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 オレの名はジャクリーン。ここ、イーストシティにある東方司令部でロイ・マスタング大佐の部下をしてる。ほんの一ヶ月前までオレは誰の部下でもなんでもなかった。オレに命令を下すのはオレ以外あり得ないと思っていたし、オレが誰かの為に力を貸したいなんて絶対ないと思ってた。でも、幾つもの偶然が重なって大佐の元に引き取られて、オレは今ここにオレがいるのは偶然なんかじゃなく必然だったに違いないと思い始めている。
 先日も大佐について銀行強盗の立てこもり現場に出た。ホークアイ中尉は先頭に立とうとする大佐に渋い顔をしてやめさせようとしてたけど、なんと言ってもオレがついているのだ。心配なんてする必要ある訳ない。結局その時も大佐が焔を使って炙り出した犯人をオレが自慢の俊足を生かして取り押さえ、事件は短時間で解決を見た。
「ジャクリーン、お前は本当に役に立つな」
 大佐がそう言って笑ってくれる。それだけでオレはこの人の部下になってよかったと心から思えるんだ。
 今日、大佐は朝から会議会議の連続でいささかうんざりした顔をしてる。軍の馬鹿ども相手に実のない会議に出なければならない大佐は気の毒だ。いっそサボっちまえばとオレが思ったのが大佐に通じたのだろう。大佐は会議の合間の休憩時間に廊下に出てくると、オレを見てニヤリと笑った。
「もういい加減うんざりだ。中尉は外出中だし、サボってしまおう。いくぞ、ジャクリーン」
 確かに中尉がいない今こそ抜け出すタイミングだろう。オレは足早に歩き出す大佐に従って廊下を歩いていく。大佐は中庭に続く扉の前に立ったものの、外へは出ずに眉を寄せた。
「流石に今の時期外でサボるのは寒いだろうな」
 今日は大寒、一年でも一番寒い季節だ。幾らオレが大佐にくっついていても寒さを凌ぐのは無理だろう。オレはちょっと考えてから悩む大佐の袖を引いた。
「ん?なんだ?……ああ、あそこがあったな」
 大佐は一瞬キョトンとしたが、すぐにピンときて笑みを浮かべる。オレ達は急いで廊下を歩くと普段行くことのないリネン室へと向かった。辺りに人がいないのを確かめてさっと中へ入る。大佐は棚からシーツを何枚か取り出すとリネン室の一番奥のスペースに腰を下ろし、折ったシーツを枕にして残りのシーツを布団代わりに広げた。
「お前もおいで、ジャクリーン」
 大佐がシーツの端を持ち上げて言う。人が入ってこないよう、入口のところで見張っていた方がいいんじゃないかとも思ったけど、大佐の側にいた方が何かあっても対処出来ると大佐が作った隙間に潜り込んだ。
「うん、これなら寒くなくてゆっくり休めそうだ。ありがとう、ジャクリーン」
 大佐が寄り添うオレにそう言って目を閉じる。疲れていたのか瞬く間に大佐は気持ちよさそうな寝息をたてて寝入ってしまった。暫くの間オレは大佐の寝顔をじっと見つめていたが、大佐が風邪を引いたりしないよう、温もりを分けようとぴったりと大佐に体をつける。そうすれば幸せそうに頬を擦り寄せてくる大佐に心の中がほんわりとあったかくなった。
大好きな大好きな大好きな大佐。これからも大佐の側で大佐を守って大佐の力になろうと、そう思いながらうとうととし始めた時。
「やっぱりここか……大佐、サボってないで起きてくださいよ」
 ガチャリとリネン室の扉が開く音と足音に続いて呆れたような声が上から降ってくる。その声に眠りを邪魔された大佐がうーん、と唸ってその声の主を見上げた。
「ハボック、どうせなら後三十分経ってから見つけてくれないか?」
「アホな事言ってないで、会議に出てください」
「眠い……あと十分」
「大佐」
 大佐はオレに身を擦り寄せてシーツの中に潜り込む。こんなに眠たがってるんだから後十分やそこら寝かせてあげればいいのに、このクソ馬鹿野郎は大佐の腕を掴んで引っ張ろうとしたから。
「大佐ー、起きて……うわッ?!」
 オレはシーツの中から飛び出してハボックの腕に噛みつく。いきなり飛びかかられ噛みつかれて、ハボックは仰天して後ずさりながらオレの顎をグイと掴んだ。
「ジャクリーン!!離せっ、この馬鹿犬ッッ!!」
 厚い軍服の上から噛みついたせいで牙こそ刺さらないものの、バランスを崩してハボックが床に倒れ込む。必死にオレを振り払おうとするハボックの上に圧し掛かればハボックが大佐に助けを求めた。
「大佐っ、何とかしてくださいよッ!!離せっての、ジャクリーン!!」
 狭いスペースでドタバタともみ合うオレ達に大佐が呆れたため息をつく。ゆっくりと立ち上がるとオレに向かって言った。
「ハボックを離せ、ジャクリーン。噛むんじゃない」
言われてオレは渋々とハボックを離す。ハボックはオレの牙で破けた袖をげんなりと見つめて言った。
「もうっ、ソイツ、繋いでおいてくださいって言ったじゃないっスか」
「ジャクリーンはリードが嫌いなんだ。それに普段はちゃんと礼儀正しい良い仔だぞ」
 そう言ってオレの頭を撫でる大佐の手をオレはペロペロと舐める。それを見てハボックが悔しそうに鼻に皺を寄せた。
「オレにはいっつも吠えるし噛みつくし、ちっとも良い仔じゃねぇっスよ」
 当たり前だ。やたらと大佐にくっついてくるお前を簡単に近づけられるものか。
「お前たち、仲悪いな。もう少し何とか出来ないのか?」
「仲良くなんて出来ません」
 ムゥと唇を突き出してハボックが言う。オレだってお前と仲良くするなんてまっぴらごめんだ。
「犬相手に本気になることないだろう?」
 呆れてそう言う大佐にオレが体を擦り寄せればハボックが目を吊り上げた。
「いい加減大佐から離れろ、馬鹿犬ッ」
 オレの名はジャクリーン、誇り高きシェパード、マスタング大佐の部下。目下の任務は大佐の安眠を邪魔するこの駄犬を追い払うこと。
「ガウッ!!ガウガウッッ!!」
 オレは大きく吠えるとハボックの長身めがけて飛びかかった。


2011/01/20