| ロイは寄り添うようにして眠る金色の頭をそっと撫でる。そうすれば安心したように唇に薄い笑みを刷くハボックに、ロイは目を細めた。 初めてハボックの方から『シタイ』という言葉を聞いた。生まれ持った性格なのだろう、ハボックは自分からセックスを強請るようなことはなかった。これまで置かれていた環境も強く影響しているかもしれない。求められれば答えるし、嫌なことをロイに合わせて無理していると言うわけではなかったが、それでもハボックは自ら進んで肌を合わせるようなことはなかった。だが。 『シタイ……』 ハボックの唇からその言葉が零れるのを聞いたとき、ロイは驚くと同時に飛び上がるほど嬉しかった。 ロイは穏やかな寝息をたてる唇をじっと見つめる。その唇が紡いだ言葉への喜びと、いつかまたその言葉を聞きたいという思いを込めて、ロイはハボックにそっと口づけた。 菫青石の恋 〜 because I love you 〜 「今日も帰りは遅いから」 朝食の席、ロイはそう言いながらパンに手を伸ばす。パンを放り込もうとして開けた口を更に大きく開けて欠伸をすると、やれやれと大きく息を吐いた。 「ここんとこずっと忙しいっスね」 その端正な顔に似合わない大欠伸に目を丸くしてハボックはロイを見る。 「色々と立て込んでいてね。必ず帰るつもりだが、お前は先に休んでいなさい」 カプカプと止まらない欠伸にロイはパンを食べるのを諦めてコーヒーのカップに手を伸ばした。思い切り濃く淹れてもらったコーヒーを一口飲んで、思わず顔を顰める。いつもはミルクと砂糖をたっぷり入れるところを無理してブラックで飲むロイにハボックは言った。 「大丈夫っスか?オレは別に待ってるの全然平気っスから」 そう言うハボックにロイは苦笑する。 「お前を待たせていると思ったら落ち着いて仕事などしてられんよ。先に休んでいてくれ」 「………はい」 ハボックはロイの言葉に不承不承頷いた。ロイは手を伸ばすと、視線を落としてどこか不機嫌そうに唇を尖らすハボックの頬を撫でる。その空色の瞳が自分を見るのを確認してロイは一つ頷くと立ち上がった。そうしてそのまま足早に玄関に向かう。後からついてきたハボックを玄関を出る前に引き寄せ、軽く口づけた。 「行ってくる」 「いってらっしゃい、気をつけて」 ハボックがそう言う間にロイは玄関をすり抜けて出ていってしまう。パタンと閉じた扉を見つめてハボックはため息をついた。 「口、突き出したの、判っちゃったかな……」 ハボックはそう呟いて指先で唇を押さえる。ロイが離れてしまうのが惜しくて、ほんの一瞬でも長く触れていたくて、ロイの唇が離れていくのを追うように顔を寄せてしまった。 「恥ずかしい……」 ハボックは顔を赤らめてそう言うと鍵を閉めダイニングに戻った。 ここ半月ほど、ロイは多忙を極めていた。一応家には戻ってくるものの、大抵は2時、3時を過ぎている。最初のうちは起きて待っていたハボックだったが、最近ではロイが口を酸っぱくして「寝ていろ」と言うものだから渋々ベッドに入っているのだった。だが、横になったところで眠れるわけでもなく、結局ロイが帰ってくるまでまんじりともせず過ごしていた。それでも帰ってきたロイがハボックの様子を見に寝室を覗きに来るときには目を閉じて眠っているフリをする。そうすればロイは「ただいま」と囁いて額に優しいキスを落としていくのだ。 ハボックはひとつため息をつくと朝食の後片づけをする。それから手早く洗濯を済ませてしまうと、バイト先の喫茶店へ向かうべく家を出た。真っ青に晴れ渡った空を眩しそうに目を細めて見上げる。季節が段々と暑い夏へと移り変わろうとしていることを空の変化に感じて、ハボックは小さく笑った。通りを歩いていくと、すれ違う人に「こんにちは」と声をかけられる。ロイと一緒に住むようになって、ハボックも少しずつ近所の住民と言葉を交わすようになっていた。そのせいか外に出るときはいつも俯きがちだった顔が徐々に笑みを浮かべるようになって、その変化をなにより喜んだのはロイだった。 『お前がそうして何でもなく過ごしているのを見るのがなにより嬉しい』 そう言って笑ったロイの笑顔こそが嬉しくて、ハボックは少しずつではあったが周囲にとけ込む努力をし、また周囲も優しくそれを迎え入れた。 「あ、マロン」 バウ、と聞こえた声に振り向けば、大きなレトリバーが尻尾を振り立て飼い主の老婦人を半ば引きずるようにしてやってくる。ハボックは腰を落として駆け寄ってきた大きな犬を抱き締めるとその頭をワシワシと撫でた。 「駄目じゃないか、マロン。そんなに引っ張ったらメイスンさんが転んじゃうだろう?」 めっと犬の目を見て言えば、マロンがくぅんとすまなそうに鳴く。そんな二人の様子を見ていた老婦人がくすくすと笑い混じりに言った。 「最近マロンは私の言うことよりハボックさんの言うことの方がよく聞くみたいだわ」 楽しげに言う声にハボックは立ち上がる。 「こんにちは、メイスンさん。マロンの散歩っスか?」 「ええ、今日はお天気がいいから。貴方はこれから喫茶店でバイト?」 「はい」 そう答えて笑みを浮かべる青年を老婦人は優しく見つめる。ハボックがロイの家に住み始めた当初から、彼女はハボックの事を大層気に入っていた。 「今度またマロンを公園につれていって貰えないかしら。私では十分に遊ばせてやることが出来なくて」 「勿論っスよ。オレの方からまたマロンと遊ばせて下さいってお願いしたいと思ってたところっス」 そんな風に言うハボックの心遣いが嬉しい。老婦人は「ありがとう」と言って笑うとマロンを連れて公園の方へと歩いていった。 「おっと、もうこんな時間」 二人を見送ったハボックは時計を見てそう呟く。そうして喫茶店に向かって急いで走っていったのだった。 「ふわ………」 大きな口をあけて欠伸をしたと思うと、大きなため息をつきながらロイは首をグリグリと回す。いかにも眠そうでかったるそうなロイの様子にハボックは眉を寄せて言った。 「ねぇ、マスタングさん。司令部に仮眠室ってあるんでしょう?忙しい間、家に戻ってくるのをやめて仮眠室で寝たらどうっスか?」 そう言われてロイは眉を顰める。 「帰ってこなかったらお前の顔が見られないじゃないか」 「そりゃそうっスけど」 「お前は私の顔が見られなくて寂しくないのか?」 そう言われてハボックは一瞬唇をキュッと噛んだが無理に笑顔を作って言った。 「半年も一年も見られなかったら寂しいっスけど、精々数週間のことっしょ?こっちに帰って来なかったら往復の時間で1時間は眠れるっスよ」 だから、と言うハボックにロイはムスッと黙り込む。だが、ここ数日は戻ってきてもベッドに入って休む間もなく起きる日が続いており、ハボックが言うとおり仮眠室を使えば多少なりと体を休めることが出来るのも事実だった。 「………私が帰ってこなくても大丈夫か?」 「やだな、マスタングさん。オレの事、いくつだと思ってるんスか」 ロイの言葉にハボックは鼻に皺を寄せる。ふて腐れるようなその顔にロイは苦笑して言った。 「判った。それじゃあ済まないが暫く泊まりで片付けてくるよ」 「そうしてください」 ロイが漸くそう言ったことに安心してハボックは笑う。かくしてロイは何日か戻らなくても済むよう、荷物を作るとハボックに言った。 「必ず日に一度は電話を入れるから」 「必要ないっス。どうしても困ることがあったらオレから連絡しますし。それに近所の人も手を貸してくれるから」 そう言って笑うハボックにロイは一つため息をつく。 「そうだったな。もう私がそんなに心配することもないんだな」 ちょっと寂しそうに言うロイにハボックは手を伸ばす。その頬にちょっと触れて慌てて手を引っ込めた。 「ハボック」 ロイは頬に触れた手を握り締めて俯くハボックを引き寄せ抱き締める。俯いた顎に手をかけ視線を上げさせると言った。 「あと1週間もすれば落ち着くから。だからいい子に待っていてくれ」 「……はい、マスタングさん」 小さく頷くハボックを抱き締める腕に力を込めて、ロイはハボックに口づけた。 「はあ………」 ハボックはトレイを抱き締めてカウンターにもたれ掛かるとため息をつく。昼時の忙しい時間を過ぎてひと段落ついた喫茶店の片隅でハボックはロイのことを思い浮かべていた。 ロイが司令部に泊まり込んで今日で3日が過ぎていた。自分でそうしてくれと言ったにもかかわらず、ハボックは一日目から既に後悔していた。夜中に戻ってきたロイが額に落としてくれるキスのないことがこんなに寂しいだなんて、思ってもみなかった。朝、ロイが司令部に出かけるまでのほんの数10分の時間、一緒に過ごすことができないのがこんなに辛いとは思ってもみなくて。 「はあ………」 ハボックが何度目になるか判らないため息をついた時、マスターがクスクスと笑う声がした。 「どうした?ため息ばかりついて元気ないね、ジャン」 「マスター」 そう言われてハボックは慌ててカウンターにもたれた体を起こす。ほんの少し顔を赤らめて俯くハボックにマスターが言った。 「最近、マスタング大佐、息抜きに来ないねぇ」 忙しい忙しいと言いつつ、しょっちゅう喫茶店に顔を出していたロイがさっぱり顔を見せなくなった事を指摘してマスターが言う。ハボックは手にしたトレイを弄びながら答えた。 「今、すっごく忙しいみたいで。ここ3日くらい、家にも帰って来ないんです」 「家にも?そりゃ大変だ」 ハボックの言葉マスターは目を丸くする。 「それじゃあ家に一人かい?寂しいだろう?」 「そんなことないっス!子供じゃないんだし、全然平気っス!」 声を張り上げて言うハボックをびっくりして見上げたマスターは次の瞬間吹き出してしまった。突然笑われてキョトンするハボックをクックッと笑いながら見上げて言う。 「そんな風に言ったら大佐が泣くよ?」 「は?なんで?」 心底判らないという顔をする青年を見つめてマスターは苦笑した。あの「焔の錬金術師」と呼ばれて数多の羨望と尊敬と畏怖の的になっている男がどれほど心を注いでいるか、この青年は気づいていないのだろうか。 「マスタング大佐も可哀想にねぇ……」 ため息混じりにそう言うマスターをハボックは不思議そうに見つめたのだった。 『おう、ハボ。元気にしてるか?』 電話の鳴る音に慌てて受話器を取れば聞こえてきた声にハボックは目を丸くする。 「ブレダ?なに?どうかしたの?」 てっきりロイだと思ったのに聞こえてきたのは友人の声で、ハボックはがっかりすると同時にロイに何かあったのかと心配になって尋ねた。 『いや、大佐の忙しさがもう限度超えててさ。仕事以外の事する余地が一切ねぇの。で、俺にお前に電話してちゃんと飯食ってるか聞けってよ』 半ば呆れた口調で言う友人にハボックは気の抜けた声で答える。 「もう、飯くらい食ってるよ。小さな子供じゃないんだし」 『だよなぁ。まったくあの人、お前の事になると見境がないっていうか、バカ丸だしっていうか』 「ブレダってば」 クスクスと笑うとハボックは言った。 「オレなら大丈夫、ってマスタングさんに言っておいて。わざわざありがとう、ブレダ」 そう言って受話器を置こうとしたハボックだったが、自分を呼ぶ声にもう一度受話器を耳に当てる。「なに?」と尋ねればブレダが「あー」だの「うー」だの唸った。 「なに?ブレダ。話がないならもう切るよ?」 ロイだけでなくブレダだって相当に忙しい筈だ。自分などにかまけている時間などないはずで、ハボックがそう言って電話を切ろうとすればブレダが「待て待て」と止めた。 『あのな、もう一つ大佐から伝言があんだわ』 「伝言?マスタングさん、なんだって?」 言われてそう聞き返したものの、ブレダはなかなか答えない。よっぽど言いにくいことなのかとハボックが不安に駆られ始めた時。 『愛してる、ハボック』 「……え?」 『だから!大佐がそう言えって!伝えたからなッ!』 じ ゃあ、と怒鳴るように言ってブレダが電話を切る。ツーツーと響く発信音を聞きながら呆然としていたハボックは、やがてクスクスと笑いだした。 「もう……そんな大事なこと、人づてに言うなんて…」 マスタングさんの馬鹿。 ハボックはそう呟いて受話器を握り締めた。 「マロン!」 ハボックはそう言って持っていた棒きれを高く放り投げる。レトリバーはウォンと一声吠えるとそれを追って走り出し、地面に落ちる前に見事キャッチしてハボックのところへ持ち帰ってきた。 「すごい、マロン!」 得意げな顔で棒きれを差し出す犬を抱き締めてハボックは褒めてやる。ハッハッと息を吐きながら顔を舐めてくる犬を抱き締めながらハボックはため息をついた。 ロイが泊まり込むようになって1週間が過ぎた。最初の何日かは電話をしてきたものの、最近は相当に忙しいらしくブレダが代わりに電話を入れてくるので声すら聞けないでいる。仕事なのだから仕方ないと判っていても寂しいと思う気持ちは抑えられなかった。 「マロン……オレ、寂しくって死にそう……」 呻くように言って、ハボックは柔らかい犬の毛に顔を埋めた。 『よー、ハボ』 受話器を上げれば聞こえてくる友人の声にハボックはこっそりため息をつく。代わりの誰かに電話をさせるくらいならいっそ電話などしてきてくれなくていい、とそんなわがままを思って、ハボックは緩く首を振った。 「オレなら元気。心配ないって言って」 ハボックはブレダが何か言う前に早口にそれだけ言って受話器を置こうとする。だが、ふと思い立って受話器を握り締めて言った。 「ブレダ、ひとつ伝言頼まれてくれる?」 『ああ?なんだ?』 聞き返してくる友人の声にハボックは大きく息を吸い込む。 「愛してます、マスタングさん、って。絶対伝えてよ!じゃあね!」 『ええッ?!ちょっと待てッ、ハボ!俺にそれを大佐に言えって言うのかよっ!おい、ちょっとハ───』 一息に言いたいことを言うと、ブレダが喚くのに構わず、ハボックは電話を切った。 1週間、と言ってロイが家をあけてから10日が経った。ハボックは電気もつけずにリビングのソファーで膝を抱えて座り込んでいた。食事をとる気にもなれず、もう何度目になるか判らないため息をついた時、家の外で車の止まる音がしてハボックは顔を上げた。 「マスタングさん……じゃないよな。帰ってくるって連絡もないし……」 ハボックはため息混じりに呟いて再び抱えた膝に顔を埋める。その時、ガチャガチャと玄関の鍵が開く音がして、ハボックは目を見開いて顔を上げた。バタバタと駆け込んでくる足音を聞きながらソファーから足を下ろす。ハボックが立ち上がるより早くリビングに飛び込んできたロイは、灯りもついていない室内に眉を顰めるとスイッチに手を伸ばした。 「ハボックっ?」 パッとついた灯りに眩しそうに腕で顔を覆うハボックの姿をみつけて、ロイはハボックに駆け寄る。驚いた顔で見上げてくるハボックの体をギュッと抱き締めて言った。 「どうした?気分でも悪いのかっ?」 そう言ってハボックの頬に手を当てその顔を覗き込む。1週間ぶりに触れるロイの体温にドキドキしながらハボックは答えた。 「別にどこも悪くないっス。それよりマスタングさん、どうしてここに?」 また無理して帰ってきたのだろうか。心配になってそう尋ねればロイが笑った。 「やっとひと段落ついた。忙しかった分、明日明後日と休みを貰ったからな。ゆっくりできる」 ロイはそう言って驚きに見開く空色を覗き込む。 「ただいま、ハボック。寂しい思いをさせて悪かったな」 優しく見つめてくる黒い瞳をハボックは目を見開いて見つめていたが、やがてくしゃりと顔を歪めてロイにしがみついた。 「おかえりなさいっ、マスタングさん」 そう言ってしがみついてくる体をロイはギュッと抱き返した。 「帰ってくるならそう言ってくれれば材料買っといたんスけど」 有り合わせのもので食事を済ませてしまうと、リビングで一息つくロイにコーヒーを差し出しながらハボックが言う。ロイはミルクと砂糖がたっぷり入ったそれを旨そうに一口飲んで言った。 「一秒でも時間が惜しかったからな。それにお前が作ってくれるものならなんでも旨い」 そう言うロイにハボックは苦笑する。向かいの席に腰を下ろして言った。 「じゃあ、明日はマスタングさんの好きなもの、いっぱい作りますね」 そう言えば嬉しそうに笑ったロイは思い切り口を開けて欠伸をする。その疲れきった様子を見てハボックは言った。 「疲れたでしょう?シャワー浴びて休んだ方がいいっスよ」 「そうだな……。もう少ししてからにするよ。先に浴びておいで、ハボック」 そう言ってロイはまだ熱いコーヒーにフウフウと息を吹きかける。その子供っぽい仕草にクスリと笑って、ハボックは立ち上がった。 「じゃあ、急いで浴びてきちゃいますね」 「ああ。別に急がなくてもいいぞ」 「はい」 答えて、それでもハボックは足早にリビングを出る。手早くシャワーを済ませるとタオルで髪を拭きながらリビングに戻った。 「お待たせ、マスタングさん」 そう声をかけながらソファーに座ったロイを見れば、ロイは膝の上に本を広げたまま眠ってしまっていた。 「マスタングさん……」 目を細めてロイを見つめると、ハボックは足音を忍ばせてロイに近づく。膝の上からそっと本を取り上げてテーブルに置き、ロイの隣に腰を下ろした。 「お疲れさま……」 眠るロイの顔を見つめてそう呟くとロイの肩に頬を寄せる。そうすれば鼻孔をくすぐるロイの香りに僅かに目を見開いた。 「……ぁ………」 ロイが不在の10日の間、会いたくて寂しくて死にそうだった。それでも仕事なのだからと必死に自分に言い聞かせて我慢してきたのだ。10日ぶりに嗅ぐロイの香りは強烈で、ハボックの心と体を強く揺さぶった。 「マスタングさん……」 そう囁いて目を閉じればますます香りが強く感じられる。 「シタイ………」 熱に浮かされたように、ハボックの唇から言葉が零れた。 うとうとと微睡んでいたロイは肩にかかる重みに意識を引き戻される。その重みが寄り添うハボックのものだと気づいて微かに笑みを浮かべた時、耳に飛び込んできた言葉にロイは閉じていた目をパッと開いた。 「………ハボック?今、なんて?」 視線だけを向けてそう問いかければハボックが弾かれたように身を離す。驚いて見つめてくる黒い瞳にハボックの顔が火を噴いたように赤くなった。 「オっ、オレっ!!」 そう叫んで逃げようとするハボックの腕をロイは咄嗟に掴む。グイと引けばハボックの体が倒れ込んできた。 「あっ?!」 倒れ込んできた体が逃げる前にロイはハボックをソファーと己の腕の間に閉じこめてしまう。困りきってうろうろと視線をさまよわせるハボックの顎を掴んで正面を向かせると、ロイは空色の瞳を覗き込んで言った。 「今、なんて言った?ハボック」 「オレは別になにも…ッ」 「ハボック」 必死に視線を逸らして言うハボックに顔を近づけてロイはハボックを呼ぶ。そうすれば、ギュッと目を瞑ってハボックは言った。 「ごっ、ごめんなさいっ」 「どうして謝るんだ?」 「だって…っ」 問いかけるロイの顔を弾かれたように見つめて、それからハボックは目尻を染めて視線を落とす。消えてしまいそうな細い声で言った。 「シタイ……なんて。そんな恥ずかしいこと……もう、言わないっスから」 だから軽蔑しないで、と目を閉じて囁くハボックにロイは苦笑する。軽蔑されたと身を縮めるハボックの頬を優しく撫でてロイは言った。 「軽蔑なんてするわけないだろう?私がどれほど喜んでいるか、判らないのか?お前は」 「………え?」 「私を見るんだ、ハボック」 ギュッと目を閉じているハボックにロイは言う。恐る恐るといった風に開かれる空色の瞳を見つめてロイは言った。 「私は嬉しいんだ、ハボック。初めてお前から強請ってくれた。私に答えるのではなくて、自分からそう言うのを聞いて、飛び上がるほど嬉しいんだ、ハボック」 「マスタングさん……」 幸せそうに笑って言うロイをハボックは目を丸くして見つめる。ロイは両手でハボックの顔を挟み込んで尋ねた。 「私に会えなくて寂しかったか?」 「……はい」 「声が聞けなくて辛かった?」 「……はいっ」 ハボックはそう答えてロイにしがみつく。 「会えなくて、声も聞けなくて、すっげぇ寂しくてすっげぇ辛かったっス!会いたくて会いたくて、死んじゃうかと思った…ッ!」 「死なれたら困る」 抱きついてくる体を抱き締めながらロイが苦笑する。そう言うロイを見つめてハボックは言った。 「だったらオレをもう一人にしないで。マスタングさんに会えないと、オレ、息できなくなっちまう。マスタングさんに触れられないと、寂しくて我慢できないっス!」 「ハボック……」 こんな風に強く求められたことは初めてでロイは驚きに目を瞠る。見開く黒曜石の瞳にハボックはハッとして俯いた。 「ごめんなさいっ」 「 ハボック、ハボック」 恥じいるように身を縮めるハボックをロイは宥めるように呼ぶ。覗き込むようにしてハボックを見つめると言った。 「困った奴だな。何度言えば判るんだ?嬉しいと言っているだろう?嬉しくて嬉しくて叫び出したいくらいだ」 「マスタングさん……」 目尻を染めて見つめてくるハボックに、ロイは噛みつくように口づけた。 「やっ………ぅんッ」 ソファーに押さえ込まれ、体中を這い回る熱い手のひらにハボックは必死にロイを押し返す。「シタイ」とは言ったが、こんな煌々と灯りのついたリビングでするのは嫌だった。 「マスタングさんッ、ここじゃイ、ヤ……んっ、ンンーーーッ!」 顔を赤くしてそう言うハボックの唇を強引に塞ぐ。ロイはハボックの体をまさぐっていた手でズボンの前をくつろげると、その中へ手を滑り込ませた。既に熱を持ち始めている中心をキュッと握り込まれてハボックはヒュッと息を飲む。ロイの手が柔々と動き始めるのを感じて、ハボックは咄嗟にロイの手首を掴んだ。 「マスタングさんッ」 悲鳴のような声に動きを止めてハボックを見れば真っ赤な顔で睨んでくる。うっすらと涙を浮かべた空色の瞳はロイの情欲を煽るばかりで、いつまでたってもそのことに気づかない鈍い恋人をロイは不満げに唇を曲げて見つめた。 「シタイと言ってくれたんだろう?」 「でも、ここじゃヤです」 「何故?」 「何故って……ッ、こっ、こんな明るいところで…ッ」 「構わないじゃないか。それにベッドまでいく時間が惜しい」 平気な顔でそう言うロイにハボックは開いた口が塞がらない。意外にもセックスに対して開けっ広げなロイに毎度振り回される感のあるハボックは紅い顔でロイを睨んでいたが、ふと思いついて言った。 「判りました。じゃあ今回シタイって言ったのはオレの方だからオレの好きにさせて下さい」 「お前の?」 ロイは驚いたように目を瞠ったが、すぐ面白そうに頷く。ハボックはロイのポケットからハンカチを取り出すと、細く畳んでロイの目を隠してしまった。 「おい」 「これで明るくても見えないでしょ?」 ハボックは安心したように言うとロイの体にしがみつく。ホッと息を吐くハボックにロイは不満げに鼻を鳴らした。 「これじゃあ私がお前を見られないじゃないか」 「オレがマスタングさんを見られるからいいんです」 ハボックはそう言って目隠しをしたロイの頬を両手で挟む。優しくその頬を撫でながら呟いた。 「ずっと会いたくて毎日マスタングさんのことばっかり考えてたって言ったら引いちゃいます?きっとマスタングさんは忙しくてオレのことなんて思い出す暇もなかったろうけど……」 「そんなわけないだろうっ!」 ロイはそう言って目隠しを取ろうとする。その腕を押さえてハボックが言った。 「会いたくて触れたくて………。オレ、いつからこんなに欲張りになったんだろう…って、ずっとそう思ってたんスよ」 そう言ってハボックはロイにそっと口づける。触れたと思った瞬間、すぐさま離れていこうとするハボックをロイは抱き締めると荒々しく唇を塞いだ。 「マスタ……ッ、やっ、今日はオレの好きにさせてくれるって……ッ」 「だから目隠しさせてやっただだろう?」 ロイはそう言ってハボックの体に手を這わせる。さっきよりもきつい愛撫にハボックは息を弾ませた。 「マスタングさんっ」 気がつけば下肢を剥き出しにされ、白い脚の間にはロイの体がしっかりと収まっている。とても目隠ししてるとは思えない早業に、ハボックは結局またロイに翻弄されていることに気づいた。 「マスタングさ…ッ、アッ…っ!」 グイと脚を押し開かれロイの顔の前に蜜を滲ませる中心とヒク付く蕾がさらされる。ロイは押し広げたハボックの蕾に顔を寄せると舌を這わせ始めた。 「ヒャッ!やだッ!!」 目隠ししているロイには見えなくても、ハボックの目には灯りのもと、舌を這わせるロイの顔が見える。羞恥に顔を真っ赤にしてハボックは身を捩った。 「ヤアッ!マスタングさんッ」 「見えないんだからこうやってお前を確かめるしかないだろう?」 「ヒアッ!んっ、ああんっ」 ロイは言いながら押し開いた蕾に舌を這わせ、そそり立つ竿を扱く。胸につくほど体を折り曲げられて、ハボックはロイが自分に施す愛撫を見せつけられ、視覚からも触覚からも、ぴちゃぴちゃとイヤラシイ水音を捕らえる聴覚からも犯されている気がして、ハアハアと荒い息を零した。 「アッ、く、ぅんッ!………アアッ、も、イヤアッ!」 恥ずかしくて恥ずかしくて堪らない。ハボックは手を伸ばしてロイの目隠しを取ると、泣きじゃくりながらロイを呼んだ。 「マスタングさん…ッ」 呼ぶ声にロイは体をずらしてハボックを抱き締める。無我夢中でしがみついてくる体を抱き返して、ロイは小さく笑った。 「どうしたいのか言ってごらん。今日はお前のシタイようにするんだろう?」 意地悪く聞いてくる男をハボックは恨めしげに見つめる。それでもロイの首にしがみつくとその耳元に囁いた。 「マスタングさんをください……」 「ここで?」 「……ベッドまで我慢できないって言ったの、マスタングさんっスよ」 真っ赤な顔でそう言うハボックにロイはクスリと笑う。ハボックを抱き締めるとその耳元で言った。 「そうだったな……」 ロイはそう言うとハボックの脚を抱え直す。熱く見上げてくる空色の瞳を見つめて滾る自身を押し当てた。 「すき…っ、マスタングさんっ」 「…………私もだよ、ハボック」 真っ赤な顔で、それでもはっきりとそう告げるハボックにロイは嬉しそうに笑うとゆっくりと体を繋げていった。 2009/07/01 |
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| 拍手リク「菫青石の恋」の続きです。この作品をイメージしてピアスを作ってくださった香深さまが「ハボから大佐に「・・・・・シタ イ・・・」って言わせたい! しかも大佐が画策して言わせたのでなくて、むしろ大佐はちょっと吃驚するくら いな感じで」と仰っていたので書いてみました。ありがちなパターンではありますが、菫のハボはこんな時でないと言わなそうなので。でも、書き上げてから綺麗な女性に嫉妬して「シタイ」って言うパターンもありだったかなんて思ったり(笑)まぁ、そのパターンはまたそのうち……。素敵なピアスだけでなく、萌えも頂いてしまいまして、香深さまには本当にありがとうございます。少しでもお楽しみいただければ嬉しいです。 |