| 空の青、海の青 |
| 「大佐!早く、早く!」 海に向かって走っていくハボックの姿を見ながらしょうがないヤツだと笑みが零れた。途中で軍靴を脱ぎ捨てると裾を捲くってジャバジャバと海の中へ入っていく。アイツの後ろにふさふさした尻尾が見える様に思ったのは決して気のせいではないと思う。大体、車どころか護衛対象の私まで放って遊び呆けていてもいいのかと言いたい所だがまぁ、アイツの危険に対する野生の勘は信頼が置けるので、アイツがああやっているという事は取り合えず危険はないということなのだろう。 出張の帰り道、車窓から見えた青い海に思わず車を止めた。海を見るのは初めてだというハボックは車を止めるか止めないうちに車から飛び出して海に向かって駆け出していた。私もこんなに近くで海を見るのは初めてだ。 ふわふわと所々に綿のような雲が浮ぶ空の色を映し出して蒼く染まる海は穏やかだ。真っ白な砂浜に波が寄せては返している。 「大佐!」 ハボックがバシャバシャと波を蹴立ててこちらへやってきた。 「大佐も靴脱いで。気持ちいいっスよ」 満面の笑みを浮かべて言う。靴を脱ごうとしない私に焦れていきなり脚を持ち上げると脱がしにかかった。 「おいっ!」 バランスを崩して倒れそうになり思わずハボックにしがみ付く。あっという間に靴を取り去ると波の来ない場所まで放り投げた。そのまま私の手を引いて波打ち際まで歩いていった。足元に波が打ち寄せてくる。多少冷たいが我慢できないほどではない。波が引いていくとき足元の砂も一緒に持ち去っていく感触になんだか心もとなくなって無意識にハボックの腕に縋りついていた。そんな私に柔らかく微笑む気配を感じてハボックを振り仰ぐ。優しく微笑むハボックと目が合って知らず頬に熱が上がった。照れくさくてそっと手を離すと視線を逸らして足元の波を見つめる。ハボックはそんな私から離れると空へ向かって腕を突き出してうんと伸びをした。 「潮風って気持ちいいっスね」 そう言って屈託なく笑う。空と同じ色の瞳で。ああ、この瞳が好きなんだとぼんやりと思っていると。 突然ハボックが手を伸ばしてくると私の体をかき抱いた。瞬間バランスを崩してハボックもろとも砂浜に倒れこむ。 「う、わっ!」 バシャンと派手な水音が上がって寄せてきた波の中へ尻餅をついてしまった。 「お前…っ、何して…っ」 「アンタが悪いんです」 「何言って―――」 「そんな目してオレのこと見るから」 堪らなくなる、とぎゅっと抱きしめられた。かあっと頭に血が上ったがハボックを振りほどくことが出来ず逆にそっとその背に手を回した。そのまま波の打ち寄せる浜に暫く座り込んでいたがハボックがゆっくり立ち上がると手を差し出してくるのに黙って腕を引かれて立ち上がった。私の手を引いたままざぶざぶと海の中へ入っていく。 「おい」 「いいじゃないっスか。もう濡れちゃったんだし」 「入水自殺かと思われるぞ」 顔を顰めてそう言えばくすくすと笑う気配がする。それでもハボックに引かれるまま胸の辺りまで海に浸かってしまった。 軍服が濡れて異様に重い。転んだら溺れそうだといささか不安にかられていると突然立ち止まったハボックに抱きしめられて口付けを落とされていた。 「んっ…」 貪るように何度も何度も口付けられて、ここがどこかもわからなくなっていく。微かに目を開いた先に映るのは欲望を湛えた深い海の色の瞳。心も体も海に絡め取られて身動きが取れない。縋りつく腕だけが確かなものとしてそこにあった。 「どうするんだ、これ」 暫くして浜に上がってくると海水を吸ってずっしりと重たくなった軍服を差してハボックを睨んだ。 「えーと、まぁ、取り合えずこれにでも着替えて…」 ハボックが車の中のカバンからシャツとズボンを取り出す。 「塩水でべたべたして気持ち悪い…」 服を受け取りながらぶつぶつと文句を言うと困ったような顔をして頭を掻いた。 「宿探します…」 気がつけば青かった空は赤みを帯びて来ている。本来ならとっくにイーストシティに帰りついていたはずなのにどうにももう一泊しなくてはならなくなりそうだ。 「中尉への言い訳はお前がしろよ」 と言えばうへぇと言う顔をして見せた。 2人してずぶ濡れのの軍服を脱ぎ捨てて服を着替える。冷えてきた空気の中車に乗り込むと砂浜を後にした。 暫く走って海沿いに小さな宿を見つけた。車を寄せて中へ入るとハボックがカウンターの中の主人に声をかけた。鍵を受け取って2階の部屋へと向かう。こじんまりしただが落ち着いた感じの部屋に入ると、ハボックが湯船に湯を張ろうとするのを制して 「シャワーでいい、ベタベタして気持ち悪くて堪らん」 そう言ってさっさとバスルームへ向かった。ハボックが呆れたため息をつくのでその腕を取って 「一緒に浴びるか?」 と下から顔を覗き込んで言えば 「遠慮シマス…」 と真っ赤になって目を逸らした。 シャワーを浴びてさっぱりして出てくると交代でハボックがバスルームへ消えていった。 窓辺に佇んで暗く沈む海を見る。満月に近い月が波間に銀色の滴を振りまいているのが見えた。そのままぼんやりと見続けていると浴室からでてきたハボックが近寄ってきて後ろからそっと抱きしめてきた。 「食事、どうします?外に行きますか、それともルームサービスで済ませます?」 「今から出かけるのはめんどくさい」 その答えにくすりと笑って備え付けの電話を取り上げながら「なんでもいいでしょ?」と聞くので頷くとフロントと二言三言話して注文していた。少しして届いた食事で簡単に腹ごしらえを済ませ、食後のコーヒーを飲みながらのんびりと寛ぐ。思いもかけず手に入れた自由な時間は思いのほか気持ちよくて自然と笑みが零れた。思いつくままに交わす会話に心が満たされていく。いつの間にかうとうとと舟を漕いでいた私をハボックがそっと抱え上げてベッドへと運んでくれた。さらりとしたシーツの感触に意識が浮上して目を開ければ空色の瞳が自分を見下ろしていた。腕を伸ばして引き寄せる。 「大佐…」 優しく抱きこまれてほっと息が漏れた。ベッドに横になっているとなぜかふわふわと漂う感覚に包まれた。 「波に揺られているみたいだ」 と言えば 「昼間海で波に揺られた感覚が残ってるんスかね」 と答えが返る。 ゆらゆらと。 ハボックの腕に包まれて夢と現のはざまの海を漂いながら幸福な夢に身を委ねた。 2006/5/31 |
ロイたちが海を見たことがないかはよく判らないのですが。色のあるお話が書けたらいいなぁといつも思いながら書いております。 |