本命義理チョコ


「おはよう、みなさん!今年も日々の感謝を込めて、ジャン・ハボックが甘い幸せをお届けにやって参りましたぁ!」
 ガチャリと司令室の扉が開くのと同時にハボックの元気な声が響き渡る。その声を聞けば今日が何の日か、否応なしに思い出された。
「今年ももうそんな季節か?」
「なんだか一年がすごく早い気がします」
「そう感じるのは年をとった証拠だという説もありますが」
 口々にそんな事を言いながらブレダたちがハボックの周りに集まってくる。ハボックは机の上に置いた袋の中から箱を取り出して皆に配った。
「毎年毎年義理チョコ配り、ご苦労なこって」
 ブレダはそう言いながらも配られたチョコをしっかりとしまい込む。礼を言って受け取ったフュリーが言った。
「ハボック少尉のチョコ、美味しいんですよね」
「毎回楽しみにさせて貰ってます」
 ファルマンがそう言えばハボックは嬉しそうに笑った。
「言っとくけどちゃんと日頃の感謝を込めて配ってるんだからな」
 ハボックはそう言うと袋の中から一つ取り出し執務室に向かう。コンコンと叩きながら扉を開けて中へ入った。
「おはようございます、大佐」
 ノックに答える前に部屋に入ってきた部下をロイはジロリと見たが、ハボックが手にした箱に気づいて言いかけた言葉を飲み込む。ハボックはにっこりと笑って箱をロイの机に置いた。
「はい、大佐、これいつもの」
 ハボックがそう言えばロイはいそいそと箱の包みを開いた。
「お前の手作りチョコは旨いから毎年楽しみだ」
「そんな事言って。大佐なら幾らでも女の子たちから旨いチョコ貰ってるじゃないっスか」
「お前ほど旨いのはなかなかないよ」
 ロイはそう言いながら箱の蓋を開ける。途端にフワリと広がる甘い匂いにロイは嬉しそうに目を細めた。
 今日は2月14日、所謂バレンタインデーという奴だ。ハボックは毎年この日になるとロイを始めとする司令部の面々に手作りのチョコを配っているのであった。
「もっともこれだけは頂けんが」
 ロイは言って甘く香るチョコの表面を見る。僅かに眉を寄せるロイにハボックは笑って言った。
「だって義理チョコに“義理”って書いたら如何にもじゃないっスか。それにその方が面白いっしょ?」
 ハボックはそれだけ言うと「演習に行ってきます」と執務室を出ていく。その背の高い後ろ姿を見送っていたロイは、おそらく演習を口実に部下達にもチョコレートをばらまくのだろうと思いながら上げていた視線をチョコに戻した。
「面白いからって……これはないだろう?」
 苦笑混じりに言うロイの視線の先には綺麗に詰め合わされた幾つものハート型のチョコレート。その中の真ん中の少し大きめのものに白字で“本命”と書いてあるのだった。
『これ、義理チョコっスから』
 初めてハボックがロイにチョコをくれた時言った台詞だ。その時からハボックが義理だと言ってくれるチョコには必ず“本命”と書いてあった。
「まったくな……」
 ロイはそう呟きながらチョコレートを一つ摘んで口に放り込む。甘さと共に広がる微かな苦みにロイは顔を顰めた。
 部下であるハボックに心惹かれていると気づいたのは何時の頃だったろう。気づいて、さてどうするかと悩んでいた時ハボックから貰った“本命”と書いた義理チョコに、結局打ち明けるタイミングを逸したまま今日まで来ている。
「自分がここまで女々しい男だとは思わなかったんだが」
 向こうにその気がないのに打ち明けて、今のこの気のおけない上司と部下という関係を壊したくないと思う。例え実らない想いと判っていても、側にいてハボックの笑顔を見ていたいと思うのだ。
「…………」
 ロイは一つため息をついて席を立つ。口に残る微かな苦みを消したくてコーヒーを飲もうと執務室の扉を開けた。
「……と、演習中だったな」
 常日頃頼む相手は不在だと気づいてロイはそう呟く。その呟きに気づいたブレダが書いていた書類から顔を上げて言った。
「コーヒーですか?淹れてきましょう」
「すまんな」
「俺も丁度一息入れたいと思ってたところですから」
 そう言って立ち上がったブレダは給湯室へ行こうと司令室を出る。すぐ後からついてくる足音に気づいて振り向けば、ロイが一緒についてきていた。
「あれ?」
「気分転換だ」
 ロイはそう言って結局給湯室までついてくる。ブレダが手際よく二人分のコーヒーを淹れるのを、壁に寄りかかって見ていたロイはため息混じりにポツリと言った。
「ハボックは毎年ああやって義理チョコを配り歩いてるんだな」
「ああ、まあアイツなりの気配りじゃないですか?小隊の部下達にも配ってるから相当の量だと思いますけどね」
 俺にはとても真似できないと、ブレダが苦笑しながら言う。それを聞いてロイは眉間に皺を寄せて言った。
「部下達にもばらまいてるのか。それにも“本命”って書いたら誤解する奴がいるんじゃないか?」
 ハボック小隊の隊員達の隊長への崇拝は若干度を過ぎていると思えるほどだ。そんなところへ幾ら義理だと注釈付きとはいえ“本命”などと書いたチョコをばらまいたら誤解されるのではとロイが言えば、ブレダが不思議そうに首を傾げた。
「アイツが配ってるのはデカデカと“義理”って書いてあるチョコですよ」
 ブレダは言って丁度入ったコーヒーのカップを手にロイを促す。連れだって司令室まで戻るとカップを机に置き、抽斗の中からハボックから貰ったチョコの箱を取り出した。
「ほらこれ。みんな一緒だと思いますけど」
 そう言ってブレダが蓋を開けた箱の中にはロイが貰ったのと同じハート型のチョコが綺麗に詰められていた。たった一つ違うのは真ん中の大きめのチョコに書かれた文字。
「大佐が言うように前にマジで誤解した奴がいて、それ以来ちゃんと書くようになったんですよ、アイツ」
 ブレダは言って真ん中のチョコをつつく。そこに書かれた“義理”と言う文字にロイは大きく目を見開いた。
「でも、私が貰ったチョコには」
『これ、義理チョコっスから』
 不意にロイの頭に響くハボックの声。
『だって義理チョコに“義理”って書いたら如何にもじゃないっスか。それにその方が面白いっしょ?』
 そう言ったハボックの表情に何か隠されてはいなかったか。
 ロイは執務室に飛び込むと机の上の箱を取り上げる。蓋を開けて中にしまわれた文字を見つめていれば、背後から声が聞こえた。
「それ、本命チョコですね」
「ブレダ少尉」
 振り向けばブレダがロイの肩越しにチョコを見つめている。ロイはブレダを睨むようにして言った。
「だが、ハボックはこれは義理チョコだと言ったぞ」
「そう言う奴ですから」
 ロイの言葉にブレダが答えた。
「大佐みたいにモテる男に告白するにゃ、冗談に紛れさせるしかなかったんでしょう」
 そう言って肩を竦めるブレダをまじまじと見つめたロイは手元のチョコに目を落とす。“本命”という文字をじっと見つめて吐き出すように言った。
「バカか、アイツは。はっきり言わなきゃ判らんだろうが」
「そりゃ相手が大佐ですから」
 そう言うブレダをロイは忌々しげに睨む。その視線に全く動じずに受け止めてブレダは言った。
「で?どうするんです?」
 聞かれてロイは瞬間目を瞠る。それからニヤリと笑って答えた。
「遠慮する必要がないと判ったなら後は決まってる」
 ロイは言ってチョコの箱を手に執務室を飛び出していく。
「大佐!返事は一ヶ月後のホワイトデーに……って、言っても無駄か」
 その背を見送ってブレダはやれやれとため息をついた。
「まあ、ハボ的にはよかったって事なんだろうけど」
 二人が両想いになったとなればショックを受ける人間は少なくない筈だ。そのバカップルぶりを見せつけられるであろう事が想像に難くない事を思えば被害は更に大きくなるだろう。
「明日からが思いやられる」
 ブレダはうんざりとそう呟いて“義理”と書かれたチョコを口に放り込んだのだった。


2011/02/14