| 八月六日 |
| 「今日は八月六日だ、ハボック」 晩飯の後、ソファーで雑誌を捲っていれば突然大佐がそんな事を言う。 「はあ、そうっスね」 今度はなんなんだろうと時々突拍子もない事を言い出す人を見上げれば、大佐がジロリとオレを見下ろして言った。 「八月六日と言えばハボロイの日だろう」 「ああ、そういやそうっスね。……で?なんスか?ハボロイの日記念でオレの好きにさせてくれるとか?」 そういやそんな語呂合わせもあったなと思いつつそう言えば、大佐が思い切り嫌な顔をする。普段から好き勝手するくせにと顔を赤らめてボソボソと呟いた大佐は、気を取り直して言った。 「年に一度のハボロイの日なんだ。今日は私を思い切り大事にしてサービスしろ」 そんな事を胸張って言う年上の恋人をオレはげんなりと見る。それじゃあオレがいつも大佐を大事にしていないみたいじゃないかと不満を口にするオレに、大佐が言った。 「特別に大事にしろと言ってるんだ、私がいなければハボロイの日なんていうのは有り得ないんだから」 「例えばどんな風に?」 大事にとはどんな事を期待しているんだろうとオレは逆に尋ねてみる。そうすれば大佐が少し考えて言った。 「そうだな……例えば食後に私が好きなデザートを作ってくれるとか」 「出したじゃないっスか、アンタの好きなオレンジのムース。つか、そんなの毎日やってるっしょ?」 今日はあれが食べたいだのこれが食べたいだの、メインの食事よりうるさくリクエストしてくるのは誰なんだ。そう思いながら言えば、大佐が顔を赤らめる。 「そ、それじゃあマッサージとかッ」 「それも毎日してるっス」 「う……それじゃ膝枕―――」 「そんなのしょっちゅうじゃないっスか」 ことごとくオレに返されて大佐が黙り込む。当然と言えば当然か。だってオレは毎日毎日大佐に少しでも喜んで貰おうと努力してるんだから。 「大佐にとっちゃ毎日がハボロイの日みたいなもんっスね」 とオレが言えば大佐が赤い顔で睨んでくる。そのかわいい顔を見ているうちふと浮かんだ事をオレは言った。 「ハボロイの日って事は二人にとって記念日って事っスよね?だったらオレのお願いも一つだけ聞いてくれませんか?」 一つだけと物凄く控えめに要求すれば大佐が長い沈黙の後に頷く。なんだ?と聞いてくる大佐にオレはにっこり笑って言った。 「たまには“好きだ”って言って欲しいんスけど」 照れ屋の大佐は滅多な事ではそんな事言ってくれない。今日がハボロイの日ならこの時くらい言ってくれないかと口にしてみたが、案の定大佐は真っ赤な顔でオレの要求を却下した。 「そんな恥ずかしい事が言えるかッ、馬鹿ッ!」 大佐はそう怒鳴るとドスドスと足音も荒く立ち去ってしまう。 「ホントつれないんだから」 言ってくれるわけはないと思ったものの、心のどこかで期待していたらしい。オレはほんの少しがっかりして閉じた雑誌を広げると読み始めた。 一日の疲れが出たのだろうか、それとも腹が膨れたせいだろうか、なんだか眠たくなってきて自然と瞼が下りてくる。ソファーに座って雑誌を広げたままうとうとしていると、足音を忍ばせて近づいてくる気配があった。それはとても馴染みのある気配だったからオレはゆらゆらとした微睡みに身を預けたままでいる。そうすると近づいてきた気配がソファーのすぐ側で止まったと思うと温もりがオレの顔の近くで感じられた。 「好きだ、ハボック……」 その温もりがそう言った瞬間、オレはパッと目を開ける。そうすれば大佐の白い顔がすぐ目の前にあった。 「ッ!な……ッ、お前ッ、狸寝入りッッ!!」 オレと目があった瞬間大佐がパッと飛びすさる。オレは咄嗟に手を伸ばして大佐が逃げる前にその細い手首を掴んだ。 「狸寝入りじゃねぇっスよ。大佐の声で目が覚めたんス」 「どっちでもいいッ!離せッッ!」 真っ赤な顔でギャアギャアと喚いて大佐が逃げようとするのをグイと引き寄せる。オレは大佐の黒い瞳を覗き込んで言った。 「ねぇ、今のもう一度言って?」 「やっぱり狸寝入りじゃないかッ」 「違いますって。今度はちゃんと起きてるから、ね、大佐」 もう一度、と耳元で囁けば大佐の体がビクリと震える。 素直じゃない人をソファーに押し倒して甘い言葉を強る。こんな風に過ごせるからやっぱり記念日って言うのは捨てたもんじゃない。 2010/08/06 |