技能五輪ロイハボその後 パラレルの場合


「あ、ロイ。」
2階から下りてきたロイに苛々とリビングを歩き回っていたハボックが足を止める。ため息をついてソファーに座るロイ
に向かって言った。
「ジャン、寝たんスか?」
「…ああ。」
ムスッとしてそれ以上口を開かないロイにハボックが呼びかける。ロイはギュッと手を握り締めると低い声で言った。
「手酷く抱いた痕があった。何を勘違いしたか知らないがジャンのことを疑った上よくもあんな…っ」
「ロイ。」
宥めるように呼んだハボックの顔を睨みつける様にしてロイが言う。
「好きなんだろう?どうしてああまで疑うんだ?そりゃ私だって嫉妬くらいするさ。でもあれはあんまりだっ!ジャンの
 話を聞きもせずに浮気したと決めてかかって挙句の果てにあんな…っ」
「ロイ。」
ハボックは腕を伸ばして怒りに顔を赤くするロイを抱きしめた。ロイはハボックの胸に顔を埋めるとそのシャツを握り
締めて呟く。
「ジャンがかわいそうだ。あんなに一途にマスタングのことだけを想っているのに…。」
「そうっスね…。」
以前、神の気紛れか決して知るはずのなかった平行世界の中に存在するもう1つのアメストリスにハボックとロイは
飛ばされてしまったことがあった。そこで出逢ったのがもう一人のジャン・ハボックであり、もう一人のロイ・マスタング
だった。同じ顔、同じ姿、同じアメストリス国軍の軍人のジャンとマスタングだったがその性格は大きく異なり、ジャンの
その素直で優しい性格はハボックとロイにとって堪らなく愛おしいものに思えた。有り体に言えばジャンはハボック
とロイのアイドルであり、庇護の対象とも言うべきものだった。そのジャンがどういう訳かあの傍若無人なマスタングに
心底惚れこんでいるのは短い時間とはいえ一緒に過ごしたハボックとロイにはよく判っていたし、「どうしてマスタング
なんかが」と思いはしてもそれでジャンが幸せならと黙って見守った2人ではあったのだが、しかし。
「いくらジャンがマスタングを好きだといってももう黙っていられるかっ!」
「ええ、アイツの側にいるのはジャンの為にはなりませんよ。」
「じゃあお前も文句ないな?」
「勿論っス。」
「なら決まりだ。」
――ジャンを決してマスタングのところへは帰さない――
その夜、ハボックとロイはかわいいかわいいジャンのためにそう堅く心に決めたのだった。

「…どこにもいない。」
マスタングはそう呟くとソファーにドサリと腰を下ろす。ジャンのことを浮気したと思い込んで散々に嬲った挙句勘違い
だったと知れて、流石に怒りを爆発させたジャンが「だいっきらいだ」と告げて姿を消してから半日。マスタングは
ジャンが行きそうな場所を片っ端から家宅捜索したがジャンを見つけることは出来なかった。
「そもそもヒューズがもっと早く連絡してこないからいけないんだ。」
誰がどう見ても非はすべてマスタングにあるとしか思えないにもかかわらず、マスタングはここにいない親友を責めて
みる。だがそう言ったところでジャンが帰ってくるわけでもなく、マスタングは深いため息をついた。
「一体どこに行ったんだ…。」
幼馴染で親友のブレダのところは勿論、今回の騒ぎの発端となったフュリーのところにもいなかった。ファルマンの
ところにも、ホークアイのところにも、ジャンに邪まな気持ちを抱いている部下達のところにもどこにもジャンの姿は
なかった。まるでその存在自体が夢だったのではないだろうかと思えるほど完璧に姿を消してしまったジャンに
マスタングは焦りと苛立ちで顔を歪める。とにかくどこか見落としている場所はないだろうかと考えを巡らせたマス
タングの頭にふと浮んだ二人の姿。
「まさか、な。」
以前出逢ったあの2人。自分と全く同じ姿かたちをしたもう一人の自分。だがその2人がいるのははるか時空を
越えた彼方、本来なら決して交わることのないもうひとつのアメストリスだ。そんなところにジャンが行く筈はないと
思えば思うほどジャンがいるのはそこだとしか思えず。しかし、どうやってそんなところへ行けばいいというのだろう。
「くそうっ、たとえそこが時空の彼方だろうが真理の扉の向こうだろうがどんなことをしてでも行ってやるっっ!!」
ジャンのためならどんな努力も惜しまない男、マスタングはそう叫ぶとグッと拳を握り締めたのだった。

「お帰りなさい。お疲れ様でした、ロイ、ハボ。」
家に入った途端、笑顔のジャンに迎えられてロイもハボックもそれだけで一日の疲れが吹き飛ぶような気がする。
ほんわかとする2人にジャンが笑って言った。
「もうすぐメシ出来ますけど、風呂も沸いてるっスよ?どうします?」
そう聞かれてロイはジャンの手を取ると言う。
「それなら一緒に入ろう、ジャン。背中を流してくれないか?」
「あっ、抜け駆けはなしっスよっ!オレだってジャンと一緒に入りたいんスからっ!」
「何を言う、一緒に入るのは私だ。」
「オレっスよ。」
「私の方が先に言った。」
「そんなの関係ねぇっ!」
ジャンを挟んでギャンギャン言い合う2人にジャンが困ったように口を開いた。
「あの…じゃあ3人で一緒に入るっていうのはどうっスか?」
「コイツと一緒に入ったら狭いじゃないか。」
「だったらロイが遠慮すればいいでしょうっ」
「あ、だったらオレが遠慮しますからロイとハボの2人で――」
「「却下っ」」
異口同音にそう怒鳴ってハボックとロイは暫し睨みあう。どちらともなくため息をつくと言った。
「仕方ない、多少狭いが3人で入るか。」
「いいっスよ。」
「あ、じゃあ着替え用意しますね。」
ジャンはホッとしたように言うと2階へと上がっていく。その背を見送ってハボックが言った。
「やっぱジャンってカワイイっスね。」
「そうだな。抱きしめたくなる。」
優しい目でそう言うロイをハボックは複雑な表情で見下ろす。
「オレ、ジャンのことはメチャクチャカワイイっスけど、でも、心も狭いんで。」
「面倒臭いヤツだな。」
「仕方ないでしょ。アンタに惚れてるんスから。」
そう言われてロイが僅かに頬を染めた。照れくささを隠すようにフイと視線を逸らすと言う。
「ほら、さっさと風呂に入るぞ。ジャンの手料理が待っているんだからな。」
「アイ、サー。」
ハボックはそう答えると先に立ってリビングを出て行ったロイの後を追った。

「ほら、ちゃんと入れよ、ジャン。」
ハボックはそう言うとロイと2人浸かった湯船の中から手を差し伸べる。ジャンはそんなハボックに笑うと答えた。
「オレはいいっスよ。先にでてメシの用意してるから。」
「何言ってるんだ、ちゃんと浸からなきゃダメだろう。」
ハボックと向かい合わせに湯船に浸かっているロイもそう言って手を差し出す。だがジャンは苦笑して言った。
「いくらなんでも大の男が3人で入ったらゆっくり浸かれないっスよ。オレはもう十分っスから。」
そう言って出て行こうとするジャンをザバリと湯を零しながら立ち上がったハボックが引き止める。背後からその長身
を抱え込むようにすると湯船へと引きずり込んだ。
「なっ…ちょっ…あぶな…っ」
ジャンを背後から抱きしめて湯船に浸かるとハボックが笑う。
「こうやって入れば3人でも入れるじゃん。」
「ちょっとハボっ!抱きしめる相手が間違ってるだろっ!」
ハボックの腕から逃れようと湯を跳ね返すジャンにロイが笑った。
「だったらこっちに来るか、ジャン。」
「えっ?いや、そうじゃなくてっ!」
「ダメ。ジャンはオレのだから。」
「ハボっ!!…アッ」
ハボックに肩口を吸われてジャンは声を上げる。かあっと顔を紅くするジャンの背後から悪戯っぽく笑うハボックを
ロイは軽く睨んだ。
「いい子にしてないとロイが悪戯するってさ。」
そう言われて見つめてくるジャンの空色の瞳にロイは苦笑する。ロイはジャンの長い脚をそっと撫でると言った。
「ちゃんと温まりなさい、いいね、ジャン。」
「…はい。」
ジャンは頬を染めて頷くとハボックの胸に背を預けたのだった。

「はいどうぞ。」
湯気の立つ皿を並べてジャンが言う。旨そうな料理を前にハボックとロイはにっこりと笑うと早速フォークを手に取った。
「久しぶりだなぁ、ジャンの料理。」
「おいしい。やっぱりジャンは料理がうまいな。」
2人にそう言われてジャンが照れくさそうに笑う。次々と料理を平らげていく2人を嬉しそうに見つめていたジャンは
ふと視線を上げて目を見開いた。
「ジャン?」
その様子にハボックが呼べばジャンが席を立ち上がりながら言う。
「誰かいるっ」
弾かれたように立ち上がったハボックが壁際に身を寄せるようにして窓に走った。ジャンがロイを庇うように引き寄せ
れば、ロイは小さく首を振ってハボックの側に行く。反対側から窓辺に寄ったジャンをチラリと見ながらハボックに言った。
「どんなヤツだか見えるか?」
「いえ…暗いからどこにいるのか…。」
ガラス越しに昏い外を透かし見てハボックが言った途端、ロイが窓を押し開ける。
「ロイっ!」
それと同時に擦り合わせた指の先から火花が飛び散り数メートル先の植木の間で焔が上がった。
「うわっちいぃっっ!!」
焔をまとって逃げる男を追いかけようとしたハボックをロイが引き止める。
「いい、追う必要はない。」
「えっ、でもっ!」
反論しかけたハボックはロイの表情に言葉を飲み込んだ。ロイは窓の外を覗いているジャンに向かって声をかける。
「ジャン、大丈夫か?」
「えっ、ええ、オレはなんともないっスけど…。」
(でも、あの声…)
燃やされて上がった悲鳴に聞き覚えがあるように思って首を捻っていたジャンにロイは歩み寄るとその肩に手を
置いた。
「もう心配ないから、食事を続けよう。」
「は、はい。」
チラリと外へ向けたジャンの視線を遮るように、ロイはシャッとカーテンを引いたのだった。

「えっ?ハボ、今日非番なの?」
「うん、まあな。」
ロイを警備兵の運転する車に乗せてしまうと後に残ったハボックが頷く。なんとなく納得のいかない顔をするジャンに
ハボックが言った。
「なに?オレがいると不満?」
「そんな事ないけど…」
「けど?」
「もし気を使わせてるんなら悪いな、って。」
自分がいることで気を使ってくれているのではと心配するジャンをハボックは引き寄せてその髪にキスを落とす。
「んなことないって。今日はこの後どうするんだ?」
「あ、うん。洗濯したら散歩ついでに買出しに行こうかなって。」
「そっか。じゃあオレも一緒に行くわ。」
ハボックがそう言えば「洗濯してくるね」とハボックの腕からすり抜けるジャンを見送りながらハボックは夕べのロイ
との会話を思い出していた。
『えっ?マスタング?』
『ああ、植木の影から覗いていたのはマスタングだ。』
『アイツ、こっちに来てるんスか。』
驚いたように言うハボックにロイが頷く。
『ジャンを追ってきたんだろう。』
ロイはそう言うと眉を顰めた。
『何を考えてるか知らんが、絶対にジャンはマスタングのところへは帰さないからな。』
『勿論っスよ。』
きっぱりと言いきるロイにハボックは答えた。
『オレ、明日はジャンに一日くっついてますから。』
『そうしてくれ。』
ハボックはジャンが洗濯をしている間、怪しい人影が見えないか調べる為に外へと出て行ったのだった。

「オレがサングラスしたのに。」
「いいんだよ。オレがジャンの目を見ていたいんだから。」
サングラスをしてキャップを被ったハボックにニッと笑われてジャンが照れたように頬を染める。
「やっぱジャン、カワイイなっ」
「もうっ、言う相手が違うだろっ!」
肩を抱いてそう言えばますます紅くなるジャンにハボックは笑った。買い物をするジャンについて、ハボックは行きつけ
の商店街に来ていた。他愛もない会話を交わしながら品物を買っていくジャンについて歩きながらあたりに注意を
払っていたハボックにジャンが言う。
「あ、あの店で黒胡椒買ってこようと思ってたのに忘れた。」
「え?じゃあ戻って――」
「ちょっと買ってくるからハボ、これもって待ってて。」
ジャンはそう言うと抱えていた袋をハボックに押し付けて走っていってしまった。
「えっ、ちょっと待てよっ、ジャンっ!!」
止める暇もあらばこそあっという間に行ってしまうジャンをハボックは慌てて追いかける。
「もうっ、マスタングが来てんだぞっ」
もし力ずくでジャンを連れ戻そうとでもしたら大変だと視線をめぐらせたハボックの視界の中に見覚えのある黒髪が
飛び込んできた。ジャンに近づいていこうとするマスタングにハボックは舌を鳴らすとポケットの中に手を入れる。
「あの野郎っ!」
ポケットの中からバタフライナイフを取り出すとパチンと片手で刃を起こしたハボックは、ジャンに近づこうとする
マスタング目がけてそれを投げつけた。
「うわっっ!!」
狙い違わずマスタングの目と鼻の先を通り抜けて壁に刺さったそれにマスタングが怯んでいる間に、ハボックは急いで
ジャンの側に行くとその腕を取る。
「ハボっ?」
驚いて見つめてくる空色の瞳に微笑んでハボックは言った。
「ちょっと買いたい物があるの、思い出した。」
そう言ってハボックはジャンに有無を言わせずその場から逃げるように走り去ったのだった。

「やっぱり出たのか。」
「ええ、油断も隙もあったもんじゃないっス。」
ハボックからの連絡を受けて午前中で仕事を切り上げて帰ってきたロイは眉間に皺を寄せる。ふと部屋の中を見
回してジャンの姿が見えない事に気がつくと慌てて立ち上がった。
「おい、ジャンはどこだ。」
「えっ?そういえばさっき洗濯物取り入れなくちゃとか言って…。」
その言葉にリビングを飛び出していくロイにハボックも慌てて後を追う。中庭に出る扉から走り出ると両腕に洗濯物
をいっぱいに抱えたジャンがにっこりと笑った。
「あれ?どうしたんスか、2人とも。そんなに慌てて。」
「いや、その、なにか怪しいヤツを見かけなかったか?」
「怪しいヤツ?侵入者っスか?だったらロイ、アンタこんなところにいたらダメでしょうっ!」
狙われるなら大佐であるロイだと決めてかかって表情を険しくしたジャンの背後で地面に這いつくばって近づいてくる
影に向かってロイが指を擦り合わせる。驚いて振り向こうとしたジャンの腕をハボックが乱暴に引いた。
「ジャン、こっちに来るんだっ」
「ハボ?オレじゃなくてロイを――」
「いいから中に入れっ!」
ハボックに家の中に引きずり込まれるジャンを押し込むようにロイが背後からジャンを押す。もつれ合うように家の中に
入った3人は息を弾ませながら互いの顔を見つめあったが、ジャンが怒ったように言った。
「ハボっ、怪しいヤツがいるならオレじゃなくてロイを庇うべきだろうっ!何やってんだよっ!今だって、外、どうなったか
 確認しないとっ!」
「ジャン。」
「ロイ、アンタも!狙われるならアンタしかいないんスから――」
「ジャン。」
静かだが厳しい声にジャンは口を噤む。じっと見つめてくる黒い瞳にハボックは顔を歪めると呟くように言った。
「そりゃオレは部外者だから何も言う資格はないっスけど…っ」
そう言ってバタバタと奥に入っていってしまう背中を見つめてハボックが言う。
「ロイ、ちゃんと言ったほうがいいんじゃないっスか?」
「ジャンをマスタングに会わせたくない。」
「ロイ。」
「絶対に帰したくないんだ。」
呻くように言うロイをハボックは驚いて見つめた。
「だってマスタングのところでジャンが幸せになれるはずないだろうっ!」
「ロイ…」
ハボックはそう言って顔を歪めるロイをぎゅっと抱きしめる。どうすることがジャンにとって一番いいのか、わからない
ままハボックはただロイを抱きしめていたのだった。

「くそう…ロイのヤツ、私を殺す気か?」
あちこちに焼け焦げを作ったマスタングはよろよろと歩きながら呟く。ジャンを追ってこちらの世界にやってきたまで
はよかったが、ジャンに声をかけるどころか近くで顔を見ようとしただけでロイに燃やされるわハボックにナイフを投げ
つけられるわ、もう散々であった。
「ジャン…。」
そう名前を呼べば募るのは愛しさばかりだ。
「まっ、負けるもんかっ!」
マスタングはそう呟くとジャンの瞳色の空を見上げたのだった。

「ジャン?」
こもったきり出てこないジャンの部屋の扉をハボックはノックする。だが返らない返事にため息をつくと声をかけた。
「開けるぞ、ジャン。」
そう言って扉を開けば、もうすっかり日が落ちて暗くなった室内の窓際に置いた椅子に座るジャンの姿が見える。
ハボックは中へ入っていくとジャンの側に立った。
「ジャン、ロイはただお前が心配なんだよ。」
そう言えばジャンがハボックに視線を移す。自分と同じ顔をした男に向けて口を開いた。
「オレ、ここに来ちゃいけなかったかな。」
「ジャン。」
「大佐に疑われて凄く辛くて頭にきて、気がついたらここに来ちゃってたけど、でもオレ、本当はここに来ちゃいけな
 かったのかもしれない。ここはオレの世界じゃないんだから。」
「ジャン、でもそれは――」
「ロイの顔を見てると辛いんだ。」
ハボックはそう言うと視線を窓の外に戻す。
「だっておんなじ顔してるんだもの。でも大佐じゃない。」
「ジャン、お前…。」
「大佐に会いたい、会いたいんだ、ハボ。」
そう言ってハボックを見つめた空色の瞳が優しく笑うのを見て、ハボックは何も言うことが出来なかった。

「今日はロイが非番なんスか?」
「ああ。」
「そんなにオレを一人にするのが心配?」
「そうだ。」
まさかそんなにはっきりとした返事が返ってくるとは思わず、ジャンは目を見開く。フイと目を逸らすと呟くように言った。
「別に危ないことなんてしないっスよ。」
「私が勝手に心配してるだけだ。」
そう言うロイにジャンは困ったように笑う。そうして部屋から出て行こうとするジャンをロイが呼び止めた。
「どこに行くんだ?」
「気分転換に歩いてきます。」
「私も行こう。」
そう言ってついてくるロイにジャンは小さくため息をつくと一緒に家を出たのだった。

当てもなく通りを歩いていけば河沿いの道に出る。ジャンはロイと肩を並べて遊歩道を歩いていった。キラキラと輝く
川面を見ながら歩いていたジャンが急に脚を止めたのにつられてロイも脚を止める。
「ジャン?」
ロイの呼びかけにも答えず川面を見つめるジャンの視線の先には小さなボートがあって。
「たいさ…?」
その声にロイは咄嗟にジャンの腕を掴むと河から離れるようにグイグイと引っ張って歩き出す。
「待って、ロイ。あれ、大佐なんじゃ…。」
「アイツがこんなところにいるわけないだろう。いいから来い。」
「でも、ロイっ」
河を振り向いて留まろうとするジャンに苛々としたロイはボートに向かって指を擦り合わせた。
「うぎゃあっ!」
尻に火をつけられて河に飛び込むその姿を目を丸くして見つめていたジャンは慌ててロイを振り向く。
「なんてことするんスかっ!ちょっと、助けないと…っ」
「ほっとけっ!」
ロイに引き摺られるように河から離れながらジャンは河に飛び込んだ男のことが気になって仕方がなかった。

「ねえ、ハボ。」
夕食を済ませてロイが風呂に入っているその合間にジャンがハボックに声をかける。煙草をふかしていたハボックが
尋ねるようにジャンを見れば躊躇うようにジャンが言った。
「あのさ、もしかして大佐、こっちの世界に来てるんじゃないかな。」
そう言うジャンをハボックはじっと見つめる。
「どうしてそう思うんだ?」
「今日、ロイと川沿いを歩いてたら大佐みたいな人がボートに乗ってんたんだ。確かめようと思ったらロイがいきなり
 火、つけちゃって…。」
よっぽど驚いたのだろう、目を丸くしてそう言うジャンをハボックは見つめて言った。
「もしマスタングだったらどうしたんだ?」
「え?それは…。」
「マスタングのところに帰る?あんなに酷い事されたのに?」
そう聞かれてジャンは目を見開く。黙ったままハボックをじっと見つめていたが1つ瞬くと言った。
「帰りたい。」
「ダメだ。」
ジャンが答えるのに間髪いれず背後から声がする。振り向けば風呂から上がったばかりのロイが立っていた。
「どうして?」
「マスタングはお前を幸せにしない。」
「そんなの、どうしてロイに判るんスか?」
震える声でそう尋ねるジャンにロイが答える。
「お前の話を聞きもせずに疑って責めるような男がどうしてお前のことを幸せに出来るというんだ。」
「でもっ、でもオレは大佐のところに帰りたいんスよっ!」
ジャンがそう叫んだ時。
「ジャン〜〜〜っっ!!」
バンッと扉が開いてマスタングが飛び込んできた。驚いて固まっているジャンをその腕に抱きしめると噛み付くように
口付ける。
「んっ、んんっっ」
思わず押しのけようとするのを赦さず深く深く口付ければジャンの体から力が抜けていく。マスタングに身を預ける
ようにして口付けを交わしているジャンを呆然と見つめていたロイは我に返るとハボックを睨みつけた。
「ハボックっ、お前ッ!!」
「ジャンが望んでるんスよ、ロイ。」
キッパリと言うハボックにロイは息を飲む。
「ジャンに幸せになって欲しいんでしょ?」
そう言われてロイは2人に目を向けた。マスタングの腕の中で幸せそうに目を閉じているジャンの姿にロイはギュッと
唇を噛み締めたのだった。

「今度ジャンを泣かせてみろ、消し炭にしてやるからな。」
「お前に言われなくても泣かせるもんか。」
睨みあう二人のロイにハボックとジャンは苦笑した。ハボックに促されて立ち上がったマスタングはジャンの手を取る。
「帰ろう、私達の世界に。」
そう言えばジャンが嬉しそうに微笑んだ。その表情にプイと目を逸らすロイにジャンが言う。
「ありがとう、ロイ、ハボ。オレ、やっぱりこっちの世界に来てよかったっス。」
そう言って笑えばハボックがジャンをギュッと抱きしめた。
「また何かあったらいつでも来いよ、ジャン。」
「…うん。」
答えてハボックの肩に頬を寄せるジャンをマスタングがベリベリとハボックから引き離す。ジャンを抱きしめて睨みつけ
てくるマスタングにハボックは苦笑した。
「気をつけて、元気でな。」
そう言えばジャンが小さく笑う。そうしてもう一度「ありがとう」と言ってマスタングと共に去っていくジャンを見送って
しまうと、ハボックは最後まで頑なに背を向けていたロイを見た。
「ロイ。」
「バカだ、アイツは。あんな男のどこがいいんだ。」
「ローイ。」
ハボックはロイを呼んでその腕を引くとそっと抱きしめる。薄っすらと涙を浮かべるロイの瞳に唇を寄せるとハボックは
ロイを抱く腕に力を込めたのだった。


2007/11/19


技能五輪その後のロイハボ版で「ハボロイさんちに受けハボを預けたら攻めロイはストーカーだ」って言う話からストーカーロイを書くつもりだったのですが、
もっとおちゃらけた話にするはずがイマイチそういう方向に行きませんでしたーorz 最近どうも最初に思ったのから話の方向がぐぐぐーっっと曲がっていくと
言うか…。イカンですー(しょぼん)