葉牡丹


「大佐、この書類にサイン――
 おざなりなノックと共に執務室の扉を開けたハボックは、窓辺に佇むロイの姿に目を瞠る。ロイは数日前からそこに置いている鉢植えに霧吹きで水をやっているところだった。丸いキャベツのような形のそれは緑の葉に囲まれた中心部が白で、更に真ん中のところが薄い桜色に色づいていて、小さな鉢に寄り添うように二つほどが植えられている。ロイはどこからか持ってきたそれを窓際に置いてからと言うもの、毎日せっせと水をやり甲斐甲斐しく世話を焼いていたのだった。
 今も可愛らしい姿のそれに水をやると、その桜色に色づいた葉に溜まった滴に唇を寄せる。チュッとキスをするようにしてそれを吸い取るロイを見た瞬間、ズキリと胸が痛んだハボックは手をかけていた扉を思い切りバンッと閉めた。
ハボック」
 大きな音にロイが驚いて顔を上げる。唇を噛み締め、睨むように自分を見ているハボックの姿を見ると笑みを浮かべた。
「どうした、サインか?」
……ください」
 ズイと不機嫌そうに書類を突き出すハボックの手から受け取るとロイは椅子に座り目を通す。ペンを取ってサインを書き込むとハボックに返した。
「あの花、随分気に入ってるみたいっスね。誰かからの贈り物っスか?」
「ファルマンにあの花の名前を聞いてね。気に入ったんで取り寄せたんだよ。まあ、正しくは花じゃないんだが」
 可愛いだろう?と笑うとロイは机の上のメモ帳を千切り、それに「葉牡丹」と書く。ハボックは差し出されたそれを受け取ると尋ねた。
「なんスか、これ」
「あの花の名前だ。色々種類があって、色ももっと濃い紅もあるんだが。白い葉の中心がほんのり色づいているのを見ると思い出さないか?」
「思い出す?何をっスか?」
ああ、お前は見てないから判らんのか。それじゃあ今度するときにはたっぷり見せてやろう」
 ニヤニヤと笑ってそう言うロイをハボックは不愉快そうに見る。楽しそうに花の話をするロイに苛々としながら言った。
「アンタの言ってること、訳わかんないっスよ。それよりこれ、なんて読むんです?見た事ない文字だ」
「東の国じゃあの花のことをそう呼ぶんだ。ファルマンに聞いてみるといい」
 そう言ったきりそれ以上教えてくれそうにないロイを置いてハボックは執務室を出る。気に食わなかったが聞かなければ聞かないでまた気になってしまうのは判っていたので、席に座って書類を書いているファルマンの前にロイから貰ったメモを差し出すと言った。
「これ、執務室にある鉢植えの花の名前なんだけど、何て読むんだ?ファルマンが大佐に教えたんだろ?」
 そう言うハボックにファルマンはメモを覗き込む。ああ、と頷くと答えた。
「これはハボタンと読むんです。この間大佐と東の国の新年の話をしていた時、この花を寄せ植えにして飾ったりするって話をしましたら酷く気に入った様子で。ほら、少尉の名前みたいでしょう?」
 あの鉢植え、はぼたんって名前らしいですよ、と言うファルマンをポカンとして見ていたハボックは次の瞬間ボンッと顔を真っ赤に染める。執務室の扉を見やるとドカドカと近づきドカンッと乱暴に開けた。
「またお前か。そんなに何度も乱暴に開けたら壊れてしまうだろうが」
 執務室に飛び込んできたきり真っ赤な顔で何も言わないハボックにロイがのんびりと言う。なぁ、と鉢植えに話しかけるとその薄紅に染まった葉にキスをした。
「なにしてるんスかっ、アンタッ!」
「なに、って、私のはぼたんにキスを。綺麗な葉だろう?快楽に蕩けた時のお前の肌の色、そっくりだ」
「なっなっ
 さっきのわけの判らない話はこれだったのかと紅い顔を益々紅くしてハボックは絶句する。そんなハボックにロイは笑うと言った。
「私はいつだってお前の事を考えているからな」
 自慢げに言って笑うロイにハボックは脱力する。それでも心のうちに込み上げてくるのはさっきまでの嫉妬ではなく温かい恋情で。
「おいで」と差し出される腕に抱きこまれるまま、ハボックは降ってくる唇を受け止めた。



09/01/13