| 葉牡丹3 |
| バンッと音高く閉まる扉を見てロイはクツクツと笑う。執務室の窓辺に飾った葉牡丹の葉をそっと撫でると席に戻った。腰掛けた椅子の背に体重を預けて腹の上で手を組む。そうして見れば葉牡丹は窓から差し込む太陽の光を受けて、そのクリーム色の葉を柔らかく輝かせていた。 葉牡丹を飾るようになってからハボックの機嫌が悪い。それというのも一つ事にあまり執着する事のないロイが、毎日毎日世話をしてその愛情を一心に注いでいるからだ。ハボックとしては「はぼたん」という名前までつけて愛しそうにキスをするロイの姿が神経を逆なですることこの上なかったが、まさか植木鉢の葉牡丹に焼き餅を妬いているとも言えず、そんなハボックを内心面白がっているロイの思惑通り毎日泣きそうな顔で執務室を飛び出していく羽目になっていた。 「まったく、素直にキスして欲しいと強請ればいいものを」 ロイはそう呟いて葉牡丹を見つめる。どうしてああ強情なんだと思い、その強情を突き崩してぐずぐずにするのが楽しいんだがなどと思うあたり、他の人間から言わせれば相当趣味が悪いと思われるのだが、当の本人は全くそうは思っていなかった。 そう言うわけで今日も散々に愛しい部下をからかったロイは仕事もしないで窓辺の葉牡丹をのんびりと眺めていた。するとその時。 ぴょこっと何やら小さいものが、クリーム色の葉のほんのり桜色の中心から頭を出す。それはきょろきょろと辺りを伺うと、ぴょんと葉牡丹から飛び降りた。 「……なんだ?」 突然現れた見たことのないものにロイは目を丸くして身を乗り出す。そのロイの視線の先で、葉牡丹の中心からそれは次から次へと出てきて10匹ほどになった。ロイは暫く呆然とその生き物を見つめていたが、やがてゆっくりと立ち上がると窓辺に近づく。鉢植えの傍に群がっていたそれは近づいてきたロイを見上げてにっこりと笑った。 「なんだ、お前たちは」 ロイは葉牡丹から出てきたそれをじっと見つめる。手を差し出せばちょこちょこと手のひらに載ってきたそれはハボックに似ているようにも見えた。5センチほどの大きさのそれは金色の髪の毛らしきものが生えていて、頭上高くまとめたその先っぽには小さな葉っぱがついていた。小さなその生き物をよく見ようとロイが手のひらに載せたそれを自分の顔に近づければ、空色の瞳をした生き物は手を伸ばしてロイの頬にしがみつく。ちう、とその小さな唇を寄せてくるそれにロイが目を見開けば、小さな生き物は言った。 「はぼたん、たいさ、すきー」 手のひらの上の1匹がそう言えば、窓辺で群がっていた残りの9匹も口々に騒ぎだす。 「はぼたんー」 「たいさー」 「すきーすきー」 最初は目を丸くしてそれを見ていたロイはパアアッと顔を輝かせると言った。 「かわいいっ!!なんて可愛いんだッッ!!」 叫んでロイは最初に「すきー」と言ったはぼたんにキスをする。そうすれば頭の上の葉っぱが瞬く間に蕾になったかと思うとポンッと花開いた。 「たいさー」 花はぼたんは頭上の花をゆらゆらと揺らしてロイを呼ぶ。そのあまりの愛らしさにロイが残りのはぼたんにキスをするとポポポンッと一斉に花開いた。 「可愛いなぁ、そうだ、ハボックにも見せてやろう」 すっかり花はぼたんが気に入ったロイはそう言うと手のひらに載った1匹を窓辺に戻し執務室を出ていく。きょろきょろと司令室の中を見回したがハボックの姿は見あたらず、ロイはすぐ近くにいたフュリーに聞いた。 「おい、ハボックはどこだ?」 「え?なんです?大佐」 聞かれて書類から顔を上げたフュリーにロイが繰り返す。 「ハボックはどこだ?」 「ハボック?ハボックって誰です?」 ロイの質問に目を丸くして言うフュリーにロイは苦笑した。 「曹長、冗談はやめてくれないかね」 「え…でも、本当にハボックなんて人は…」 困りきった顔でフュリーがちらりと向かいの席を見ればブレダが言う。 「大佐、本当にハボックなんて奴はここにはいませんぜ。夢でも見たんじゃないですか?」 ですよねぇ、と頷きあう部下にロイは目を見開いた。司令室の中を見渡せば確かに机の数が一つ少なく、ロイは慌てて司令室を飛び出す。小隊の連中を掴まえて聞いても彼らがあげた隊長の名前は聞いたことのないもので、ロイが司令部中を探して回ってもハボックと言う人間はどこにも見つからなかった。 「そんなバカな…」 よろよろと戻ってきたロイは執務室に入ると閉じた扉に寄りかかる。自分の記憶には確かにハボックがいるのに、他の誰もハボックを知らないと言う事実にロイはゾクリと身を震わせた。 「どこにいるんだ、ハボック…」 ロイはそう呟いて額を押さえる。そうすれば窓辺で群がっていた花はぼたん達がぴょんぴょんと飛び降りてロイの傍にやってきた。 「たいさー」 「たいさー」 心配して口々にロイを呼ぶはぼたん達にロイはしゃがむとその小さな頬を指で撫でる。ハボックによく似たその面にロイは顔を歪めると言った。 「お前達、ハボックがどこにいるか知らないか?」 そう尋ねれば花はぼたん達は顔を見合わせトテトテと走っていく。器用に椅子から机へと這い登り窓辺に飛び移ると葉牡丹の鉢を取り囲んだ。 「ん――――っ」 一斉に力を込めて鉢を持ち上げると窓辺から飛び降りる。10匹のはぼたんが鉢の周りをぐるりと取り囲む姿は、まるで鉢自体が花びらを咲かせたように見えた。はぼたん達は力を合わせてロイのところまで葉牡丹の鉢を運んでくる。目の前に置かれた葉牡丹を見下ろしたロイはその桜色に染まる中心に溜まっていた雫を見て目を丸くした。 「…ハボック」 銀色に輝く雫の中には膝を抱えて小さく丸くなったハボックが眠っていた。驚いて雫を見つめるロイに花はぼたん達が言う。 「はぼっくー」 「ちうしてほしーの」 「ちうー」 口々にそう言うはぼたん達を目を丸くして見ていたロイはやがてうっすらと微笑んだ。 「ハボック…」 ロイは葉牡丹の鉢を持ち上げると愛しい相手の名を囁いて唇を寄せる。ロイの唇が雫に触れた瞬間、パアッと辺りが眩しい光に包まれてロイは何も判らなくなった。 「――いさ!起きて、大佐ってば!」 「…ッ、ハボックっ!!」 肩を揺すられてロイはだらしなく腰掛けていた椅子から飛び上がる。危うく額をぶつけそうになって間一髪よけたハボックは、目を丸くして答えた。 「…なんスか?」 「お前、戻ってきたのかっ!」 「はあ?大佐、寝ぼけてるんスか?」 ガシッとハボックの両肩を掴んで言うロイにハボックは首を傾げる。ロイはハボックの体を抱き締めると噛みつくようにキスをした。 「んっ?!んん―――っっ!!」 突然の事にハボックは目を見開いてもがく。逃れようと暴れる体を押さえ込んで何度も口づけを繰り返せばハボックの体から力が抜けていった。コテンとその金色の頭をロイの肩に預けてハボックは息を弾ませて呟く。 「いったいなんなんスか、突然…」 目尻を染めて上目遣いに睨むハボックにロイは唇を寄せて囁いた。 「愛してるよ、ハボック」 「なん…」 そうして再び繰り返される激しい口づけにハボックは必死にロイに縋りつく。いつしか自分からもロイに口づけながらその合間にハボックは囁いた。 「オレも…、オレも、たいさ…」 その声に答えるように、窓辺の葉牡丹の雫がキラリと輝いた。 09/01/28 |