八月九日


「おはようっス」
 ふああ、と大きな欠伸をしながらハボックが司令室に入ってくる。涙の滲む目を手の甲で拭って目を開けたハボックは、席についているフュリーを見て開けた目を更に大きく見開いた。
「あ、おはようございます、ハボック少尉」
 そう言うフュリーの元気のいい声は普段と全く変わらない。だが。
「フュリー……その格好、なに?」
「結構よく出来てるでしょう?自信作なんです、これ」
 聞かれてにっこりと笑うフュリーの頭には金色のカツラが載っている。ツンツンと立ち上がったそのてっぺんをなでながらフュリーは続けた。
「この髪の立ち上がり具合が難しかったんですよねぇ。でも、これならハボック少尉の髪型にそっくりでしょう?」
 フュリーが言うとおり、そのツンツンとした髪型はハボックのそれとよく似ている。よく見れば眼鏡を外したその瞳はいつもと違って空色になっていた。
「フュリー、目……」
「ああ、これ、カラーコンタクトなんです」
 やっぱりやるならこれくらいしないと、と笑うフュリーをハボックはまじまじと見つめる。返す言葉が見つからずにいるハボックに背後から声がかかった。
「おう、ハボ。今日は早いな」
「あ、ブレダ!なぁ、フュリーが変なこと───」
 聞こえた声に振り返って訳の判らない現状を訴えようとしたハボックは、ブレダの姿を見て絶句する。赤茶の髪を金色に染めて黒地のピッタリとしたアンダーシャツに拳銃のホルスターをつけたブレダは、煙草を口にしてニヤリと笑った。
「どうよ、やっぱ長い付き合いの俺がやると全然違うだろ?ジャク仕様だぜ」
「うわぁ、ブレダ少尉、とってもお似合いです」
 ピッと親指を立てて見せるブレダにフュリーが楽しそうに言う。友人のあまりの姿に言葉もないハボックがあんぐりと口を開けていれば司令室の扉が開いてファルマンが入ってきた。
「おはようございます。おお、ブレダ少尉、素晴らしい、ジャクリーンですね」
「おう、なんだ、ファルマン。そういうお前さんは背の高さ以外似てるところがないなぁ」
「髪の立て具合もちょっと足りないです」
 新しく会話に加わってきたファルマンも金色に染めた髪を立たせて煙草を咥えている。三者それぞれとは言えどうにも不気味なその格好に、絶句していたハボックが漸く口を開いた。
「ど、どう言うことだよッ、みんな、なんなわけっ?!」
 気色悪いッ!と喚くハボックにブレダが眉を寄せる。
「失礼な奴だな。今日は八月九日だろ?」
「だから?八月九日だとみんな不気味な格好するわけっ?」
「やだなぁ、少尉。“ハボックの日”じゃないですか、忘れちゃったんですか?」
 ニコニコと笑いながら言うフュリーにハボックが目を丸くする。今一つ状況を飲み込めていないらしいハボックにファルマンが言った。
「今日は“ハボックの日”記念でハボック少尉のコスプレ大会があるんです。優勝者には食堂のチケット一年分がプレゼントされるんですよ」
「オレのコスプレぇッ?!」
「聞いてないのか?お前、審査員のはずだぜ」
 おや、という顔で言うブレダにハボックがブンブンと首を振った。
「そんな恐ろしい企画知ってたら絶対止めてたよッ!」
 ハボックはそう怒鳴ると執務室の扉に突進する。これはもう司令部の最高権力者に止めてもらう他ないと、ハボックはバンッと扉を開け放って中に向かって声を張り上げた。
「大佐っ!ちょっとこんなとんでもない企画、やめさせてくださ───」
「なんだ、ハボック、騒がしいな」
 飛び込んだハボックは大振りの机の向こうに座る上司の姿に凍り付いてしまう。少尉の肩章をつけたロイはにっこりと笑って言った。
「どうだ、この髪型。苦労したんだぞ」
「あ、アンタまで……」
 すっかりとハボックのコスプレで身を固めたロイの姿にハボックはがっくりと床にヘタリ込む。そうすれば爽やかな声が聞こえてハボックは項垂れていた顔を上げた。
「ハボック少尉、こんな日はとことん楽しまないと。食堂のチケットがかかっているの、よろしくね」
「中尉……」
 ジャクリーン仕様でバッチリ決めて咥え煙草でにっこりと微笑むホークアイに、もうなにを言う気力もないハボックだった。


2010/08/09