平行世界 攻受入替編


「あれ?」
 最近ちょっと忘れていた、だが馴染みのある感覚に襲われてジャンはふらりとよろめく。キュッと瞑った目をもう一度開いて辺りを見回せば、そこは知っているのに知らない東方司令部だった。
「うわ、久しぶり……」
 ジャンはそう呟いて眉を寄せる。自分が久しぶりにもう一つのアメストリスに来てしまった事に気づいてため息をついた。
 この世界にはいくつもの世界が平行して存在している。平行する世界にはそれぞれにアメストリスが存在し、その中で暮らすハボック達もそれぞれに存在するわけだ。普段平行する世界は決して交わることはないが、ふとした弾みで平行する世界同士が接触すると、中に存在している人物同士が入れ替わってしまうことがあった。滅多にあり得ない事象であるにも関わらず、ジャンはこれまでに数度この平行世界の接触による入れ替わりに巻き込まれていた。巻き込まれたどころか、自分で望んで渡ったことがある事実を考えれば、ジャンが住む世界ともう一つのアメストリスを抱える世界とはもしかしたら一部が重なって存在しているのかもしれない。
 ため息をついたジャンはどうするか一瞬考えたものの、結局もともと自分がしようとしていた事をすることにした。おそらく自分と入れ替わりでジャンの世界に飛ばされたこちらの世界のハボックも同じ事をしようとしていたと考えたからだ。今日は小隊の演習で久しぶりに組み手をする事になっていたから、ジャンは階段を降りると詰め所へとやってきた。
「おはよ」
「あ、隊長、おはようございます」
 ガチャリと扉を開けて中へ入れば部下達から声がかかる。それに笑って返せば、何故だか皆が顔を赤らめた。
「?どうかしたか?」
 顔を紅くしてじっと見つめてくる部下達にジャンは小首を傾げて尋ねる。そうすれば、部下達は慌てて手と首を振った。
「いやっ、何でもありませんッ、なっ?」
「ああ、何でもないですっ、ホントっ」
 ははは、とわざとらしく笑う部下達にジャンは不思議そうな顔をしたが、皆を促して演習場へと出ていく。
「なんか今日の隊長、かわいくねぇかっ?」
「かわいいッ、すっげぇかわいいッ!!」
「組み手なんて嫌だったけど、今日の隊長になら投げ飛ばされてもいい…ッッ」
 コソコソと囁きあった部下達は、いそいそとジャンの後について演習へと向かっていった。

 一方。
「あーあ。久しぶりだなぁ、こっちの世界も」
 ハボックはボリボリと頭を掻きながらそうぼやく。ジャンが何をする予定だったかは皆目判らなかったが、司令室に行って自分を目の敵にしているマスタングと顔をあわせるくらいならと、ハボックは自分がもともとする予定だった演習へと向かうことにした。
「うーす」
「あ、隊長、おはようございます」
 ガチャリと扉を開けて詰め所に入れば部下達が声をかけてくる。それにニヤリと笑って返せば、部下達が皆、顔をひきつらせてハボックを見た。
「?なんだよ、どうかしたか?」
 その態度が何となく面白くなくて目を眇めて尋ねれば部下達が慌てて手と首を振る。
「いいえっ、なんでもないですっ、なっ?」
「ああ、なんでもないですっ、ホントっ」
 ははは、と強張った笑みを浮かべる部下達をハボックは胡散臭そうに見たが、肩を竦めると部下達を促して演習場へと出ていく。
「おい、今日の隊長、ガラ悪くねぇか?」
「ああ、なんかすっげぇ怖いんだけどっ」
「あの隊長と組み手だなんて……生きて帰れるのか、俺ら」
 そう囁きあった部下達は逃げ出すわけにもいかず、よろよろとハボックの後について演習に向かったのだった。



09/10/05