光神王国 両三行涙(りょうさんこうのなみだ)編


 バタバタと女官達が部屋を出入りする。その入口を心配そうに見つめる子供の肩をティワズがそっと抱き締めた。
「若、ここは寒いですから部屋に戻りましょう」
「ティ」
不安げに見上げてくる空色の瞳にティワズは微笑む。
「大丈夫、お医者さまが見てくださってます。母君はすぐによくなりますよ」
 さぁ、と促されて王子は自室に向かって歩き出す。肩越しに母が眠る部屋を見やってキュッと唇を噛み締めた。

「若、お食事の時間ですよ」
「うん」
 ティワズの言葉に窓から外を見ていた子供はぴょんと座っていた椅子から飛び降りる。パタパタと部屋を横切ってテーブルにつくと食事を始めた。いつもならきゃあきゃあと煩いほどにおしゃべりしては食事に集中しろと叱られる子供は、時折喋るものの概ねいい子に食事を進めていた。嫌いな人参すら文句を言わずに食べるその様子にティワズは目を細めて子供の頭を撫でた。
「最近、随分と頑張ってますね、若」
 そう言われてハボックはにっこりと笑う。食事の時だけでなく、その後もハボックはこれまでとはうって変わっていい子に過ごしていた。病身の母に会いたいと駄々をこねることもなく、勉強に飽きたとおしゃべりを始めることもない。
(なんだか急に大人になってしまわれたようだ)
 聞き分けよく過ごす子供の世話をしながらティワズは多少の驚きと共にそう思う。そうして一日も終わりを告げる頃になって、ティワズはハボックの姿が見えない事に気付いた。
「若?」
 大切な王子の名を呼びながらティワズは廊下を歩いて行く。細く開いた扉をみつけてそっと押し開けば、捜していた金髪が薄闇の中に佇んでいるのが見えた。
「若、こちらにおいででしたか。もうお休みになる時間ですよ」
 ティワズは何もない壁を向いたまま立っている子供の背後から声をかける。いつもならすぐに答えるハボックが身動き一つしない事に、ティワズは眉を顰めて近づいていった。
「若?どうかなさいましたか?」
 そう尋ねながら子供の顔を覗き込んだティワズは、ハッとして目を瞠る。
「若……」
 ハボックは壁を見つめながら静かに涙を流していた。声をあげて泣きじゃくることも肩を震わせる事もなく、ただはらはらと涙を流すその姿にティワズは胸を締め付けられる。ティワズは腕を伸ばすと子供の細い体をギュッと抱き締めた。
「大丈夫ですよ、若。母君はきっと元気になられます」
 そう言えば涙に濡れた空色の瞳がティワズを見る。
「本当?本当にそう思う?ティ」
「ええ」
「オレがいい子にしてたら、そうしたら…っ」
「若……」
 幼い子供は彼なりに必死に母の回復を願って頑張っていたのだ。それでもこらえきれずに零れた涙に頬を濡らすハボックをティワズは優しく抱き締める。ハボックの気持ちを思えばそれ以上大丈夫だと言うことも、安易な慰めを口にするのもはばかられて、ただハボックを抱き締めてやる事しかできなくて。
「ティ…ティ…ッ」
 縋り付いてくる子供の体を抱き締めながらティワズは唇を噛み締めた。



09/07/29