平行世界 記念日編


「ジャン!」
「ハボ」
 ハボックは時計台の下に立つ長身に向かって手を振って足早に近づく。己と瓜二つでありながらどこか甘い感じがする青年の側までくるとハボックは言った。
「ごめん、待たせた」
「いや、オレも今来たばっかだから」
 ハボックの言葉ににっこりと笑ってジャンが答える。その優しい笑顔にハボックも笑い返した。
「じゃあ行こうか」
 そう言ってハボックはジャンを促す。随分と前に二人きりで食事に出かける約束を交わしていたハボックとジャンは、今日はその約束を果たすために普通であるなら乗り越えられない時空の壁を越えて会っているのだった。
「ジャン、ここ」
 狭い路地に入ったところにあるこぢんまりとした店にハボックはジャンを案内する。カランとドアベルを鳴らして扉を開けながらハボックは言った。
「ロイが好きな店なんだ」
「そうなの?」
 ハボックが中へ入れば馴染みの店員が二人を席に案内してくれる。向かい合って腰を下ろすとハボックはビールとつまみになりそうなものを幾つか注文した。
「はい、食いたいもの選んで、ジャン」
「え?オレ?」
 メニューを差し出されてジャンは慌てて覗き込む。急かしてしまわないよう、店員は先に受けた注文を奥へ通しに行った。
「ええと、カラマリサラダって旨い?」
「うん、小さい揚げイカリングが入っててスパイシードレッシングがかかってんだけど、旨いよ」
「じゃあ、それと……」
 ジャンはハボックに尋ねながらメニューを選んでいく。一通り選んでオーダーすると、丁度運ばれてきたビールを手に取った。
「それじゃあ俺たちの日に乾杯!」
「オレ達の日ってなんか恥ずかしくねぇ?」
 グラスを合わせながらジャンが顔を赤らめる。ハボックは一気にビールを半分ほど飲んでニヤリと笑った。
「だって実際俺たちの日だろ。だから今日にしたんじゃないか」
「まあそうだけど」
 ジャンは答えて鶏レバーのムースを口に運ぶ。美味しい、と顔を綻ばせるジャンを見つめてハボックは言った。
「元気してたか?ジャン」
「うん、見ての通り元気だよ。ハボは?」
 ニコッと笑うジャンの笑顔にハボックは胸がほわんと暖かくなる。相変わらずの癒し系だなぁと思いながら元気だと答えるハボックにジャンが言った。
「ロイ、どうしてる?」
「ん?ああ、相変わらずだよ。会議サボるし抽斗の中におやつ詰め込んでるし」
「あはは」
 そう聞いてジャンが笑う。ガーリックで味をつけた焼き牡蠣を頬張ってジャンは言った。
「ロイって可愛いよね、守ってあげたくなるっていうか」
「……それ聞いたら怒るぜ、ロイ」
「なんで?」
 言われてキョトンとするジャンにハボックは苦笑する。ロイとハボックにとってジャンは弟のようで、可愛くてたまらない彼を傷つけようとする全てのものから守ってやりたいと思う存在だ。そんなジャンに可愛くて守ってあげたいと思われていると知ったら、ロイが不機嫌になるのは明らかだった。ジャンはよく判らないというように首を傾げていたが、ビールを一口飲んで言った。
「ロイにも会いたかったな」
「なんだよ、俺だけじゃ不満?」
 せっかく自分たちの記念日に二人だけで過ごす時間を満喫しようとしているのにそんな事を言うジャンにハボックは顔を顰める。唇を突き出して不満な気持ちを隠そうともしないハボックにジャンは慌てて首を振った。
「そう言う事じゃなくて、ほら、こっちにはなかなかこられないだろ?」
 それは確かにジャンの言うとおりだ。実際平行して存在する世界の理を無視して二人のジャン・ハボックが一緒にいるなど本当なら許されることではなかった。
「やっぱりロイも呼べばよかった。二人で祝うのもいいけどみんなに祝って貰えばきっともっと楽しいよ」
「ジャン……」
 そう言われてしまえば返す言葉がなくてハボックが口を噤んだ時。
「それなら一緒に祝うとしよう!」
 その声と同時にマスタングが満面の笑みと共に現れる。ジャンっ、と叫んで抱き締めようとするマスタングの頭を一緒にやってきたロイが思い切り拳固で殴った。
「ジャンが呼べばよかったと言ったのは私だっ!お前などお呼びじゃないッ!」
「なんだとっ?ジャンはみんなに祝って貰いたいと言ってるんだぞ!」
 二人して現れたと同時にギャイギャイと言い合いを始めるマスタングとロイをハボックとジャンは目を丸くして見つめる。
「一体どうしてここが」
 出かけるとは言ったが目的も場所も言わなかったはずなのにとハボックが呟けば、ロイがフンと鼻を鳴らした。
「私の目を盗んでジャンに会おうだなんて百年早いぞ、ハボック」
「こんな狼と二人きりで会うなんて、危険にもほどがあるぞ、ジャン」
「百年早いって、アンタね……。おいっ、馴れ馴れしくジャンに触ってんじゃねぇっ!!」
 目の前で騒ぎだす三人をポカンとして見つめていたジャンが、俯いて肩を震わせる。
「ジャン?」
「どうしたジャン?」
「どこか痛むのか?」
 心配して覗き込む三人に。
「ハボもロイも大佐も、みんな大好き!」
 顔を上げたジャンがそう叫ぶ。
「みんなでお祝いしよう。きっと楽しいっスよ、ね?」
 そう言って笑うジャンの笑顔に。
 三人は顔を見合わせて笑うと、さっそく持ってこさせたグラスを乾杯と高く掲げたのだった。


2011/08/09