技能五輪 その後のその後のその後


「あ、ブレダ、おかえり。」
仕事を終えてアパートに帰ってきたブレダをハボックはエプロンで手を拭きながら迎える。
「風呂も沸いてるけど、先に風呂入る?それともメシ?」
そんな風に聞いてくるハボックに「嫁さん貰ったみたいだなー」などとうっかり考えてしまってブレダは慌てて首を振った。
「ブレダ?」
「あー、先に風呂入ってくるわ。」
「うん、じゃあご飯の支度しておくね。」
にっこりと笑うハボックの可愛い笑顔に
(いくら可愛くても男じゃな…)
とため息をついてブレダは浴室へと入っていったのだった。

「ブレダ、おかわりは?」
「ん、じゃあもうちょっと貰おうかな。」
「うん。」
ハボックはブレダの差し出した皿を受け取ると立ち上がってキッチンへと入っていく。シチューをよそって戻ってきた
ハボックを見上げてブレダが言った。
「なあ、一度聞こうと思ってたんだけどよ。」
「なに?」
「お前ってなんで大佐とケンカするたび俺んちくるわけ?」
ブレダに皿を渡すとストンと椅子に腰を下ろしてハボックが聞く。
「…オレがここ来ると、迷惑?」
「あー、いや、迷惑っつうか…。」
(ただ巻き込まないで欲しいだけなんだけどなー)
と、思ったことは口に出さずにブレダは言った。
「例えば小隊の連中がいる寮とかさ、アイツら、お前だったら大歓迎で泊めてくれるだろう?」
そう言えばハボックが眉を顰める。
「あそこ、なんか落ち着かないんだもん。どの部屋に泊まるかですげぇもめるし。」
「…確かにそうかもな。」
「ブレダのとこならガキの頃から知ってるから落ち着くし、それに、オレがブレダのとこにいると判ってるから大佐も
 安心だろうし…。」
ハボックの言葉にブレダはムッとして言った。
「ちょっと待て。大佐も安心、って大佐に心配かけたくないんだったらそもそもこんなとこにいないで家に帰ればいい
 だろうがっ!」
「それはヤダ。」
「ハボ〜〜っっ!」
スプーンを握り締めて睨みつければハボックが唇を突き出して言う。
「だって、大佐ってばオレとフュリーのこと疑ったんだぜっ!オレがフュリーのこと誘惑したって。そんなことあるわけ
 ないのにっ!!」
「そりゃまあ…。」
技能五輪に出場するフュリーの応援について行ったハボックだったが、競技会の朝、不注意でフュリーのメガネを
壊してしまったのだ。結局フュリーは実力を発揮できずに惨敗、ハボックは責任を感じて随分落ち込んでいたらしい。
そのお詫びも兼ねてセントラルのヒューズお勧めのメガネ屋でハボックがフュリーにメガネを選んでやったりしたのだが
それがロイの嫉妬を煽ることになってしまい、結果、嫉妬にトチ狂ったロイがハボックの説明も聞こうとせず、フュリー
と浮気したと決め込んでハボックに散々無体を働いた挙句、勘違いだったと知れてハボックと大喧嘩になってしまった
というのが今回、ハボックがブレダの家に押しかけてきていることの次第だった。
「でもよ、大佐も謝ってるんだろ?そもそもお前のことが好きで無茶してるんだから赦してやったら?」
ブレダがそう言えばハボックはむぅと黙り込んでしまう。ブレダはため息をつくとシチューを口に運びながら考えた。
(そもそもあの女タラシの大佐がハボックにぞっこんだって言うんだからなぁ。運命ってわかんねぇ。)
そう思ってハボックを見れば、ハボックは背中を丸めてぼそぼそとシチューを口にしている。伏し目がちのその瞳を
縁取る金色の長い睫を見てブレダは思った。
(まあ、ガキの頃からやけに男にモテてたもんな、コイツ。なんか妙に可愛くて…。つか、オレの初恋の相手ってそう
 いやコイツだったな。)
と、ブレダは遠い日を思い浮かべる。たしか3歳か4歳、まだ男と女の区別もつかないような幼い頃、隣りに住んでいた
ハボックはそれはそれは可愛い子だった。蜂蜜色の髪に空色の瞳、白い肌にすんなりと伸びた手足。子供心にも
それはとても綺麗に見えてブレダは毎日のように遊んでいたその子が大好きだったのだ。ところがある日、可愛らしい
花柄のワンピースを着ていたハボックが一緒にいた母親に『おしっこに行きたいっ』と騒ぎたて、困った母親が道端の
草むらで用を足させたのだ。それも立ちションベンで。
(アレはショックだった…)
『ええっ、ジャンって男の子だったのっ?!』とブレダが仰天すればハボックの母親が目を丸くして『知らなかったの?』
と一言。『だって、いっつもワンピース着てるじゃんっ!』と喚くブレダにハボックの母親はにっこり笑って言ったのだ。
『だって、お姉ちゃん達のワンピースがいっぱいあるんだもの。勿体無いじゃない?』
確かにハボックには4人の姉がいた。だが、だからと言ってその姉のお古を弟に着せるものだろうか。
(あれ以来オレはどんなにカワイコちゃんでも一目惚れだけはしないと決めたんだ。)
ブレダが遠い日の苦い思い出をつらつらと思い浮かべているとハボックがボソリと呟いた。
「大佐って結局オレのこと信用してないんだよね。」
「ハボ?」
「だって、そうじゃん。いつだってすぐオレが浮気してんじゃないかって疑って!」
「要はそれだけお前に惚れてるって事だろう?」
「オレだって大佐が好きだよっ!!」
ハボックがガチャンとスプーンを投げ出して言う。
「いつだって大佐のことしか頭にないのにっ!こんなに好きで、もうこれ以上好きになんてなれないと思うのに顔見る
 たび好きになって…っ。苦しくて仕方ないくらい大佐が好きなのにっっ」
「ハボ…。」
空色の瞳に盛り上がった涙が、ポロリと銀色の滴になって零れ落ちる。大佐を好きだと言って泣くハボックを見て
ブレダは言った。
「そういやお前がそんな風に誰かを好きになったのって初めてかもな。」
その明るい性格でハボックの周りにはいつだって人が集まってきた。男でも女でも、友人として以上にハボックを好き
だった相手も随分といたはずなのだ。だが。
「お前、いつだって友達はたくさんいたけど本気で付き合ってた相手っていなかったんじゃねぇの?」
そう言われてハボックが涙に濡れた目を見開く。
「大佐のことは本気で好きなんだなぁ。」
優しく笑ってそう言うブレダにハボックの瞳から新たに涙が零れた。
「うん…すげぇ好き…。」
ポロポロと涙を零しながらそう言うハボックにブレダが声を上げた。
「やっぱ大佐が悪いっ!お前はそんなに大佐のことが好きなのに疑うなんて。わかった、ハボ、お前もう帰らなくて
 いいから、ずっとここにいろっ!」
ブレダにそう言われてハボックは辛そうに顔を歪めて笑ったのだった。

「ブレダ少尉。」
休憩所で煙草を吸っていたブレダはそう呼ばれて顔を上げる。入口のところに少しやつれた顔で立っているロイを
見て煙草を灰皿に押し付けた。
「なんでしょうか、大佐。」
まっすぐに見つめれば珍しくロイの方が目を逸らす。ロイは視線を合わせないままブレダに聞いた。
「その…ハボックは少尉のところにいるんだろう?」
「ええ、いますけど。」
素っ気ないブレダの返事にロイは暫し迷ってから言う。
「まだ怒っているのか?帰ってくる気はないんだろうか?」
ロイの言葉にブレダはキッパリと言った。
「アイツ、本心は帰りたいと思っているかも知れませんけど、俺はアイツを大佐のところに帰す気はありませんから。」
「ブレダ少尉っ?」
ブレダはソファーから立ち上がるとロイを見る。
「だって大佐、大佐のところにいてハボックが幸せになれると思えません。俺、アイツのことはガキの頃からよく知って
 ます。でもね、アイツがこんなに誰かを好きになったことなんてただの一度もなかったです。話をすれば大佐のこと
 ばっかり。メシを作れば大佐はこんなのが好きだとか、今度は新しい料理をつくってやりたいとかそんなことばかり
 言ってる。口を開けば大佐、大佐、大佐って、可哀相になるくらい大佐の事が好きなのに。それなのに大佐はアイツ
 のこと疑ってばっかりで。可哀相ですよ。俺にとってハボは大事な弟みたいなもんです。幸せになって欲しいです。
 今のままで大佐がハボを幸せにしてくれるとは思えません。だから帰す気はないです。」
「少尉…。」
「失礼します。」
ブレダはそう言うと呆然として立っているロイを押し抜けて出て行ってしまう。残されたロイは唇を噛み締めてギュッと
手を握り締めたのだった。

「なあ、ハボ。これから2人で住むんだったらもう少し広いところに引っ越そうかと思うんだけど。」
「えっ?」
「だって、お前、大佐のところには帰らないんだろう?」
ブレダにそう言われてハボックは曖昧に頷く。
「まあ、別にそれぞれアパート借りてもいいんだろうけど、こうやって誰かと一緒に住むって言うのも悪くないと思うし、
 お前とならガキの頃からの付き合いで気楽だしな。」
それに、とブレダはハボックを見つめて言葉を続ける。
「大佐だって迎えに来ないってことは別にこのままでいいってことだろうしな。引っ越して心機一転始めようぜ。」
ブレダの言葉にハボックの体が大きく震える。それには気付かぬフリで「今度の休みに部屋探しに行って来るから」と
ブレダが言えば、ハボックが何度か言葉を飲み込んだ末に言った。
「ブレダ、オレ、やっぱり大佐んとこ帰ろうかと思うんだけど…。」
躊躇いがちにそう告げるハボックにブレダは目を細めると言う。
「なんで?ここにいろって言ったろう?あんなお前のこと疑ってばっかりいる大佐のところになんて帰ることないって
 話をしただろうが。」
「そりゃそうだけど…。」
ハボックはブレダの言葉に俯いていたが顔をあげると言う。
「でも、大佐、ほっとくとまともにメシ食わないし、部屋の中だってすぐ散らかすし、洗濯だって掃除だって自分じゃしや
 しないし…。」
「食事は外食だってデリバリーだって何とかなるだろう。掃除や洗濯も家政婦雇えばいいんだよ。お前と一緒に住む
 前はそうしてたんだし、それにお前、その為に大佐のとこに帰るなんて、それこそ体のいい家政婦扱いじゃねぇか。」
「ブレダ。」
ブレダはハボックを睨みつける様に見ると続けた。
「そんな事のためだっていうなら、俺はお前を帰さないからな。」
きっぱりと言いきるブレダをハボックは目を見開いて見つめていたがくしゃりと顔を歪めると言う。
「でも、オレ、大佐の側にいたいんだ。大佐がオレのこと家政婦扱いするならそれでもいい、大佐の側にいたい。オレ、
 大佐が好きなんだっっ」
そう言ってポロリと涙を零すハボックにブレダはため息を1つついた。それから手を伸ばして自分より背の高い友人の
頬を流れる涙を拭くと言う。
「お前って昔っから泣き虫だよなぁ。他の連中の前ではやたらふてぶてしいのに俺の前ではしょっちゅう泣いてたな。」
「ブレダ…。」
「そんなに大佐が好きなのか?」
「うん。大好き。」
ブレダは思い切り大きなため息をつくと声を張り上げて言った。
「だそうですよ、大佐。」
「えっ?!」
驚いて振り向けばロイが奥の部屋から出てくる。ビックリして空色の瞳をまん丸に見開いたハボックを見つめるとロイは
言った。
「私が悪かった、ハボック。よく考えればお前が浮気なんてするはずないと判る筈なのに…。だが、ダメなんだ。お前が
 私以外の男に笑いかけたりするだけで嫉妬で何も考えられなくなる。自分で自分をどうすることも出来なくなって、
 お前が私だけのものだと確かめずにはいられなくなる。挙句お前を散々に傷つけて…。すまなかった、ハボック。
 だが、私にはお前が必要なんだ。帰ってきてはくれないか?」
「たいさ…。」
「愛してる、ハボック。私の側にいてくれ。」
「たいさ…っ」
ぽろぽろと涙を零すハボックを抱きしめるとロイはそっと口付ける。一度離した唇をもう一度重ねようとした時、コホンと
咳払いが聞こえた。
「続きは帰ってからやってもらいたいんですがね。」
思い切り顔を顰めているブレダにハボックが真っ赤になってロイから身を離そうとする。だが、ロイはその体をギュッと
抱きしめるとブレダに向かって言った。
「感謝する、ブレダ少尉。」
「言っときますけどハボのことこれ以上泣かせたら承知しませんからね。」
「泣かせないさ、ベッドの中以外ではな。」
「たいさっ」
ロイの言葉にハボックは真っ赤になりブレダは苦虫を噛み潰したような顔をする。追い払うように手を振れば2人は
身を寄せ合うようにして出て行った。最後にハボックが「ありがとう」と言ったのが聞こえてパタンと扉が閉じる。ブレダ
は天井を見上げると大きなため息をついてドサリとソファーに腰を下ろした。
先日ハボックを帰す気はないと言ったブレダのところへ、ロイがやってきた。そうして自分がどれ程ハボックを愛して
いるのか、どれ程必要としているのか、そして何を捨ててもハボックと共にいたいと、そのために力を貸して欲しいと
あの傲岸で不遜なロイ・マスタングがブレダに頭を下げて見せたのだ。そのロイの姿を見てブレダは1つ提案した。
2人で引越しをして新しく生活を始めようとハボックに言ったとき、ハボックがロイのところに帰るといえばいいが、もし
ブレダの言葉に頷いたなら、その時はハボックとすっぱり別れてくれと。
だが、結局ハボックはロイのところへ帰る道を選んで、そう決めたハボックはとても幸せそうだった。
「あーあ、せっかく家事万能の同居人が出来ると思ったのによ。」
ブレダはドサリと背もたれに体を預けるとぼやく。
「俺も早く嫁さん見つけよう…。」
そう呟いて目を閉じたブレダの心を一抹の寂しさが過ぎる。だが、可愛い彼女を見つける前に、再びロイとハボックの
痴話喧嘩に巻き込まれて2人の仲なおりに協力をしたことを後悔する事になろうとは、その時のブレダは予想もして
いなかった。


2007/11/16


その後3つです。思いがけずブレダが出張ってしまいました。あれ?こんな筈では…(汗)結局何だかんだで振り回されるのはブレダの宿命なのかも(苦笑)
ワンピース着ていて立ちションのくだりは実話です。私の弟に母が私のお古のワンピースを着せていたんですねー。でもってずっと女の子だと思われて
いたという…。なに考えてんだか、母orz ともあれ一応丸く収まりましたがやっぱりこの後も大佐の暴走は止まらないと思われます(笑)