| 菫青石の恋 〜 his inner thoughts 〜 |
| 「よかったぜ、次に来たときもたっぷり可愛がってやるからな」 くくく、と下卑た笑いを零しながら男が言う。ハボックは蕾を犯す男の楔がぬぷんと抜けるのを感じて、ハアハアと荒い息を零した。 「は……い、ありがとう…ございま、す」 荒い息の間に男に礼を言うと、ハボックはギシギシと軋む体を叱咤してベッドに起き上がる。精液に汚れた男の下肢を清め、脱ぎ散らかされた衣服を集めて差し出せば男が身支度を整えていった。その間に自分は汚れたままの体に服を纏い、満足して帰っていく男を見送る。深々と頭を下げたハボックはパタンと扉が閉まる音と同時にその場に頽(くずお)れた。 「ハアッ……ハッ、ハッ……」 男に強引に開かれ、容赦なく犯された下肢がズキズキと痛む。だが、それ以上にハボックを苛んだのは全身を支配する甘い快楽の名残だった。 「う……ふ……ッ」 娼館の商品としてその名を連ねるようになって半年。もう、数え切れない程の客を取らされてきた。望もうが望むまいが、今ではすっかり男に犯される快楽を体が覚えてしまっている。最近ではハボックを抱くために繰り返し訪れる客も現れ、昼も夜もなく客を取らされるようになっていた。 「シャワー……浴びなきゃ……」 今日もこれで終わりではない。早く今の客の名残を洗い流し、次の客に備えなければならなかった。 ハボックは部屋から出ると従業員用の通路へと回り小さなエレベーターに乗り込む。客用の整備されたそれとは違い、古びたエレベーターはガタガタと揺れてその振動が疲れきった体には辛かった。地下についたエレベーターから降りたハボックはシャワールームへと向かう。汚れた服を脱ぎ捨てブースに入るとシャワーをひねり、壁に背を預けて戦慄く蕾へ指を差し入れた。 「んっ……くぅっ……ッ」 クチクチと掻き回し散々に注がれたものを掻き出す。シャワーの湯に混ざって流れていく白濁を見れば、ぽろぽろと涙が零れた。それでも体内に残ったものを全て掻き出し体を清めてタオルで水気を拭き取ると、用意された新しい服に着替える。さっきよりはしっかりした足取りで控え室に入ったハボックはドサリとソファーに腰を下ろした。 「おい、次の客の前にメシ食っとけよ」 ぼんやりと座っていれば黒づくめの男がハボックを見て言う。だが、ハボックは緩く首を振って答えた。 「いい、食欲ないから……」 「おい」 ハボックの答えに男はチッと舌を鳴らす。奥からサンドイッチと水を載せたトレイを持ってくるとハボックの前のテーブルに置いた。 「いいか、メシも食わずにガリガリになっちまったら商品価値が下がるだろうが。メシを食うのも仕事のうちだ、四の五の言わずに食える時に食え、いいな」 男はハボックに指を突きつけて言うと控え室を出ていく。細く息を吐き出してサンドイッチに手を伸ばそうとしたハボックは、誰かがテーブルに置き忘れたらしい新聞に気づいた。 「この人……」 その第一面を飾る写真を見て目を瞠る。そっと手を伸ばして新聞を取ったハボックは、黒曜石の瞳でこちらを真っ直ぐに見つめる黒髪の男の写真を食い入るように見つめた。 「あの時の…ッ」 半年前、初めてとった客がこの男だった。客を取ってこいと放り出されたものの、なかなか出来ずに漸く声をかけたのが彼だった。初めてでどうしていいかもろくに判らずにいたハボックを酷い目に遭わせることも出来たのに、彼はそうはしなかった。それどころかあの夜の彼との行為は漸く出会うことが出来た恋人同士のような甘く切ないもので、二人は事が終わって離れてしまうのを恐れるように何度も何度も求めあったのだ。そうしてその時彼がくれた言葉と熱が、今ここでハボックが生きていく為の支えとなっているのだった。 「ロイ……マスタング大佐……」 写真に添えられた記事で漸く彼の人の名前が知れる。それと同時に彼が男娼である自分には到底手の届かない遠い存在であることも。 「マスタング大佐……」 ハボックは初めて知った名を呟いて写真に触れる。そうすれば初めてのあの夜からずっと抱いてきた恋心が俄に溢れ出して、ハボックは唇を噛み締めた。 「は……馬鹿みたいだ」 たとえどこの誰だろうと叶う筈のない恋だと判っていた。こんなゴミ溜めのような場所で暮らす己には誰かに恋する権利などありはしないのだ。その上相手が東方司令部のトップであり国家錬金術師ともなればこれから先会うこともないだろう。そもそもあの夜買った痩せっぽちの少年のことなど、ロイは忘れ去っているに違いない。それでも。 「マスタングさん……」 一度抱いてしまった想いは簡単に打ち消せる筈もなく、その向かう方向を知ってしまえば消えるどころか強くなるばかりだ。ハボックは写真の面を伏せて新聞をテーブルに戻すとサンドイッチを手に取り口に運ぶ。むしゃむしゃと頬張る白い肌を涙がはらはらと零れて落ちた。 例えゴミ溜めに暮らすとるに足らない存在でも想うだけなら赦しては貰えまいか。何も望まない、ただ生きていく為だけに想う事を。 ハボックは手の甲で乱暴に涙を拭う。伏せて写真が見えなくなった新聞をじっと見つめていたハボックが躊躇いがちに手を伸ばした時。 「ハボック!そろそろ時間だ」 そう呼ぶ声がしてハボックはビクリと体を震わせる。新聞に伸ばしかけた手でグラスを取ると水を一気に飲み干した。そうして立ち上がったハボックはもう新聞に手を伸ばすこともなく、その身を客に差し出すために部屋を出ていったのだった。 2010/09/03 |