光神王国
 
 
「くそっ、チクショー!待て、このっ」
ハボックはその身分からはとても誉められるとは思えない口汚い言葉で罵ると、またがった馬に鞭を入れる。だが焦る心とは裏腹に前方を行くティワズとは差が開く一方だった。
「ダメだ、全然追い付けないっ」
ハボックは涙目になってそう呟くと馬の速度を緩めた。
ゆっくりと馬を進めて行けば小さな泉が現れる。ハボックは高い馬の背から滑り落ちるように降りると手綱を引いて泉へと近づいていった。金のたてがみの馬は畔に立つと水面に口をつける。美味しそうに水を飲む馬の汗に濡れた体に触れて、まだ幼い王子はため息をついた。
「ひどいや、ティってば。少しは待ってくれてもいいのに」
そう呟くと馬の足元に座り込む。水を飲む馬を見上げると言った。
「お前ってホントに名馬なの?グルトップ」
疑わしげにそう尋ねるハボックの声が聞こえているのかいないのか、グルトップと呼ばれた馬は泉から離れると草を食み始めた。
「あーあ」
大きなため息をついてハボックはゴロリと仰向けに横たわる。梢の向こうにはハボックの瞳と同じ空が広がっていた。
2週間程前、ハボックは父王から一頭の馬を与えられた。名馬と名高いその馬を手にした事でハボックは舞い上がって、グルトップを走らせては喜んでいた。だが名馬なのだから飛ぶように早いのだろうと期待したハボックに反して、同じ年頃の少年達が操る馬達にともすれば遅れがちになるグルトップに、ハボックの苛立ちはつのるばかりで日に日にハボックのグルトップの扱いは乱暴になっていった。馬にのっては癇癪を起こすハボックにティワズは静かに遠乗りに出かけようと言ったのだった。
馬を走らせるうちハボックは思うように走らない馬にいつものように苛立ちを募らせていく。がむしゃらに鞭を入れるハボックに馬は逆うばかりだ。ティワズを追い越すどころかついていく事も出来ずこんな所に置き去りにされてハボックは不貞腐れて草の上で小さく丸まった。
秋の気配を漂わせる風が優しくハボックを撫でささくれだった王子の心を宥めていく。ハボックはホッと息をもらすと少し離れた所にいるグルトップを見やった。静かに草を食む馬を見つめるうち、今まで自分がグルトップにした仕打ちを思い出してギュッと自分の体を抱き締めた。
「若」
上から降ってきた声にハッとして顔を向ければティワズがハボックを見下ろしている。その優しい視線にハボックは体を起こすと上目遣いにティワズを見た。
「ティ、オレ
小さな声で躊躇いがちに言葉を紡ごうとする大切な王子をティワズは優しく見守る。消え入りそうな声をだがティワズは一言も漏らさずに聞くとその金色の髪をクシャリとかき混ぜた。
「では行きましょうか、若」
「うん」
ハボックは差し出された手を握ると引かれるままに立ち上がる。そうして二人は馬にまたがると柔らかい風の中を走って行ったのだった。



2008/08/23