光神王国 落書編


「あれ?若?」
 てっきりいるだろうと思って覗いた部屋には王子の姿はなく、ティワズは眉をひそめる。ちょろちょろと動き回る子供は一時も目が離せず、一日のうちにこうして捜し回るのがしょっちゅうだった。
「いっそ綱でも繋いでおいた方がいいんじゃなかろうか
 そんな事を呟きながらティワズは大切な王子の姿を探す。かくれんぼに愛用している大広間にも、危ないから勝手に入ってはいけないと言っている練兵場にも、つまみ食いが楽しみな厨房にもハボックの姿はなかった。
「どこに行かれたんだろう。庭か?」
 城の高い庭木によじ登って落ちたのはつい最近の事だ。もしもの事があったらどうするんだと、二度とやってはいけないときつく言い聞かせたつもりだったがやんちゃ盛りの年頃、一度や二度のお小言くらいでは聞かないのかとティワズは階下へと降りていった。
 庭に行こうとしたティワズは門番の兵士達が詰所から身を乗り出して面白そうに外を見ているのを目にする。
?」
 疑問といくばくかの不安を覚えてティワズは城門へと歩いていく。詰所の近くまで行くと兵士に声をかけた。
「どうした?」
「あ、ティワズさま」
 少年の声に身を乗り出していた兵士が慌てて振り向く。それ以上説明を求めずに詰所から外の様子を伺ったティワズは目を丸くした。
「若っ?それにブレダさままでっ」
 ティワズはそう声を上げると詰所を抜けて城門をくぐり外へと出た。はたしてそこには数人の子供達に交じって落書きに興じるハボックとブレダの姿があった。
「何をなさってるんですっ?!若っ、ブレダさまっ!」
 ティワズの声に子供達が蜘蛛の仔を散らすように一斉に逃げ出す。残されたハボックとブレダに歩み寄るとティワズは二人を上から睨み付けた。
「あ、ティ」
 二人の子供は悪びれた様子もなく地面にしゃがみ込んだままティワズを見上げる。
「何をなさってるのかと聞いているんです、若、ブレダさま」
「お絵かき」
 ハボックはそう答えると自分たちの力作をティワズに示した。
「あのね、街の様子を教えて貰ってたんだよ。城を出てずーっと行くと街があるでしょう。でねっ、魚屋さんではこーんな魚とかっ、こんなのとかっ」
 子供はそう言いながら地面に描いた道を辿って街に入り、色とりどりの魚を指し示す。ハボックの隣で従兄のブレダが同じように描いた絵を指差した。
「街ではこんなデッカイ飴とか売ってんだってさ、ティワズ。お菓子もさぁ、城で食べてんのとは全然違うって。凄いよなっ、ハボ!」
「うんっ、凄い!」
 子供達が興奮して描き散らかした絵は地面から城壁からあたり一面に及んでいた。
「城の壁にこんな絵……
 ガックリと膝をつくティワズを子供達は不思議そうに見る。「どうしたんだろうね」「ティも描きたいのかな」などとこそこそと喋る二人にティワズは顔を引きつらせた。
「お二人とも、ここは落書きしていいところではありませんっ!それに勝手に外まで出て!」
「えーッ、なんで描いちゃいけないの?」
「外って言ってもほんのちょっとじゃん」
 ぶうぶうと文句を言えば紅い瞳に睨まれて子供達は口を閉ざすと唇を突き出す。ティワズはピクピクとこめかみを震わせて言った。
「ちょっとだろうが何だろうがあなた方は勝手に城の外にでていい身分じゃありません。絵を描きたいなら紙を用意させますからそちらに描くように。いいですね?」
 ティワズはそう言って描かれた落書きを見る。これを全て消すのかと思うと目眩がしそうだ。
「ティ、これ消しちゃうの?」
「このままにしておくわけにはいきませ――
 ハボックの声にティがため息混じりにそう言いながら視線を向ければ半分泣きそうな子供の顔。ティワズは暫くの間ハボックとブレダの顔を見ていたが、一つため息をつくと言った。
「仕方ありませんね、これは自然と消えるまでこのままにしておきましょう」
「ホントッ?」
「ただし!これ以上は描いちゃダメです。いいですね?」
 そう言えば子供達が嬉しそうにコクコクと頷く。ティワズは二人の頭をクシャクシャと混ぜると言った。
「さあ、お二人とも中に入って。おやつの用意が出来てますよ」
「えっ、ホント?ハボ、早く行こうぜっ!」
「うんっ」
 おやつと聞いて子供達はあっという間に走って行ってしまう。ティワズは一面に描かれた城と街の様子を見て一つ息を吐いた。
「まあ、街の様子に興味を持たれるのは悪いことではないが」
 自分達が治める民の暮らしがどうなのか、興味を持つのはいい事だ。これを機にそう言った話を勉強の中に織り込むのもいいかもしれないと考えながら、ティワズは城へと戻っていった。

2008/11/09