六月一日


「大佐ッ!この書類に至急サイン───」
「ブッブー!やり直しだ、ハボック」
「へ?」
 バンッとノックもそこそこに執務室の扉を開けると同時にロイに向かって書類を突き出したハボックは、ロイの言葉に目を丸くする。まだ目を通してもいない書類のどこに不備があるというのだと首を傾げるハボックにロイはふんぞり返って言った。
「きちんとノックをして私の返事を待ってから入れ」
「えーっ、いつもそんなこと言わないじゃないっスか!」
 この書類急ぎなんスよ!と喚くハボックにロイはフンと顎を突き出した。
「今日の私は何事もきちんとしたい気分なんだ。何せ今日は私の日だからな!」
 そう言われてハボックは「うー」と唸ったものの仕方なしに執務室の外へ出る。ドンドンッと扉を叩いたがロイの応(いら)えは返ってこず、ハボックは眉を顰めて扉を少し開けた。
「大佐?入ってもいいっスか?」
「ハボック、お前もう少しスマートに扉を叩けんのか?普通ノックは“コンコン”だろう?」
「はあっ?別にノックの音なんてどうでもいいじゃないっスか」
 早くサインと足踏みするハボックをロイはジロリと睨む。
「ハボック」
「……判りましたよッ!」
 ハボックは仕方なしに扉を閉めると出来るだけ優しくノックした。
「入れ」
「……失礼します」
 ハボックは用心して書類をすぐには突き出さずいつになくそろそろと中へ入る。ロイの前に立つと至極丁寧な手つきで書類を出して言った。
「大佐、この書類にサインお願いします」
「うむ」
 ロイは書類を受け取り目を通してサインを認(したた)める。ハボックに書類を返しながら言った。
「やれば出来るじゃないか。いつもこの調子で頼みたいものだな」
「はあ」
 なんで今更と思いつつハボックは曖昧に頷く。途端にジロリと見上げてくる黒曜石にハボックは慌ててピッと敬礼した。
「以後、気をつけます、サー!」
 ハボックは書類を受け取るときびきびとした動作で執務室を出る。扉を閉めると同時にハアアとため息をついた。
「もう、サインくらいさっさとしてくれればいいのに」
 疲れきってがっくりと肩を落とすハボックを見てブレダが言う。
「それくらいならいいじゃねぇか。俺なんて肩凝ってサインが出来なからって肩揉まされたぜ」
「僕はスタミナ切れだってケーキ買いに行かされましたよ!しかもお代は僕持ちで!」
 給料日前なのにとフュリーが嘆けばファルマンが言った。
「ロイの日だかなんだか知りませんが、たまりませんな」
「冗談じゃねぇよ。サイン貰いに行くたびぐちゃぐちゃ言われんの?」
「俺は按摩じゃねぇ」
「ケーキ代返して欲しいです!」
 口々に文句を言うものの流石にそれを直接ロイに言う勇気は誰にもない。誰からともなく一人静かに書類をめくる司令部最強の女性に目をやれば、ホークアイが言った。
「好きにさせたらいいわ」
「えーっ、でも、中尉!」
 ぎゃあぎゃあと苦情を並べ立てる男どもにホークアイが平然として言う。
「どうせ今日一日のことですもの、夢を見させてあげましょう。明日になったら今日の分もみっちり働いて貰えばいいだけのことだし」
 にっこりと最上の笑みを浮かべるホークアイにハボック達がひきつった笑みを浮かべた頃。
「ロイの日とはいい日だなぁ。今日は早めにあがってハボックに旨い飯でも作らせよう。ああ、その前にみんなからお祝いのケーキを一つずつ……」
 明日になればやってくる地獄を知らずに、一人幸せに浸るロイだった。


2011/06/01