光神王国 王子姫編


「ここだけの話だが王子はやはり側室を迎えるべきだと思う」
 近道をしようと滅多に使わない階段を降りようとしたロイは、不意に聞こえてきた声に足を止める。どうやら階段の中程で立ち話をしている声の主は、ロイの足音には気づかなかった様子で話を続けた。
「確かにロイ様は素晴らしいお方だ。聡明で判断力もある。きっとこの先もハイムダールをよい方向へ導いてくださるだろう。だが、お子は望めない」
「確かに。いくらブレダ様がいると言ってもやはり皆ハボック王子にお子が生まれるのを望んでいる。体に欠陥でもあるならともかく、ありがたいことに王子は健康だ。お子を望むなと言う方が無理だろう」
「ロイ様が女性なら言うことないが現実は現実。やはり側室は必要だ」
 側室の必要性を話し合う二人の声に、ロイは足音を忍ばせてそっと引き返す。逃げるように二人の声が聞こえないところまで来たロイは、ゆっくりと足を止め立ち止まった。
 ハイムダールに嫁いで数年が過ぎた。最初は同盟の為の政略結婚であり、正妻という立場以外期待されていなかったロイだったが、今ではハボックと共に王の名代を果たすこともあるほどハイムダールでの地位を確たるものとしていた。だが。
『皆ハボック王子にお子が生まれるのを望んでいる』
『やはり側室は必要だ』
 そう言った男の声が蘇ってロイは唇を噛み締める。実際これまでも側室をおくと言う話は何度も持ち上がっていた。ハボックに絶大な人気があればあるほど彼の子供を望む人間は多いのだ。それはロイ自身が認められているかいないかには関係ない。国の安定と平和を望む国民であれば極普通の望みであった。
「とればいいんだ、側室でもなんでも。私は気になんてしないんだから……」
 ロイが自分の気持ちとは裏腹な事を口にした時。
「そんな事言わないで気にしてください」
 そう声が聞こえてロイは慌てて振り返る。そうすればそこにはハボックの背の高い姿があった。自分をじっと見つめてくる空色の瞳に耐えかねてロイはハボックに背を向ける。そうすればゆっくりと近づいてきたハボックがロイを背後から抱き締めた。
「誰かになんか言われたんスか?」
「別に何も。普段から思ってることが口をついて出ただけだ」
 優しく尋ねられてロイは突っぱねるようにそう答える。抱き締めてくる腕を振り解いてハボックを振り向くと言った。
「みんなお前の子を望んでる。側室を取れ、ハボック」
「それ、本気で言ってるんスか?ロイ」
「……私では子を残せない」
 ロイはそう言い捨てるとハボックに背を向け足早に歩き出す。だが、数歩も行かないうちに背後から回された腕に絡め取られて歩けなくなってしまった。
「離せ、ハボック」
「ロイ、前に言ったこと忘れちまったんスか?」
 低い、感情を押し殺したロイの言葉に構わずハボックが言う。
「子供だけが残せるものじゃない。ハイムダールを育てて残してやればいいんスよ。ハイムダールがオレ達の子供です、ロイ」
 その言葉にロイはハボックの腕を振り解いて振り向いた。
「でも…ッ」
 と、言いかけてまっすぐに見つめてくる空色の瞳に言葉を失ってしまう。
「愛してます、ロイ。オレが欲しいのはアンタだけ。アンタと一緒にハイムダールを育てる未来だけっス」
 そう囁くと同時に優しく重なる唇に。
「……私も…お前と一緒にハイムダールを……」
 ロイは答えてハボックの背を強く抱き締めたのだった。


2010/01/23