光神王国 記念日編


「このたびは結婚五周年おめでとうございます、ロイ様」
「ありがとう、ハクロ公爵」
 満面の笑みを浮かべて祝いの言葉を口にする男にロイは笑って礼を言う。ハクロはロイの秀麗な顔を見つめて言った。
「それにしてもこの五年でロイ様がハイムダールの為になさったことは本当に素晴らしいですなぁ。いや、私は勿論最初から信じていましたとも。ロイ様なら間違いなくやってくださると!」
 そう言って熱弁を振るう男が、ハボックの正妻としてロイを迎え入れる事をよく思っていなかったことをロイはよく知っている。よくまあこんな事が言えると思いながら、ロイはそんな事はおくびにも出さずにこやかに話を聞いていた。
 今日はハボックとロイの結婚五周年の記念の式典だ。朝から幾つもの行事をこなし、今は祝いの言葉を伝えようと家臣達が入れ替わり立ち替わりロイの前に立ち並んでいるところだった。
(それにしてもハボックは何処に行ったんだ?)
 さっきまではその顔にあからさまに面倒だという表情を浮かべて祝辞を聞いていたハボックは、いつの間にやらその姿を消していた。
「ちょっと失礼します」
 ロイは傍らの国王に会釈して席を立つ。いい加減喉も乾いたとシェリー酒のグラスを取り、その程良い甘さにホッと息を吐いた時、ロイを呼ぶ声が聞こえた。
「ロイ」
 聞き慣れたその声の主を探してロイはキョロキョロと辺りを見回す。広間に飾られた光の神を象った像をグルリと回れば、ハボックがたっぷりと襞を取った垂れ幕の陰に立っていた。
「お前、なにをやっているんだ、こんなところで」
 隠れるようにその長身を垂れ幕の中に潜ませているハボックにロイは眉を寄せる。戻るぞと歩きだそうとするロイの腕をハボックが掴んだ。
「ちょっと外へ出ましょう」
「なにを言ってるんだ。まだ式典は続いて───」
「いいからいいから。ここ、暑いっしょ。少し涼みに行きましょう」
 ね?と笑うハボックの言うとおり、広間の中は人々の熱気でかなり暑い。正装に身を包んでいることもあって、ロイの白い頬はほんのりと紅く染まっていた。
「少しだけだぞ」
 ロイは言ってハボックに引かれるまま庭へと出る。途端に夜の涼しい空気が熱気を払って、ロイは大きく息を吐き出した。
「いい風だな」
 ロイは柔らかな風が頬を撫でるのに任せて目を閉じる。そのロイの手をハボックは握って歩きだした。
「おい」
 涼んだらすぐに戻らなければならないと言うのに城から離れて歩き出すハボックにロイは眉を顰める。
「どこまで行くんだ。すぐに戻らないといけないんだぞ」
「いいじゃないっスか。もういい加減無礼講になってるし、後は父上に任せておけば大丈夫っスよ」
「でもっ」
 今夜の主役は自分達二人だ。その二人が抜けてしまっては拙いだろうと言うロイを振り向いて、ハボックは言った。
「オレはみんなに祝ってもらうより二人きりで祝いたいっス」
 そう言って見つめてくる空色にロイは目を瞠る。「そんな我儘を」とモゴモゴと口にするロイにクスリと笑って、ハボックはロイの手を引いて庭の奥へと進んだ。
「ロイ、こっち」
 ハボックは青々と茂った木々の間にロイを連れていく。肩に羽織ったマントを外し地面に広げると座るようにロイを促した。
「ああ、肩凝った」
「……お前な」
 うーんと伸びをして言うハボックにロイは呆れてため息をつく。ハボックは背後についた手に体重を預けるように仰け反るとハアアと息を吐き出した。
「だって朝早くからずっとっスよ。ティが背筋伸ばせって何度も蹴飛ばしてくるし、もうクタクタ」
 ハボックの唇から出た名に、ロイは赤毛の男の姿を思い浮かべてクスリと笑う。もしかしたら二人の姿が見えない事に気づいて探しているかもしれないとロイが言えば、ハボックが否定した。
「ティは探しに来たりしないっスよ」
「何故だ?ティワズならこういうセレモニーを大事にしろと言うんじゃないか?」
「公式の部分はね。でも、もう終わったし。それに」
 と言いかけてハボックは言葉を飲み込む。十年ほど前、同じようにパーティを抜け出したティワズに男とのセックスの手ほどきを受けた事を思い出したが、ハボックは賢明にもそのことを口にはしなかった。
「なんだ、言いかけてやめるなんて」
「まあ、いいじゃないっスか。ティは探しに来ないんだからそれで問題ないっしょ?」
 不服そうに言うロイにハボックは笑って細い肩を引き寄せる。さらさらとした黒髪に唇を寄せて言った。
「今年もこうしてアンタと祝う事が出来てよかった」
「ハボック」
「毎年この日がくる度、オレは神に感謝せずにはいられないっス」
 そう言ってハボックはロイをじっと見つめる。大きな手でロイの頬を優しく撫でた。
「これからもずっと……オレが死ぬまで側にいて下さいね」
 そう言って熱く見つめてくる空色に、ロイは夜風で熱が引いた筈の頬が再び熱くなるのを感じる。染まった頬を見られたくなくてハボックの手を押しやると、顔を背けてロイは言った。
「死ぬまでというのは無理だな」
「どうしてっ?」
 てっきり笑って頷いてくれるとばかり思っていたのに、そんな答えが返ってきてハボックは目を見開く。「なんでっ」と喚くハボックを見ずにロイは答えた。
「私の方が年上なんだぞ。順番から言えば私の方が逝くのは先だろう」
 ロイが言えばハボックが即座にその考えを否定する。
「駄目っスよ。オレの最期の時にはロイとティに手を握っていて貰うって決めてるんスから」
「なんだ、それは」
 そんな事を言う男をロイは呆れて見上げる。ハボックは逸らされていた瞳が自分を見てくれた事に嬉しそうに笑った。
「いい考えっしょ?」
「どこが」
「だからロイはオレより長生きしてくれないと」
 楽しそうに言う男をロイはじっと見つめる。それからそっと目を閉じて言った。
「それは無理だ」
「どうして?」
「お前が死んだらその瞬間に私の息も止まる。お前のいない世界でなんて生きていけない」
 消えそうな声でそう囁くロイをハボックは目を見開いて見つめる。「ロイ」と呼べば、ロイがハッとして目を見開いた。
「いっ、今のはなしだッ!!」
 ロイは真っ赤な顔でそう叫ぶと勢いよく立ち上がる。そのままの勢いで走り去ろうとするロイの手首を、ハボックは咄嗟に掴んだ。
「待って、ロイ」
「離せッ!」
「嬉しいっス」
「だからなしだと言っただろうッ!」
 普段なかなかその想いを口にしてくれない年上の伴侶の思いがけない言葉に、ハボックは嬉しそうに笑う。グイと掴んだ手首を引けば、細い体が胸に倒れ込んできた。
「ハボック!」
「愛してます、ロイ」
 慌てて逃れようとする体を抱き締めてハボックは囁く。そうすればまん丸に見開く黒曜石を見つめて、ハボックは続けた。
「愛してます。オレの命はアンタに捧げます。オレの全てはアンタのものっス」
 そう言って見つめてくる空色にロイは息を飲む。止めた息を細く吐き出して、ロイは視線を落とした。
「馬鹿を言うな。お前はハイムダールのものだ。この国の希望でこの国の光だ」
 たとえどれほど自分達のことを民が祝福してくれようと、それだけは変わらないとロイは思う。俯くロイを見つめてハボックは言った。
「オレはアンタの為ならハイムダールを捨てますよ」
「な……っ?」
「アンタとハイムダールとどっちか一つを取れって言われたら迷わずアンタを取ります」
 その言葉に弾かれたようにロイはハボックを見上げる。ハボックはロイの白い顔を両手で包み込んで言った。
「愛してます。これからもずっとオレの側にいて」
 そう言うハボックの精悍な顔をロイはじっと見つめる。結婚した頃はまだどこか少年っぽさが残っていた顔も、五年を過ぎて今ではすっかりと男の顔になっていた。
「来年も再来年も……五年先も十年先も百年先だって、ずっとずっとこうして二人で祝いましょう」
「……その頃は凄い年寄りだな」
「クヴァジールよりもね」
 クスリと笑う唇にハボックはチュッと口づける。
「ロイ」
 強請るようにその名を呼べば、ロイは小さく息を吐き出して言った。
「ずっとずっと一緒にいよう。毎年こうして二人で祝おう。そして……最期は一緒に光の神の元へ旅立とう」
 この国がその名に戴く神の御下に旅立つその日まで共にあることを誓って。
 青い月明かりの下、二人は何度も何度もその愛を確かめあった。


2011/08/06