白詰草   後編


「ヒューズ!」
 ロビーで待つヒューズのもとへ小走りに近づいていくロイを見てハボックはちくりと胸が痛んだ。自分といる時は堅かった表情が自然に解けて笑うロイを見るのは辛かった。一体いつになったらこの状況から抜け出せるのだろう。ハボックはぼんやりとレストランに向かうロイたちの後について行った。
「おい、何にするんだ、ワンコ?」
 突然そう言われて、ハボックは自分が既にレストランのテーブルについている事に気がつく。
「あ…えと、大佐と同じもんで…」
 呟くようにそう言うハボックにヒューズは眉を顰めた。それでもなるべく明るく振舞うと、沈みがちな食卓を盛り上げようと喋り続ける。そうこうする内に食事を終えて3人は席を立った。部屋に戻ると、ロイは疲れた様子ですぐに寝室へと引き上げてしまう。後に残ったヒューズはしょんぼりと元気のないハボックを見てため息をついた。
「おい、大丈夫か?」
 ヒューズに聞かれてハボックは答えた。
「食事、一緒にして頂いて有難うございました。中佐が来てくれたおかげで大佐もリラックスして食べられたみたいです」
 そう言って小さく笑うハボックが痛々しくて、ヒューズは眉を顰めた。それからハボックの頬に手を伸ばすとそっと触れた。
「ジャン」
 呼ばれてハボックの空色の瞳がヒューズを見つめる。
「俺の前では無理しなくていいんだぞ」
 そう言って優しく頬を撫でるヒューズにハボックの顔が歪んだ。
「ジャン、って呼ぶんスね、オレのこと。ガキの時以来っスよ、親以外にそんな風に呼ばれたの」
「ま、弟みたいなもんだからな」
「へへ…、中佐みたいな兄貴いたら大変っスよ」
「どういう意味だ、そりゃ」
「どういうってそりゃあ…」
 優しく見つめてくるヒューズの視線に耐え切れなくなったようにハボックが目を逸らす。その空色の瞳に水の膜が盛り上がるのを見て、ヒューズがハボックを呼んだ。
「ジャン…」
「…すんません、オレ…っ」
 ヒューズの視線から顔を隠すように片手で顔を覆うハボックの頭をヒューズは抱き寄せる。
「言ったろ、俺の前では無理しなくていいって」
「ちゅうさ…っ」
 ぽろぽろと涙を流すハボックを抱きしめて、ヒューズは優しくハボックの背をなで続けた。

 ヒューズが帰った後、ハボックは静かにロイの眠る部屋へと入ってきた。穏やかな寝息を立てて眠るロイの枕元に腰をかける。ハボックはしばらくロイの顔を見つめていたが、つと、その唇にキスを落とした。柔らかいその感触は以前と変わらないのに、その唇が自分を呼ばないことがハボックを酷く傷つけた。ハボックは眠るロイに更に深く口づけていく。その時、ロイの睫が震えて、ロイはゆっくりと目を開いた。目の前にあるハボックの顔をぼんやりと見つめた次の瞬間、重なる唇に気づいて、ロイは思わずハボックを突き飛ばしていた。
「――っっ」
 突き飛ばされたハボックが食い入るように自分を見つめてくるのにロイは思わずベッドの上をずり上がった。そのロイの肩をハボックが押さえつける。
「離せっ!」
「なんでオレのこと…っ」
 ハボックはもがくロイの体を押さえつけて叫んだ。
「中佐や中尉のことは覚えてるのに、なんでオレのことは忘れちまったんスかっ?!」
 血を吐くような叫びにロイは驚いてハボックを見つめる。
「なんで…っ?!アンタにとってオレの存在ってそんなもんだったってことっスか?!」
「ぁ…」
「こんなに好きなのにっっ!!」
 噛み付くように口付けられてロイは息が止まりそうになった。ハボックの舌が口中を弄り、怯えて縮こまる舌を絡め取られて強く吸い上げられる。ハボックの手が乱暴にシャツを引きむしりロイの体を弄っていった。乳首を強く捏ねられてロイの唇から悲鳴が上がる。ハボックの唇が何度も強く肌を吸い上げ、そのたびにロイの体を甘いものが駆け抜けていった。
「あっああっ」
「たいさっ…オレのこと思い出してよ…っ」
 ハボックの手がロイの下肢を包む布を剥ぎ取り、その中心をぎゅっと握り締めた。
「ひあっ」
 ハボックの唇が下りてきてロイの中心を熱い口内へと迎え入れる。じゅるじゅると擦り上げられてロイはふるふると首を振った。
「あ、あ…はあっ…」
 ハボックの髪を掴み背を仰け反らせてロイはびくびくと震えた。何度目かに強く吸い上げられた時、ロイは熱を放ってしまう。荒い息を吐くロイに口づけてハボックは囁いた。
「たいさ…すき…だいすき…」
 そうしてロイの脚を大きく開かせると、その奥まった蕾へ舌を這わせていく。ぴちゃぴちゃと濡れる音と襞を這い回る熱い舌先にロイの中心に再び熱が籠っていく。ハボックは顔を上げるとロイの脚を抱え上げ、滾る自身を蕾へと押し当てた。ぐっと押し入ってくる熱い塊りにロイはシーツを握り締めた。
「あああああっっ」
 ずんと、一気に突き上げられてロイの唇から悲鳴が上がる。ハボックはロイを突き上げながらロイに口付けを落とした。
「たいさ…たいさ…」
 何度も何度も呼び続けて、ハボックはロイの体を余す所なく触れていく。呼ぶ声にロイは引き瞑っていた瞳をゆっくりと開いた。ハボックの手が肌を滑り、ハボックの唇が熱を灯していく。翻弄されながらもロイは、この激しさを知っていると思った。自分を呼ぶこの声も、熱く見つめてくる空色の瞳も、自分を溶かすこの熱も、自分は知っている。ロイはゆっくりとハボックの背に手を回すとぎゅっとしがみ付いた。
「ハボ…」
 無意識にそう呟いた途端激しく揺さぶられて悲鳴が零れる。強く突き上げられて、脳天を突き抜ける快感にロイは熱を迸らせた。
「あっあ、んんっ」
 繋がった部分から再び快感が駆け抜けてロイはハボックの背をかき抱く。自分を見下ろす空色の瞳を見返してロイはハボックの頭を引き寄せると口づけていった。自分の中に埋め込まれたハボック自身がぐぐっと嵩を増すのを感じてロイの唇から熱い吐息が零れる。
「たいさ…すき…」
 ハボックが囁く声にロイの瞳からぽろりと涙が零れた。ハボックの声と自分を溶かす熱がロイの体に染み込んでいく。
 ロイはハボックの想いが体の最奥へ放たれるのを感じながら、熱を迸らせていた。

 自分の気持ちを抑えきれぬままロイを抱いてしまったハボックは、意識を失ってぐったりとベッドに沈み込むロイを抱きしめて深いため息をついた。自分への気持ちを忘れてしまったロイにこんなことをするなんて、絶対に許してはもらえないだろうと今更ながらに自分を責めてみる。その時、ロイが微かに声を漏らしてゆっくりと目を開いた。
「あ、あの…」
 口ごもるハボックをロイの黒い瞳が不思議そうに見つめた。
「ハボック…?」
「あのっ、オレ…」
「どうかしたのか、ヘンなヤツだな。」
 ロイはくすりと笑うとハボックの目元に口付ける。そんなロイにハボックは目を見開いた。
「え…あの…オレのこと、わかるんスか?」
 そういうハボックにロイは眉を顰めた。
「何を言ってるんだ、ジャン・ハボック。寝ぼけてるのか?」
 心底不思議そうにハボックを見つめるロイにハボックの瞳に見る見るうちに涙が盛り上がった。ぎゅっとロイを抱きしめるとその耳元で囁いた。
「よかった…っ、本当によか…っ」
 ぼろぼろと泣きながら抱きついてくるハボックを、訳がわからぬままロイはぎゅっと抱き返した。

「全く、お前はっ、心配かけやがって…っ」
 朝早い時間ではあったが、ハボックからの連絡を受けてすっ飛んできたヒューズが、ロイに向かって言う。ロイは小首を傾げると困ったように笑った。
「そんな事言われても、全く覚えてないんだがな」
「人騒がせなヤツめ」
 そう言いながらもヒューズの目は安心したように和らいでいる。
「後でちゃんと診察受けろよ」
「ああ、そうするつもりだ」
 ヒューズはロイの後ろに立つハボックを見るとにっこり笑って言った。
「よかったな、ジャン」
「はい…」
 その二人のやり取りにロイの眉がぴくりと動く。
「ちょっと待て。ヒューズ、お前今、ハボックのことを何て呼んだ?」
「んあ?ジャン、だけど?」
「…なんでお前がハボックのことをジャンなんて呼ぶんだ?!」
 ロイはテーブルに手をつくと向かい合って座るヒューズの方へずいと顔を寄せる。
「そりゃあ、お前、オレとジャンの仲だからなぁ」
に やにやと笑って言うヒューズにロイの拳が飛んだ。
「おっと…危ねぇなあ。ジャン、何とか言ってやれよ」
「なんとかって…」
 キッと睨まれてハボックは慌てて手を振る。
「別になんでもないっスよ」
「じゃあ、なんでジャンなんて呼ばせてるんだっ?」
「呼ばせてるって…中佐が勝手にそう呼んでるだけで…」
「なんだよ、冷てえなぁ、ジャン。オレの胸で泣いただろ」
「な…っ!」
「ちょっと、中佐!誤解するようなこと言わんでくださいよっ」
「誤解じゃないだろ、俺の胸に縋って泣くジャンを優しく抱きしめてだな…」
 そこまで聞いた所でロイがポケットから発火布を取り出し、その手に嵌めた。慌ててハボックがロイのその手を掴む。
「たいさっ!マジ、落ち着いて!なんもないスから…」
「だったら私にもジャンと呼ばせろ」
「え…?ええ〜っっ!?」
「そして、私のことはロイと呼べ」
「な、なに言ってるんスか、アンタ…っ」
「出来ないのか?ヒューズには呼ばせてるくせにっ!」
「いや、だからそれは…」
 いつまでも可愛らしいことでもめる二人を見つめて。
 ヒューズは安心したように大声で笑った。



2006/9/20


ロイの記憶喪失ネタでございます。好きな人に忘れられちゃったらすごいショックだろうなぁと。しかも、自分だけ。ヒューズはハボにとっていいお兄さんでいて欲しいなぁという願望がバレバレな話になってしまいました。ハボのことを「ジャン」と呼ばせてロイをヤキモキさせたいです(笑)ちなみにタイトルにした白詰草の花言葉な「私を忘れないで。私を思い出してください。」なんですって。