素直になれなくて  後編


 夕闇の街を足早に通り抜ける。何もかもが鬱陶しくて、どこかに捨ててしまいたいのにどこに捨てていいのかわからない。どうしてか霞む目をムリに見開いて人ごみの中をすり抜けようとした時、向かいから来た男に思い切りぶつかってしまった。
「どこ見て歩いてんだよっ」
 男は凄んでこちらを睨んできたが、私の顔をみて僅かに目を瞠ると次の瞬間、にっと笑った。
「どうしたの?涙なんて浮かべちゃって。俺が慰めてやろうか」
 そう言ってぐいと腕を掴む。涙?誰が泣いているって言うんだ。図々しく腕を掴む相手を睨みつけて、いっその事、燃やしてやろうかと思ったとき。後ろから伸びてきた手が男から私を引き離した。
「オレの連れなんだけど」
 ハボックはそう言うとその大きな背の影に私を庇う。男はちっと舌打ちすると踵を返して逃げていった。男の背を見送ったハボックはこちらを振り向くと、その空色の瞳に怒りを載せて見下ろしてきた。怒ってる、と思ったが、霞む目で必死に睨みつければハボックは私の手を引いて歩き出した。痛いほどに手を引かれて家まで戻ってくるとハボックはリビングのソファーに私を座らせた。
「待ってって言ったの、聞こえてたのに無視したでしょう」
「き、聞こえなかったっ」
 目を逸らしてそう言えば、ハボックが小さくため息をつくのが聞こえた。怒ってる、怒って呆れてるんだと思ったら、なぜだかまた目の前が霞んできた。その時、ハボックの指が私の顎を掴んでハボックの方を向かせる。
「怒ってませんよ、もう。怒っても、呆れてもいません。ちょっと心配しただけ」
 そういうハボックを目を見開いて見つめた。いやだ、もう。まるで私の心を覗いた様に言い当てるのをやめてくれ。
「泣かないで、たいさ」
 泣く?誰が?誰も泣いてなんて。
「気づいてないんスか?」
 ハボックが呆れたように言って頬に手を伸ばしてくる。その指が頬を流れる滴を拭うのを、不思議に思って見つめた。
 涙?どうして涙なんて出るんだろう。悲しいわけでもないのに。
「悲しくなくても涙が出る時ってあるんスよ」
 そう言って優しく抱きしめてくる腕が切なくて。キスしてほしいと思った瞬間、ハボックの唇が下りてきた。
「ん…」
 唇が離れて、驚いて見上げる自分にハボックが笑った。
「どうして、って顔をしてる」
 だって、キスしてほしいなんて言ってないのに。
「アンタのここ」
 ハボックはそう言って指を伸ばしてきた。触れる瞬間に咄嗟に目を閉じればハボックの指が目蓋に触れた。
「すっごいおしゃべり」
 おしゃべり?どういうことだ?
「アンタのここはなかなか思った事を教えてくれないけど」
 と、ハボックの指が唇に触れる。
「でも、こっちはすごいおしゃべりっスよ」
 そう言ってハボックは目蓋に口付けた。おしゃべりだなんて、そんなことあるわけない。
「そんなことあるわけないって思ってるでしょ」
 目を瞠る私にハボックはくくくと笑った。
「アンタってホントわかりやす過ぎ」
 呆然と見上げる私をぎゅっと抱きしめてハボックは囁いた。
「アンタの目みれば、何考えてんのかわかりますよ。水に映った景色みたいに、綺麗な黒い瞳にゆらゆらとアンタが思ってることが映って…。それ見てるとすげぇドキドキするって知ってました?」
 ハボックの大きな手が頬を挟みこんで私の目を覗き込んでくる。
「オレにだけ話しかけてくるって。嬉しくてドキドキするんスよ?」
 そう言うとハボックは額を私のそれにつけた。
「オレが一番最初に好きだって言ったときも、すげぇ嬉しそうに笑ったでしょ」
「うそっ」
 思わずそう叫んで、慌てて口をつぐんだ。ハボックは一瞬目を瞠ったがまたくすくすと笑う。
「もしかして、無意識?アンタ、ホントに可愛い」
 そう言って口付けて来るハボックを押しやろうと手を伸ばした。だがいつの間にかその手はハボックのシャツを縋る様に握り締めてしまう。忍び込んでくる舌に私の舌を絡めて、深く唇を交わして。くったりとハボックの胸に寄りかかった私をハボックは抱え上げるとリビングを出て2階へと上がっていく。
「ハ、ハボックっ」
「だってあそこじゃ狭いし」
「おろせっ」
 そう叫んで暴れる自分を見下ろしてハボックは笑った。
「嘘はダメっスよ。すぐバレんだから」
 瞳を覗きこまれて真っ赤になって目を逸らした。何言ってるんだ、バカっ!
 あっという間にベッドに下ろされるとハボックが覆いかぶさってきた。その広い胸に包まれてホッと息をつき、慌てて首を振る。大きな手に瞬く間に衣服を剥ぎ取られ、どうしていいか判らずに腕で顔を覆った。
「ダメ。ちゃんと目、見せて」
 腕を解かれて嫌々と首をふる。ハボックは私の顔の両脇に腕を押さえつけると、真上から見つめて囁いた。
「好きです、たいさ…」
 そう言って見つめてくる瞳はとても綺麗で。どうしてお前はいつもそう、まっすぐでいられるんだろう。
「好きっスよ、誰よりも…」
 そう告げてくるハボックをどう思っているかなんて、そんなの、もうとっくに判ってたけど。でも、そんな風に告げられないから。ハボックを見上げる瞳から涙が零れた。
「いいんスよ。ちゃんと伝わってますから」
 ハボックはそう言うと唇で涙を拭う。その唇が頬を辿り首筋を廻って下りていった。時折強く吸い上げられて、痛みとも快感とも判らぬものが体を駆け抜ける。びくびくと震える体の胸の頂にハボックの唇がたどり着いた。ぐりっと舌先で潰すように舐められて思わず悲鳴が零れた。
「い、やっ…ハボっ」
「たいさ…かわいい…」
 ハボックに舌先と指で乳首をこね回されてじんと快感が体を駆け巡っていく。
「あ…んっ…あふ…」
 自分でも信じられないような甘ったるい声が出て、思わず唇を噛み締めた。ハボックとこういう関係になって初めてそんなところを弄られて感じるのだと知った。感じてそれが熱になって中心に溜まっていく。どうにも堪らなくて私に覆いかぶさる相手にしがみ付き、ハボックがまだきちんと服を着たままなのに気づいた。私はもう何一つ身にまとってはいないのに、ハボックはまだ乱れてもいないなんて。恥ずかしさに頭に血が上って思わずハボックの髪を引っ張った。
「たいさ?」
 私の胸から顔を上げたハボックが不思議そうに瞳を見つめてくる。真っ赤になって睨みつければハボックは「ああ、そうか」と呟いて、慌てて服を脱ぎ捨てた。そうして改めて覆いかぶさってくる体を受け止めて深く口付けを交わす。ハボックは舌を絡めながら手を滑らせると、熱を持って立ち上がっている中心を握り締めた。
「ああっ」
 きゅっと握られて思わず悲鳴が零れる。大きな手に上下に擦りあげられて、あまりに気持ちよくてあっという間に熱を吐き出してしまった。
「あああああっ」
 達して尚、ぞくぞくする快感が駆け上ってくる。
「ハボ…ハボっ」
 そう名前を呼べば、ハボックが判っているというように頬にキスを落とした。ぐいと脚を抱え上げられて、濡れた感触が奥まった部分に触れる。
「んっ…くぅ…」
 漏れそうになる声を必死に抑えて、ハボックにされるままに身を任せた。つぷ、とハボックの長い指が差し込まれる。柔らかい襞をかき分けて入ってくるそれに、無意識に体に力が入った。
「たいさ…そんなに締め付けちゃ、解せないっスよ…?」
 笑いを含んだ声がそう言っても、どうすることも出来ない。すると、ハボックがもう一方の手で中心を扱いてきた。
「あっ」
 びくっと震える体から力が抜けて、ハボックは沈める指を増やすとぐちぐちと蕾をかき回した。
「あんっ…あっ…ああんっ」
 恥ずかしくて仕方ないのに、なんでこんな甘ったるい声が出るんだろう。やめて。どうしたらこの声を止められるんだ。
「恥ずかしがらなくていいんスよ…」
 囁いてくる声に瞳を上げればハボックが優しく見下ろしていた。
「だって、アンタに感じて欲しくてやってるんですから」
 そう言うと、ハボックは埋めた指を引き抜いた。衝撃に熱い吐息が唇から零れてしまう。ハボックは私の両脚を高く抱え上げると熱く滾るものを押し当て来た。
「挿れますよ…」
 次に来る衝撃を予想して、思わず体が強張ってしまう。ぬちっと割り開く音がしてハボック自身がゆっくりと押し入ってきた。
「ん…く…」
 歯を食いしばって耐えようとする私にハボックが口付けて来る。歯列を割って入ってくる舌が口中を舐めまわし、縮こまる私の舌を絡め取ってきつく吸い上げた。必死にそれに答えているうちに、ハボックは自身をすっかり埋めてしまっていた。
「アンタの中…すげぇ熱くて気持ちイイ…」
 恥ずかしい事を平気で口にするから思わず睨みつけると、ハボックは照れたように笑った。
「アンタは…?キモチいい?」
 ストレートにそう聞かれて、答えられるわけもなく、瞳を伏せる。ハボックは嬉しそうに笑うと「良かった」と呟いた。
「悦いなんて、言ってないっ」
 慌ててそう言ったけど、聞く耳なんて持ちやしない。ハボックは微かに笑うとゆっくりと抽送を始めた。
「あっ…あんっ…あはあ…」
 ゆったりとした動きがだんだんと激しくなりガンガンと突き上げてくる。繋がった部分から快感が波のように押し寄せてあられもなく声を上げるのを止められない。
「あんっ…あっ…ハボっ…ハボっ」
「たいさ…カワイイ…っ」
 ぐんっと奥まった所を突かれて脳天を快感がつき抜け、気がついたときには熱を放っていた。だが、その余韻を味わう暇もなく、イッたばかりの感じる部分を乱暴に擦り上げられる。悲鳴交じりの嬌声が唇から零れて必死にハボックに縋りついた。全身が性感帯になってしまったようで、ハボックに与えられる快感しか判らない。ハボックと繋がる部分がお互いの腹で擦られる自身が、ハボックの指が掴む部分が、シーツに擦られる肌が、何もかもがよくて悦くて気が狂いそうだ。気がつけば何度も熱を吐き出さされて、それでもまだ強請るようにハボックに縋りつくのを止められなかった。
「たいさっ…すき…っ」
 乱暴に突き上げながらハボックが歯を食いしばって囁く。一際奥を突き上げられて凄まじい快感が突き抜けたと思うと体の中を内側から焼かれていった。ハボックの背に腕を回してぎゅっと抱きついた私の口から無意識に言葉が零れ落ちて。
「ハボ…すき…」
 目の前の空色が大きく見開かれたと思うと噛み付くように口付けられた。

 気がついたときには体を綺麗に清められてハボックの腕に抱かれていた。どこよりも落ち着くその場所で、ホッと息をつくとハボックの胸に頭を擦り寄せ瞳を閉じる。頭の上で微かに笑う気配に瞳を上げれば、空色の瞳が優しくみつめていた。
「ね、たいさ、さっきの、もう一回言って?」
 突然そんな事を言うからきょとんとして見つめると、ハボックは残念そうにため息をついた。
「ちぇー、無意識かぁ」
 訳がわからなくてハボックを見つめる自分に、しかしハボックは微笑んで。
「でも、無意識って事は本音っスよね」
 何を言っているんだ、コイツは。
「また次の時も言ってもらおう」
 だらしなくにまにまと笑うハボックを気味悪げに見つめれば、ハボックは嬉しそうに笑う。
「好きっスよ」
 またいつものように囁くから。
 なんだか安心して、ハボックの胸に顔を寄せると瞳を閉じた。


2006/11/30


素直になれないロイのお話でした。目は口ほどに物を言い、っていうのを書きたかったのですが、ロイがただ鬱陶しいだけな感じに…。うーむ。精進しますー。