| 光神王国 感冒編 |
| 「拙い……」 ベッドに身を起こしたティワズはボソリとそう呟く。額に手を当て暫し考えはしたものの、他に選択肢はないとベルを鳴らして女官を呼んだ。 「どうしてッ!どうしてティのとこ行っちゃ行けないのッ?!」 幼い王子が肩を怒らせて怒鳴る姿に女官は困りきって眉を寄せる。跪いて王子の顔を覗き込むようにして言った。 「ティワズさまは風邪をお召しになってしまわれたのです。王子様にうつしてしまうと困るので絶対に中へはお入れするなとの仰せです」 そう言われてハボックは思い切り頬を膨らませる。女官は優しく笑うと言った。 「ほんの数日のご辛抱ですから。なにか御用がおありでしたら私どもにお言いつけください、王子さま」 女官の言葉にハボックは顔を歪めると走って行ってしまう。女官は一つため息をつくと部屋の中へと入っていった。 カーテンを引いて灯りを落とした室内を進むとティワズが休むベッドへと歩み寄る。枕元に置かれた桶の水でタオルを絞るとティワズの額に光る汗を拭った。 「……若は?」 薄っすらと紅い瞳を開いてそう尋ねるティワズに女官が答える。 「お会いになりたいと仰ってましたけれど、理由を申し上げましたら判って頂けたようです」 お小さくてもしっかりなさってらっしゃる、と微笑む女官が差し出す水で喉を潤しながらティワズは眉を顰めたが言葉にしては何も言わなかった。ともあれ中に入ってこないのであればそれでいいと、ティワズは熱の篭る体を横たえると目を閉じた。 「ねぇ、シグナー」 「なんですか?王子さま」 煮えたぎる大きな鍋をかき回しながら女が答える。危ないから近寄るなと言う言葉を守って壁に寄りかかった王子がシグナに尋ねた。 「風邪ってどうやったら治るの?」 「そうですねぇ…」 シグナは壁に寄りかかって俯いたまま踵で壁を蹴っている王子に目をやると目を細める。王子の大好きなティワズが風邪で臥せっている事は知っていた。シグナはエプロンで手を拭くと王子に近づいて言った。 「暖かくして栄養のあるものを食べて、お医者の先生が出してくれたお薬を飲んで、しっかり休んだらよくなりますよ」 「早く治すにはどうしたらいいの?」 王子は近づいてきたシグナを見上げて聞く。じっと見つめてくる空色の瞳にシグナは笑って答えた。 「そうですねぇ、うつすと早く治るって言いますけど」 「うつすと?」 「そ。風邪はうつすと早く治るんです」 シグナはニヤニヤと笑いながらウィンクする。王子は目をまん丸にして聞いていたがパッと身を翻して厨房を飛び出していってしまった。 「なーんて言いますけど…って、あれッ、王子さまッ?!ちょっとッ!」」 言いかけてシグナは飛び出していってしまった王子に慌てて声をかける。だが振り返りもせずあっという間に視界から消えてしまったハボックにシグナは眉を寄せた。 「ヤバ……、変なこと言っちゃったかしら…」 冗談だったのに、と言う事も出来ず、シグナはペロリと舌を出したのだった。 ハボックは階段を駆け上がるとティワズの部屋の前まで来る。誰もいないのを幸い勢いよく扉を開けると中へ飛び込んだ。 「ティっ!」 「……若?」 うつらうつらとしていたティワズは王子の声に目を開けるとベッドの上に身を起こす。その途端、飛び込んできた小さな体を受け止めるとギュッとしがみ付いてきたハボックを慌てて引き離そうとした。 「若ッ!ここに入ってきてはいけないと――ッ」 「ティっ、ティの風邪、オレにうつしていいよ!そうしたら早く治るんでしょっ?」 「…はあ?」 ティワズはそんな事を言ってしがみ付いて来る王子を目を丸くして見つめた。咳がこみ上げてきて慌てて王子を突き放して言った。 「とにかくっ、ここに来ちゃいけませんッ。早く部屋の外へ――」 「ヤダッ!ティの風邪、早く治してあげるんだもんッ」 「若!」 ギュウギュウとしがみ付いて来る子供をティワズは何とか引き離そうとする。ハボックはティワズの胸に顔を擦り付けながら言った。 「シグナが言ってたもん。風邪はうつすと早く治るって」 「……シグナが」 ティワズは厨房を取り仕切る女の顔を思い浮かべて眉を顰める。後でしっかり叱っておかねばと思いつつ、王子から少しでも体を離して言った。 「うつすと治るなんていうのはめいし――」 「ティの風邪、オレが全部貰ってあげる。だからオレにうつして早く元気になって?」 迷信だからそんな事はないのだと言おうとしたティワズは真剣な表情で言う子供に目を瞠る。本気で自分を心配してそう言っているハボックにティワズはフッと目を細めると言った。 「ありがとうございます、若。でも私の風邪は薬で十分治りますから、若にうつさなくても大丈夫ですよ。お気持ちだけ頂いておきます」 だから外へと促すティワズにハボックは首を振る。ギュッとしがみ付く手に力を込めると言った。 「ヤダ、ここにいる」 「若」 「オレが看病してあげる。お薬飲ませて汗拭いてお世話全部するッ」 「若…」 ギュウギュウとしがみ付いて来る体を抱き返してティワズはため息をつく。その時、扉が開いて入ってきた女官が目を丸くすると言った。 「まあっ、王子さま!」 慌てて駆け寄るとティワズから子供の体を引き離そうとする。ヤダヤダと抵抗する王子を半ば力ずくで離そうとする女官にティワズは苦笑して言った。 「もう、いいです。今更でしょうし」 「よろしいのですか?」 申し訳ありません、と頭を下げる女官に手を振って下がらせるとハボックを見る。 「若」 「…なに?」 「私としては若にうつすのは本意ではないのです。ですから私の世話を焼いてくださるのは嬉しいのですが、必要な時だけ部屋に入るようにして下さいますか?」 そう言えば子供は思いきり不満そうな顔をした。ティワズは王子の腕を優しく叩きながら言った。 「用事があるときは必ず若を呼んでお願いしますから。そうでなければ今まで通り女官に世話させます」 「……判った」 ハボックは答えてティワズの胸に頬を寄せる。 「早く良くなってね、ティ」 「はい、若」 ティワズは微笑んで答えると金色の頭を優しく撫でたのだった。 2008/11/17 |