重陽


(……なんだろう、視線を感じる)
 ハボックは食料品店でレタスを選びながら考える。瑞々しい緑のボールを籠に放り込むと、ハボックはレジに並んだ。
「レタスにほうれん草、マッシュルームと人参、葡萄……全部で1350センズね」
「1350センズ……」
 ハボックは尻のポケットから皺の寄った紙幣を取り出し、1000センズ札を選ぶとカウンターに置く。それから小銭入れから残りを払おうと100センズコインを二枚取り出した。
「あれ?小銭ないじゃん」
 もう少し細かい金があったと思ったが思い違いだったらしい。ハボックがコインをしまってもう一枚1000センズ札を取り出そうとすれば、レジの男が言った。
「いいよ、1000センズにマケてあげる」
「え?でも……」
「いいのいいの、今日は特別な日だから」
 ね?とウィンクしてくる男にハボックはよく意味が判らないままに頷く。すると男は手を伸ばしてきてハボックの手を取った。
「その代わり仕事が終わったら一緒に飲みにいかない?」
 男はそう言いながらハボックの腕を撫で上げる。上目遣いに見つめてくる男の視線にゾゾゾと背筋を悪寒に震わせて、ハボックは男の手を振り払った。
「金は払うからッ!」
 ハボックは大声で言うと1000センズ札をカウンターに叩きつけ籠を引っ掴んで店を飛び出す。ハアアとため息をついて男が撫でた腕をゴシゴシとこすった。
「なんなんだよ、一体」
 一応恋人と呼べる相手は男だが、だからといって男全部に興味があるわけではない。ロイ限定だと思いながら通りを歩いていけば可愛らしくも野太い声が後ろから聞こえた。
「ああら、ハボックちゃん!元気だったァ?」
「アンタ……」
 恐る恐る振り向けばそこには以前ある事件で顔見知りになったオカマバーのママが科を作って立っていた。
「うふ、久しぶりねぇ。遊びに来てって言ったのにちっとも来てくれないのね」
 イ・ケ・ズと言葉に合わせてゴツいオカマはハボックの頬を指でツンツンとつつく。ハボックが顔をヒキつらせて答えに詰まっていれば、オカマはハボックの腕に己のそれを絡めて言った。
「でも今日は特別な日だから。ハボックちゃんも来てくれるわよね?」
「や、オレ、忙しいっスから!!じゃあッッ!!」
 ハボックはオカマの腕を振り解きピッと敬礼して一目散に逃げ出す。この後も信号待ちの間に尻を触られたり知らない男から告白されたりと、やたら怖い思いをしながらやっとのことで家に帰りついて、ハボックは駆け込んだリビングでヘナヘナと座り込んだ。そんなハボックにソファーでのんびりと本を読んでいたロイが言った。
「おかえり、やけに疲れてるな。何かあったか?」
「何かって……何かなんてもんじゃねぇっスよ!」
 すっげぇ怖かったんだから、とハボックは外での出来事を話して聞かせる。そうすればロイは顔色一つ変えずに「やっぱりな」と頷いた。
「やっぱり、って、アンタ何か知ってるんスかっ?」
 ハボックは知らん顔で本を広げるロイにズイと顔を寄せる。そうすればロイは鬱陶しそうにハボックの顔を押しやった。
「今日は男色の日だからな」
「男色の日っ?なんスか、それ!」
 聞いたことねぇよ、と喚くハボックにロイが答える。
「今日、九月九日は重陽の節句と言ってな、陽の数が重なるめでたい日なんだ。で、陽の数が重なってるから男色の日、と」
「なにそれ。訳判んねぇんスけど」
 ロイの説明に納得できないと言う顔でハボックが言う。ロイはそんなハボックに肩を竦めて答えた。
「私もよく知らん。だが、まあその手の趣味の男たちにはお祭りみたいな日らしいな」
 そう言うロイをハボックはじっと見つめる。
「アンタ、それ知っててオレが一緒に買い物行かないかって言った時、断ったっスね?」
「だって男二人で歩いてたらいかにもそうですって言ってるみたいだろう?その手の奴らが寄ってきたら嫌じゃないか」
「でも二人でいればむしろ寄ってこないんじゃないっスか?あの二人、デキてるって思えば」
「そうかもしれんし、そうでないかもしれない。何れにせよリスクは犯すべきじゃないからな」
 そう言うロイをハボックは目を細めて見つめた。
「アンタ、オレを見捨てたっスね……?」
「そう言う日だと知らなければ害はないと思ったんだよ」
「オレ、色々怖い思いしたんスけど」
「何事もなかったんだからよかったじゃないか」
 シレッとしてロイが言えばハボックの細めた目が剣呑な光を帯びる。
「オレがどんだけ怖い思いしたか、アンタにも知ってもらおうじゃないっスか……」
「え……?ハ、ハボック……?」
 ゴゴゴと怒りのオーラを燃え上がらせて近づいてくるハボックに、ロイがしまったと思った時はもう既に遅かった。


2011/09/09