人非人じゃありませんよ」
 ロイが代われと言えば上官命令として頼まれた側は断りようがない。ロイはそう言うとハボックの肘の下から書類を救出した。
「それに私にはイブの夜にデートをするような相手はいませんからね」
「えっ?少佐が?嘘でしょ?」
 ロイの言葉にハボックが空色の目を見開く。
「えー、じゃあ、オレ申し込んじゃおうかなぁ」
 あはは、と頭を掻きながら言ったハボックは黒曜石の瞳にジロリと睨まれて大きな体を縮こまらせた。
「くだらないこと言って誤魔化そうったってダメです。さっさと書類にサインください」
「やっぱサインしなきゃダメっスか?少佐が代わりにサイン───いえ、オレがサインさせていただきます」
「最初からそう言えばいいんです」
 黒曜石の瞳に睨まれて嫌々サインを認めながら、サンタさんからのプレゼントは自動サイン機がいいと真剣に考えるハボックだった。


「ふぅ」
 ロイはペンを置くと息を吐いて軽く首を回す。窓の外に目をやれば真っ暗な夜の闇の中、白い雪が時折はらはらと舞い落ちていた。
 クリスマスイブの夜、いつもはざわざわとしている司令部も人気(ひとけ)が少なくひっそりとしている。この司令室も疾うに皆帰って、残っているのは夜勤のロイ一人だった。
「クリスマスか」
 子供の頃はクリスマスと言えば家族でケーキやチキンを食べながら楽しく過ごしたものだった。プレゼントの箱を開ける時、どれほどドキドキしたことだろう。
 だが、この数年は仕事仕事でクリスマスを誰かと祝ったことなどなかった。イブを一緒に過ごしたいと言ってくれる女性もいないわけではなかったが、正直どこに行っても混み合う時期にわざわざ時間を割いてまで一緒にいたい相手などいなかったし、それなら家でのんびりワインでも飲みながら本を読んでいた方がよっぽど有意義と思えたのだ。
「そういえば大佐は結局どうしたのかな」
 サインを誤魔化す為とはいえ、誘っちゃおうかななどとふざけた事を言っていた男は今頃どうしているのだろう。あれで結構モテるようだから、彼女と楽しい時間を過ごしているのかもしれない。
「まあ、私には関係ない話だ」
 プライベートに上官がなにをしていようが知ったことではない。ロイはそう結論づけるとコーヒーを淹れる為に司令室から出ていった。


 給湯室で少し濃いめのコーヒーを淹れるとミルクと砂糖もたっぷり入れる。マグカップを両手で包んで暖を取りながら司令室に戻る廊下を歩いていたロイは、あと少しというところで足を止めた。
(人の気配がする)
 さっきまで誰もいなかった司令室から人の気配がする。それも一人や二人ではないそれに、ロイは眉を顰めた。
(誰だ?こんな時間に)
 幾ら夜間とはいえ、人の出入りは厳しくチェックしているはずだ。そうであるなら司令室にいるのは軍関係者以外あり得ないが、それにしてもこんな時間に大勢の人間がくるなんて一体何事だろう。
 ロイは念のため隠しから発火布の手袋を取りだし手にはめる。なるべく静かに残りの廊下を歩き、司令室の扉に手をかけた。そっと扉を開いたロイは、一変した室内の様子に目を見開いた。
「あっ、少佐帰ってきましたよ」
「メリー・クリスマス、少佐!」
「メリー・クリスマス!!」
 ハボックが大声で叫んでクラッカーをポンと鳴らせば、それに続いてブレダたちも叫んでクラッカーを鳴らす。飛んできた細い紙テープを頭から垂らして、ロイは呆然として室内を見回した。
 ロイが席を外していたほんの十数分の間に、司令室の中はカラフルなリボンや柔らかい紙で作った花で飾られ、机の上にはケーキやチキン、サラダが載せられていた。すっかりパーティ会場と化した司令室に、ロイは呆れたように言う。
「なにやってるんですか、こんなところで」
「せっかくのクリスマスだからみんなでお祝いしようと思って」
 ロイに答えてハボックがニコニコと言う。
「少佐、夜勤だって言うし、みんなが集まれるなら店でもどこでも一緒かなって」
「だからってなにもこんなところでやらなくても」
 確かにパーティの場所など余程の理由がなければ拘るところでもない。だが、それにしたってどうして司令室なのだとロイが言えば、フュリーが言った。
「大佐がマスタング少佐もいないと嫌だって言ったんです」
「そりゃそうだろう?少佐も一緒じゃないと意味ないっしょ」
 みんなでやらなきゃ、と笑うハボックをロイは目を見開いて見つめる。そんなロイにブレダがクスクスと笑って言った。
「言い出したら譲らないですから。ここは諦めてさっさと食っちまった方がいいですよ、少佐」
「ブレダ少尉」
 確かにこうして広げた料理、片づけるには食べてしまうのが一番と思えた。
「納得されたならどうぞ、少佐」
 そう言いながらホークアイがロイにグラスを差し出す。君まで乗ってるとは思わなかったと言うロイのグラスにクスリと笑ったホークアイがボトルから注ごうとすれば、ロイは手を挙げてそれを止めた。
「すまんが、アルコールは。勤務中だ」
「大丈夫です、ここにあるのは全部ノンアルコール飲料ですから」
 言われてロイは驚いたようにみんなを見回す。ハボックたちが笑って頷くのにやれやれといった様子で笑って、ロイはホークアイがグラスに注いでくれるのを待った。
「それじゃあ、改めまして。メリー・クリスマス!!」
「「「メリー・クリスマス!!」」」
 ハボックに続いて皆が一斉に唱和する。ワイワイとチキンやサンドイッチを頬張って、ロイは久しぶりに楽しいクリスマスの時間を過ごしたのだった。


2011/12/22


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「見毛相犬」のメンバーでクリスマスです。この話はカプリングと言うよりのんびりハボック大佐と女房役のマスタング少佐なので、クリスマスと言ってもこんな感じかなぁと(笑)