| 日常坐臥 |
| 「ちょっと、大佐、そこにいたら暗いです」 銃の分解掃除をしているハボックの手元を覗き込むロイにハボックは文句を言った。ロイはちょっとムッと唇をへの字にしたもののハボックと明かりの間から体を引く。さっきから一心不乱に銃の手入れをするハボックはロイの方をちらりと見ると再び手元に視線を戻した。その手は一瞬の淀みもなく細かい部品を外し、一つ一つ丁寧に掃除していく。 「お前、意外と器用だな」 とロイが言えば 「意外は余計です」 とハボックが返す。 「そんなに根つめて嫌にならないか?」 「根なんてつめてないっスよ」 「でもさっきからずっと休んでないだろう」 「こういうのは一気にやった方がいいんです」 「そういうもんか?」 「そういうもんです」 ハボックはロイの質問に答えてはぁーっとため息をつく。 「大佐、少し静かにしててもらえませんかね。気が散ってしょうがないんスけど」 視線を上げてロイの顔を見れば、ロイは物凄く不満そうな顔をした。 (要するに暇なんだな) 監視役の中尉は所用で出かけている。これ幸いと仕事をほったらかしにして、しかし今日は昼寝をしに雲隠れする訳でもなく、ハボックにちょっかい出してきているのだ。 (こういう時こそ昼寝でもしに行ってくれたらいいのに) ロイはハボックが黙ったのをいいことにまたハボックの手元を覗き込んでいる。大体自分だって銃くらい扱うのだから今更分解掃除が珍しいとも思えない。それをわざわざこうしてやってくるのだから、それは偏にハボックにかまってほしいだけなのだ。ハボックがため息をついて銃を机の上に置くのを見てロイもハボックの方に圧し掛かってくるのをやめて、ハボックの隣の椅子に腰掛けなおした。 「コーヒーが飲みたい」 「アンタね…」 思わずハボックはこめかみを押さえた。本当ならこちらの方こそコーヒーを淹れてほしいくらいなのに。 でも、そんな常識、この黒髪の上司に通じるわけもなく。 「触んないでくださいね」 ハボックは分解途中の銃をそのままに給湯室に向かった。 給湯室でこぽこぽとコーヒーを淹れながらハボックはため息をついた。 (どうしてオレってこう、あの人に甘いかな…) 少しは厳しくしないとと思いつつ、あの猫のような人に擦り寄られるとつい甘やかしてしまう。 (こういうの惚れた弱みっていうんだろうな) ため息と共にコーヒーを注ぎいれてカップを持って司令部に戻った。 ハボックが司令部の扉を開けると、机の下に潜り込んでいるロイと視線があった。 「…何やってるんスか、アンタ」 そう問いながら机の上を見るときちんと置いたはずの銃が机の端から落ちんばかりになっていた。 「ああっ!触んないでって言ったのに!!」 「椅子から立とうと思ったら机に当たったんだ!」 ハボックの剣幕にロイが慌てて言い訳する。 「部品、落としたんスか?!」 「一個足りないんだ」 そう言って机の下をごそごそと探している。 「アンタねぇ」 流石のハボックも腹に据えかねて大声を出そうとした時。 「あった!!」 嬉しそうなロイの声が机の下から聞こえた。そして、そのままの場所で立ち上がろうと頭を上げたものだから堪らない。当然のごとく物凄い音がして机の下に蹲ってしまった。 「大佐?!だ、大丈夫っスか?!」 「〜〜〜っっ!!」 ハボックが心配して声をかけるのにも頭を抱えて声も出せない。ハボックは手にしたコーヒーを机に置くとロイを机の下から引っ張り出した。 「大丈夫っスか?」 「い、痛い…」 後頭部を押さえるロイの手をそっと外してハボックはロイの頭の様子を調べた。 「わ、みるみる腫れてきてるっスよ」 「頭が割れそうだ…」 呟くロイを椅子に座らせて司令部を出ようとするハボックの袖をロイが掴んだ。 「?タオル持ってきますから」 そう言ってハボックがロイの手を外そうとするとロイは握っていた部品を差し出した。 「すまん」 しょんぼりと俯くロイに堪らない愛しさを感じて。 「いいんスよ。今、濡れタオルもってくるからちょっと待ってて下さい」 そう言ってハボックは急ぎ足でタオルを取りに出た。 少しして氷とタオルを持って戻ってきたハボックは見事に瘤になったロイの頭を冷やしてやる。 「オレに寄りかかっていいスから、楽にして下さい」 ロイの体を引き寄せて自分の体にもたれさせてやるとロイはホッと息を吐いて目を閉じた。そんなロイの肩ををハボックが愛しそうに抱きしめる。いつの間にかすうすうと寝息をたてはじめたロイを見守ってハボックは幸せそうに微笑んだ。 そんな二人から離れること2メートル。司令部の中ではそれぞれが机に向かって黙々と仕事を進めている。 「おい、フュリー。お前、あの二人にここが執務室じゃなくて司令部の大部屋だって教えてやれよ」 ブレダが書類から顔を上げずに言う。 「えー、嫌ですよ。せっかくお二人で仲良くされてるのを邪魔するなんて」 「んじゃ、ファルマン…」 「私も嫌です。馬に蹴られるのはゴメンですから」 ブレダがうんざりした顔をするのを見て、書類を書く手を止めてファルマンが事も無げに言った。 「いいじゃないですか、いつものことですし。放っておけばいいんですよ」 そうそうと相槌を打つフュリーとバカップルなぞどこ吹く風のファルマンを交互に見やってブレダはがっくりと肩を落とした。 (なんで、そんな慣れてんだよ…) 横目でそっとロイとハボックの様子を伺えばすっかり二人の世界に浸りきっている。 (中尉、早く帰ってきてください…) 自分だけは常識を失くすまいと堅く心に誓いながら、司令部最強の女性の帰りを待つブレダだった。 2006/5/16 |
「日常坐臥(にちじょうざが)」とは「毎日行われるいつもの生活。いつも。」という意味です。司令部ではいっつもこんな感じの日常が繰り広げられているという…。そして大体において被害を被るのはブレダだったり。 |