| 光神王国 蒲公英編 |
| 「もう、つまんないッ」 王子はまだ丸みの残る柔らかい頬を膨らませてそう呟く。幾重にも重ねられた垂れ幕を潜り抜けて寝所に当てられた小さな家を抜け出すと大きく息を吐いた。 今、ハボックは父王とその側近と共に城から馬で一日半程の距離にある街に来ていた。本来ならハイムダールの主とも言える王の来訪ともなれば街を上げて歓迎するところだが、今回の来訪はお忍びであり、極僅かな為政者を除いてその来訪を知らされていないとあれば、街は平素と変わらず穏やかな空気に包まれていた。 「つまんないの」 金髪の子供はもう一度そう呟くとタッタカと歩き出す。父王に連れられてきたはいいが、ハボックはいつまでも終わらない大人達の話し合いに飽きてしまった。しかもこういう時彼の相手をしてくれる筈の赤毛の家臣は生憎王の使いに出て不在である。 ハボックは時折強い風が吹く中をあてもなく歩いていく。このあたりはその地形の特徴上、一年を通して風の強いところだった。 「何か面白いことないかなぁ」 折角城から出てきたというのに大人達は部屋に篭もりきりで何処かに連れて行ってくれる訳でもない。まだ幼い王子が早々に飽きてしまったのも致し方ない事ではあった。 ハボックは緑の若葉をつけた木々の間の細い道をゆっくりと上っていく。この先に何があるだろうとワクワクしながら進む子供の行く手が突然大きく開けた。 「うわあ、凄いっ!!」 ハボックの目の前に現れたのは丁度小高い丘の上に広がった草はらで、そこにはあたり一面タンポポ畑が広がっていた。黄色の花はもう終わりと見えてあまり見えなかったが、その代わりニュッと茎を伸ばした綿帽子がたくさん見える。吹き抜ける風が黄色の花を揺らし、綿毛を巻き上げるのを見て、ハボックは目を輝かせた。 「どこに行ってたんです、若」 ひとしきり遊んで帰ればティワズが紅い瞳を吊り上げて待っていた。使いを済ませて戻ってみれば王子の姿が見当たらない事に気づき、ティワズは今正に探しに行こうとしていたところだった。 「勝手に出歩いてはいけませんと言っておいた筈ですが」 いくら平和な街とて危険がない訳ではないのだ。紅い目を吊り上げて見下ろしてくるティワズにハボックは首を竦めた。 「だって退屈だったんだもん」 ボソリと言えば紅い瞳に睨まれて子供はキュッと目を瞑る。 「ごめんなさぁい」 そうして小さな声で言えば頭上からため息が降ってきた。 「…ティ?」 恐る恐る目を開けて見上げれば安堵の色を浮かべる瞳にハボックは目を見開いた。 「ごめん、ティ…ッ」 腕を伸ばして抱きついてくる細い身体をティワズはギュッと抱き返す。 「あまり脅かさないで下さい」 そう言うティワズにコクコクと頷いてハボックは言った。 「あのね、凄いもの見つけたんだ。ティにも絶対見せたいと思って!今から一緒に行けない?」 キラキラと目を輝かせる幼い主にティワズは目を細める。 「私に見せたいもの?それは楽しみだ」 そう言って漸く笑みを浮かべてくれたティワズにハボックも嬉しそうに笑うとティワズの手を引っ張った。そうしてさっきまで白い綿毛に埋め尽くされていた筈の草はらに来てみれば。 「…うそ」 そこにあるのはひょろひょろと伸びた茎ばかりだった。 「さっきは一面綿毛だったのに!!」 ハボックはそう叫んで草はらに分け入っていく。がっくりとしゃがみ込むと目の前のひょろ長い茎を睨んだ。 「ホントにさっきまでは綿毛でいっぱいだったんだよ、ティ!」 泣きそうな顔で言う王子にティワズはうっすらと笑みを浮かべる。ハボックの傍に歩み寄ると言った。 「ここは風が強いところですからね。みんな風がさらっていってしまったのでしょう」 「ティにも見せたかったのにな…」 しょんぼりと俯く子供の頭を撫でてやろうとして、ティワズはその金色の頭に載っている物に気づく。指先で摘むとハボックの目の前に差し出した。 「一つ残ってましたよ、若」 そう言うティワズの指先を見れば小さな綿毛が1本小さな白い毛を風に揺らしている。 「若」 促されて子供がフゥと吹けば小さな綿毛がふうわりと飛んでいった。 「あの綿毛の種から出た芽は、きっと若の髪と同じ綺麗な黄色の花を咲かせますよ」 にっこりと笑って言うティワズの言葉に頷きながら、ハボックは高く飛んで行く綿毛の行方を見送った。 09/04/18 |