技能五輪その後
「本当に応援なんて別によかったんですけど…。」
セントラルに向かう列車の中、向かいの座席に座るハボック少尉にそう言えば、少尉が空色の瞳を細めて笑った。
「いいの、いいの。大佐が行けっつったんだし。本当はみんなで応援に来られればよかったんだけどな。流石にそう
いうわけにはいかないし。オレ一人じゃ心もとないかもしれないけど、みんなの分も一生懸命応援するから。」
そう言う少尉の人懐こい笑顔に僕も自然と笑顔になる。
今度、セントラルで「技能五輪」という様々な職種の技能を競い合う大会が開かれる事になった。その中の1つ、「電子
機器組み立て部門」という職種でなんと僕が軍の代表として選ばれたのだ。普段からパソコンやらなにやらそう言った
電子機器を弄るのが好きで、仕事でもプライベートでも作ったり直したりをしてきたけれど、まさかこんな大きな大会で
代表に選ばれるなんて考えたこともなくて、マスタング大佐から出場するように言われた時は、本当に耳を疑ったもの
だ。でも、今まで頑張ってきたことが認められたことは本当に嬉しくて、みんなからも応援の言葉をいっぱい貰って、
そうして今日、セントラルへ向かう列車に乗っている。
ハボック少尉はセントラルのヒューズ中佐のところへマスタング大佐からの重要書類を届けるという名目上の仕事の
為、実質は僕の応援の為に一緒にセントラルに向かっている。あのマスタング大佐がハボック少尉を僕と一緒に
行かせるなんてことが正直信じられなくて、思わず少尉に「いいんですか?」と聞いた僕に
「そんだけフュリーのこと応援してるんだよ。ホントは自分で応援に行きたいんだけどさ、中尉にお許しもらえないから。」
だから代わりにオレが、と少尉は言って笑った。
向かいの席で煙草を燻らせながら外の景色を眺めるハボック少尉を僕はじっと見つめた。僕はこの気さくで明るい少尉
が大好きだ。初めてマスタング大佐のところで会った時は、軍人としては小柄な僕とは正反対にデカくて力もありそう
で、咥え煙草で上から見下ろされて正直本当に怖かった。態度もなんだか横柄でこんな人と一緒にやっていけるのか
と本気で心配したものだったが。でも、一緒に仕事をするうち、実はすごく気さくで明るくて面倒見がよくて、要は最初
の印象が悪かった分、見えてくるのはいいとこばかりで、気がついたら僕はハボック少尉が大好きになっていたのだ。
勿論、それは恋愛感情としてのスキではなくて弟が兄を慕うような、兄が弟を可愛がるようなそういったスキだった
けれど、実はこの少尉が軍の男達の間で絶大な人気を誇るのだと知った時はかなり驚いたけど、判る気がした。
もっとも、あのマスタング大佐と恋愛関係にあると知ったときはさすがにビックリしたなんてものじゃなかったけど。
窓から外を眺めてる少尉は実は結構イイ男の部類に入ると思う。蜂蜜色の髪に空色の瞳はとっても綺麗だし、人種
なんだろう、外仕事が多い割に白い肌は若々しくて艶々して、女の人も羨ましいと思うんじゃないだろうか。背も高くて
筋肉質で、でも決してマッチョじゃない、しなやかな獣のような体は正直いいなぁと思う。そのくせ妙に可愛いところも
あって、こういうところが男にもモテるんだろうか。
「ん?なに、フュリー?」
あんまり見つめていたせいか、少尉が僕のほうを見て聞く。
「えっ、あ、いやなんでもないです。」
慌てて答えれば少尉は不思議そうに首を傾げた。それでもそれ以上何も言わずに視線を窓の外へと戻す。僕もつら
れて外を見れば列車は間もなくセントラルに到着するところだった。
「あれっ、ヒューズ中佐?」
セントラルの駅の改札をくぐればそこで待っていたのは喰えない笑みを浮かべたヒューズ中佐だった。
「よっ、いらっしゃい、2人とも。」
「なんで中佐がここにいるんスか。」
手を上げて僕たちに笑いかける中佐に少尉が思い切り顔を顰めて言う。中佐は傷ついたような表情を浮かべて言った。
「えっ、ひっどぉい。せっかくお出迎えに来てあげたのにぃ。」
「…いい年したオッサンが気色の悪いことせんでください。」
「いい年したとはなんだ、ああっ?5つしか違わんだろうがっ!」
「5つもオッサンじゃ…いてててっっ!!ギブっ、ギブッッ!!」
思い切りヘッドロックをかけられてハボック少尉が叫ぶ。情け容赦なく締め付けるとようやく手を緩め、ヒューズ中佐は
僕を見た。
「よっ、軍の代表だってな。」
「あっ、はいっ!」
「頑張れよ、応援してっから。」
「ありがとうございますっ、頑張りますっ!」
敬礼して答えれば地面に懐いていたハボック少尉が立ち上がって言う。
「こんなオッサン相手にそんなかしこまって答えなくていいから。」
「お前、いい加減にしないと不敬罪でぶち込むぞ。」
「大佐に出してもらうからいいもん。」
ベエッと舌を出す少尉に僕は思わず笑ってしまった。こういうところ、ホント少尉には敵わないと思う。僕にはとても
中佐や大佐相手にこんな口聞けない。もっともそれを良しとする上官は殆んどいないだろうからあまり褒められたもの
ではないのかも知れないけれど。
「そんな事言ってるとロイからの書類受け取って、仕事は終わりって追い返すぞ。」
「あっ、ひでぇっ、横暴中佐っ!オレがフュリーの応援できなくてもいいって言うんスかっ!」
「その分俺が応援してやるよ。」
なあ、と僕に振る中佐に笑って答える。
「出来ればお二人に応援していただきたいです。」
「ほうら、フュリーはオレに応援してほしいそうっスよ。」
「2人っつってんだろうが。」
また言い合いを始めそうな二人にどうしようかと思ったら、中佐が不意に真面目な顔になった。
「そういや、俺、仕事の途中なのよ。お前とバカやってる暇ねぇわ。」
「アンタがぐちゃぐちゃ言ってるんでしょうが。」
ムッとして言い返す少尉に中佐が言う。
「おら、少尉。はやく書類寄越せ。わざわざ取りに来てやったんだろうが。」
「えっ?まさかホントに追い返す気じゃ…。」
「ばあか。ここで俺に書類渡しゃ、お前らわざわざ司令部に来なくて済むだろう。」
そう言われて少尉が目を見開く。手にしたカバンからファイルの入った袋を取り出すと中佐に渡した。
「よし、確かに受け取った。曹長、明日は早いんだろ?頑張れよ。」
「ありがとうございます、頑張りますっ!」
僕がそう答えるのも最後まで聞かず、ヒューズ中佐は待たせてあった車に乗り込むと行ってしまう。それを見送って
いたハボック少尉が1つため息をつくと言った。
「まったく、ああいうとこ、敵わねぇよなぁ。」
「そうですね。」
「んじゃ、ホテル行くか。」
「はい。」
答えて僕たちは今日の宿泊先のホテルへと向かったのだった。
ホテルでチェックインを済ませると少し早いがもう部屋に入れるということだった。明日の確認をしたかった僕としては
大助かりで部屋に行くと持ってきた荷物をほどき、明日競技会場へ持って行くものをチェックした。暫くするとノックする
音がして、扉を開ければハボック少尉が立っていた。
「よ、会場に下見に行かない?」
「ちょうど行きたいと思ってたんです。」
僕がそう答えれば少尉がにっこりと笑う。僕は少尉と連れ立って明日、競技が行われる事になっている会場へと
向かった。明日の出場者ということで許可を得て中へと入れば、僕が参加する電子機器組み立て部門では作業を
するための台が設置されているところだった。
「あそこの作業台でやるのか。」
少尉が作業台を並べている会場を見下ろす形になっている見物席に立って言う。ぐるりと辺りを見回すと僕を見て
言った。
「明日はここからいっぱい応援するからな、頑張れよ、フュリー。」
「はいっ」
元気よく答えればハボック少尉が笑う。わざわざ応援しに来てくれた少尉の為にも、僕をここに送り出してくれた大佐
の為にも、司令室のみんなの為にも精一杯頑張ろうって思った。
翌朝。
ハボック少尉が迎えに来てくれたとき、僕はまだ支度の真っ最中だった。もっとはやく起きるつもりだったのだが、夕べ
は緊張のせいかなかなか寝付けず、おかげで目覚ましがなってすぐに起きられなかったのだ。慌てたせいで顔を洗う
為に外したメガネをどこに置いたのか思い出せない。メガネ、メガネと探していると、少尉が突然大声を上げた。
「あああっっ?!」
突然の大声にビックリして少尉の方を見れば真っ青な顔をして椅子の上を見つめている。
「少尉、どうかしましたか?」
そう聞いた僕を少尉がゆっくりと振り向いた。
「どうしよう、フュリー。」
そう言って再び椅子の上に視線を戻す。
「どうしよう…。」
ハボック少尉の視線を辿れば。
椅子の上には無残にもひん曲がりヒビの入ったメガネが載っていた。
「ごめんっ、どうしようっ、オレ…っ」
「大丈夫ですよ、使えないことないですから。」
半泣きになって何度も謝る少尉に僕は笑う。どうしてだか椅子の上に置かれていた僕のメガネに気づかず、少尉が
座ってしまったため、メガネはフレームが歪みレンズにヒビが入ってしまっていた。とりあえず何とかかけられないこと
はないけれど、歪んだフレームはきちんと顔の正面には収まっていてはくれず、ヒビの入ったレンズはきちんと見る
こともできない状況だった。いつもなら予備のメガネを持ち歩いているのだが、今回に限って忘れてきてしまい、僕が
持っているメガネはこれだけだ。裸眼では人の顔すらまともに見えない僕としてはこんなメガネであろうともない
よりはマシなのでとりあえずかけることにした。
「今から買いに行くんじゃ間に合わないか?」
少尉がそう言ったけど僕は首を振る。
「買いに行ってたんじゃ間に合わなくなってそれこそ棄権になっちゃいますから。心配しないでください。見えますから、
これ。」
僕はそう言ったけれど、レンズ越しの少尉の顔はひび割れの所為で輪郭がブチブチと切れているようだ。確かに
「見える」けれど「見える」だけだ。細かい作業になるとどの程度見えるのか、正直全くわからなかった。
「とにかく、遅刻しちゃったらもとも子もないですから、とりあえず行きましょう。」
僕がそう言えば少尉が元気なく頷く。僕は少尉と一緒にホテルを出ると会場へと向かった。
会場に着くと受付を済ます。係の人が僕のメガネを見てビックリしてたけど僕は笑って誤魔化した。心配そうな少尉
を観客席に追いやって僕は競技会場へと入っていった。割り当てられた作業台の前の椅子に腰掛けると工具を
チェックする。ふと目を上げれば食い入るように僕のほうを見ているハボック少尉の姿が目に入った。
時計の針が競技開始の時刻を告げ、参加者が一斉に作業を始める。僕も渡された図面をもとに回路の組み立てを
始めた。基本は図面どおりに回路を組み立てていくのだが、その間に図面のまま組み立てれば起こり得る障害を
発見して修理や改善も行わなくてはならない。図面は細かくて回路はさらに細かい。歪んだメガネは焦点が合わせ
づらくて思っていた場所と違うところをはんだづけしてしまった。
「くそっ」
目がチカチカする。ちょっと待てよ、ここの回路、この図面のまま設計したら拙いんじゃないのか。おちつけ、落ち着く
んだ。懸命に自分に言い聞かせて。周りの作業台からの様々な音が押し寄せてくるように感じる。時計の音がやけに
大きく感じて。額から流れる汗が作業台にぽたりと落ちた。図面を読み、部品を加工し組み立てる。途中、試作の段階
で構造上の障害をチェックする。その繰り返しくりかえし。
「あっ」
歪んだ視界で手元が狂い回線を傷つけてしまった。やり直さなきゃ。予備の部品はどれだ。時間はまだあるのか。汗
が流れて背中からすぅっと力が抜ける気がする。手が震える。目の奥が痛い。急げ、急げ、急げ。必死に手を動かす
僕の耳に。
カチッと時計の動く音が聞こえて。
競技の終わりを告げるブザーが鳴り響いた。
「ごめん…ごめ…」
「少尉、泣かないでください。」
僕は大きな背中を丸めてボロボロと涙を零すハボック少尉のことを慰めていた。
競技の方は惨敗。ヒビの入ったメガネはやっぱり細かい作業をするには難しくて、全然時間が足りなかった。
「オレがメガネ壊しちまったばっかりに…。」
「少尉が悪いんじゃありませんよ。あんなところに置いておいた僕が悪いんだし。それにメガネのことがなくても同じ
結果になったかもしれませんし。」
「メガネが壊れてなければ絶対優勝できてたよっ」
少尉は涙に濡れた顔を上げて怒鳴る。僕の顔を正面から見た途端、また新たに涙を零した。
「そ、それなのにオレの所為で…。」
「だから違いますって。」
僕よりずっと大柄な少尉があたり構わず泣いている姿は正直ちょっと可愛かった。俯く金色の頭を撫でてあげれば
少尉が涙に濡れた瞳で僕を上目遣いに見る。うわぁ、なんか大型犬が甘えてるみたいっていうか、イタズラ坊主が
怒られて泣いてるみたいって言うか…。コイビトにするなら絶対可愛い女の子と決めている僕ですらちょっとドキドキ
しちゃう、こんなところが男に人気がある秘密なのかもしれない。
「少尉、僕、本当に気にしてませんし、いつまでも少尉に泣かれたらかえってどうしていいか判らなくて困りますよ。」
そう言えば少尉が背を伸ばして服の袖で涙をゴシゴシと拭く。ああ、ホントに子供みたいだなぁ。
「フュリー、オレ、どうしたらいい?どうしたらフュリーに償える?」
別に償ってもらう必要なんてなかったけど、ここで何もしなくていいって言ったらまた泣いちゃうのかもしれない。そう
思って僕は少し考えると言った。
「じゃあ、新しいメガネ買いに行くの、付き合ってもらえますか?」
「あ、ちゃんと弁償するからっ」
僕の言葉にそう言う少尉に僕は慌てて首を振る。
「付き合ってもらうだけでいいです。少尉にメガネ買ってもらったりしたら、それこそ僕、大佐に燃やされちゃいますから。」
少尉のこととなったら物凄いヤキモチ妬きの大佐は僕が少尉に買ってもらったメガネをかけてたりしたら、きっとメガネ
ごと僕を燃やすに違いない。そう思ってそう言えば少尉も否定できずに頷いた。
「じゃあ、オレ、ヒューズ中佐にいいメガネ屋どこか聞いてくるよ。」
少尉はそう言うと電話をかける為に駆けていく。僕は涙でぐずぐずの顔に構わず行ってしまった少尉の背を見送って
なんだかおかしくてくすくすと笑ってしまった。
ヒューズ中佐お勧めの店で僕は数え切れないほどのフレームを前に迷いまくっていた。前にかけてたのと同じような
物にすれば無難かと思うけれど、せっかく買うのだから全然違うデザインのでもいいかもしれない。ウロウロとこの
フレームにするか、あのフレームにするかと悩んでいた僕にハボック少尉が遠慮がちに声をかけてきた。
「フュリーの瞳の色とあってると思うんだ。」
僕にメガネをかけてそう言うと少尉はにっこりと笑う。それだけでもう、他のメガネなんて試す気になれず、即座に
買ってしまった。
「無理矢理決めさせちまったかな?」
散々悩んでいたのに勧められたフレームにスパッと決めてしまった僕に少尉が申し訳なさそうに聞いてくる。
「そんな事ないですよ。いいヤツ見つけてくださってありがとうございます。」
僕がそう言えば少尉が本当に嬉しそうに笑った。
大会の結果は残念だったけど、色んな人の凄い技術は見られたし、いい経験になったと思う。これを機会にまた腕を
磨いて少尉や大佐の役に立てたらいい。
僕はハボック少尉と一緒に列車に揺られながら遠ざかるセントラルの街並みを見つめてそう思ったのだった。
2007/11/12
すみません〜。フュリーを活躍させてあげられませんでしたorz だって、私は電子機器なんてさっぱりなんですものー。どうやって活躍させたもんだか…。
そんなわけでこんな話になっちゃいました。しかもこれ!ハボックが選んだフレームだとロイにバレたら絶対燃やされますよねー(苦笑)せっかくフュリー
の話なのにちっともフュリーにイイコトがなかった。ごめんね、フュリー(汗)