| 六月八日 |
| 「ハボック、今年のロイハボの日はなにをしてくれるんだ?」 執務室にコーヒーを持っていけばそんな事を言い出すロイにハボックは目を丸くする。なにを言ってくれるだろうと期待に瞳を輝かせるロイの様子を見れば、ハボックの肩が知らずがっくりと落ちた。 「なにを期待してるのか知らないっスけど、オレ、六月八日は忙しいっスから」 「忙しい?こんな大切な日になにを忙しいというんだ」 思い切り不満そうなロイにハボックはため息をつく。 「この間書類回したっしょ?新兵集めて大がかりな演習組むって、アンタ、判子押したじゃないっスか」 「そう言えばそんな書類あったような……」 日々大量の決裁書類に忙殺されるロイだ。正直時々意識が朦朧としながらサインしているときがないとはいえない。 「朝から晩まで一日がかりで演習。その後は隊長で集まってその日の反省と個々の隊員の検討。忙しいんスよ、マジで」 「なにも六月八日にやらなくてもいいんじゃないか?」 「書類に承認の判子押したの大佐っしょ」 「う」 押した記憶がないとはいえそう言われてしまえば返す言葉がない。ハボックは忌々しげに眉を顰めるロイを見下ろして言った。 「そんなわけっスから、つまんない期待しないでください。下手すりゃその日は司令部泊まるかもしれないし」 「なんだとっ」 大事な記念日に一緒に過ごせないどころか家にも帰らないかもと言われてロイは椅子を蹴立てて立ち上がる。そのあまりの勢いに一瞬ギョッとしながらも、ハボックはきっぱりと言った。 「今年のロイハボの日はなんもなし!あ、幾ら何でもそれじゃ可哀想だから前の日にケーキくらい作っておいてあげます。八日はそれでも食べてください」 せっかくの日に一人淋しくケーキを食えと言うのかとロイは恨みがましくハボックを見つめたが、ふと思いついて言った。 「雨だったら……雨だったらどうするんだ?」 「え?」 「雨でも予定通り演習をやるのか?」 そう聞かれてハボックは小首を傾げる。書類に記された予定を思い出して答えた。 「いや、今回は新兵の訓練なんで雨天の場合は一週間先に延ばします」 「だったら雨ならお前は逆に暇ということだな?」 「まあ……その日は演習のために他の予定入れてないっスから」 嘘をつくわけにもいかずハボックは渋々と答える。だが、今朝見た週間天気予報では六月八日は晴れ時々曇りだったのをハボックは思い出した。 「でも、その日は晴れって予報っスから」 ハボックは言ってロイを見る。 「ケーキは作りますよ、じゃあ」 「……ああ」 じっと見つめてくる黒曜石から逃げるように、仕事があるからと言ってハボックはそそくさと執務室を後にした。 そして六月八日。 「うそ……晴れって予報だったじゃん」 朝起きて窓を開けたハボックは、しとしとと降りしきる雨を見て目を瞠る。次から次へと絶え間なく降ってくる雨を呆然として見つめていたハボックは、背後から聞こえた声にギクリと身を強張らせた。 「どうやら雨のようだな」 「大佐」 「演習は延期だ。そうだろう?」 「はは……まあ、そうっスね……」 ひきつった笑いを浮かべるハボックにロイは歩み寄る。思わず窓枠から落ちそうなほど後ずさるハボックを、ロイはグイと引き寄せて窓に手を伸ばした。 「せっかくやる気満々だったのに、残念だったな。まぁ、一週間後は今日の分も晴れるだろうさ」 ロイは窓を閉めて言う。顔をひきつらせるハボックを見つめて続けた。 「昨日作ってくれたケーキは司令部に持っていこう。みんなにお祝いのお裾分けをするのもいいな。ああ、中尉は出張中でいないが」 「そっ、そうっスねッ」 こんな大事なときに唯一ロイの暴走を止められる人物の不在が思い出されて、ハボックは泣きたい気分になる。 「さて、ハボック。今日はなにをして過ごそうか」 “なに”と言う言葉のアクセントが微妙に違って聞こえたのは気のせいだろうか。 (なんでオレ、この人のこと好きなんだろ……) ハボックは自分に激しく問いかけながら、長い一日を前にがっくりと肩を落としたのだった。 2011/06/08 |