| mission |
| 「で、手っ取り早く言やオレは裏から忍び込んでその令嬢とやらを助け出せばいいんスね?」 「そんな言い方をしたら身も蓋もないだろうが」 咥え煙草で言うハボックにロイは顔をしかめて答えた。 「連中の注意は引きつける。その間にお前は一人で潜入しろ。本来ならもう一人付けるべきなんだろうがな。お前と一緒に行動できるのは中尉くらいだろうが、二人とも潜入班に回すわけにいかんし」 へたなヤツつけるよりは一人の方が行動しやすいだろうというロイをハボックは目を眇めて見やった。 「随分高く評価していただいてるようで」 「ムリならそう言え。他の方法を考える」 「…やりますよ」 ロイに言われてハボックがムッとして答えた。そのハボックはいつもの軍服ではなく、体にフィットした黒の上下にコンバットベストを着けている。ロイはこの姿のハボックが好きだった。いつもの茫洋とした感じがなりを潜め、全ての表情がそぎ落とされて獲物を狙う肉食獣の瞳になる。その瞳に見つめられるとゾクゾクと高揚したものが背筋を走った。 「時計をあわせろ。1700に作戦開始だ」 「Yes, sir」 ロイの言葉に敬礼で返し、ハボックは司令部の扉に手をかけたところでロイを振り返った。 「オレがいないんスからホイホイ前線に出てこないで下さいよ」 そう言ってロイが口を開く前に部屋を出て扉を閉めた。 ハボックが現場のビルにたどり着いたのは作戦決行の5分前だった。周りの様子を伺いながら、ゆっくりとビルの裏手の階段に回る。 「ここの5階ね…」 錬金術師を含むテロリストの集団がイーストシティ指折りの資産家の令嬢を誘拐して、刑務所にいる仲間の釈放を要求してきた。むろんそんな要求を呑めるわけがなく、テロリストの殲滅と令嬢の救出の作戦が立てられる。表からテロリスト殲滅部隊が攻撃を仕掛け、やつらの力をそぐと共に裏から令嬢の救出に当たるハボックの陽動部隊ともなる。 「しっかり、引き付けといてくれよ」 ハボックは時計を確かめて裏手の扉に手をかけた。 物陰に身を潜めながらハボックは建物の中を進んでいった。陽動作戦は功を奏しているようでハボックの行く手を塞ぐ者は殆んど現れなかった。時折いる見張りは銃を使わず背後から忍び寄って体術でその戦闘力を奪った。微かに聞こえる銃声や怒声に気を配りながら、ハボックは目指す階へと向かっていった。 目的の扉の前に着いたハボックはあたりを見回して眉を顰めた。他の階はともかく、人質のいるこの階くらいはもっと見張りがいてしかるべきだ。しかし、辺りはしんとして人の気配はない。 (人質の場所を移しやがったのか…?) そんな疑問が頭をよぎったが取り合えず事実を確認しないことには次の行動は起こせないと、ハボックは人質がいるはずの扉に手をかけた。 ゆっくりと手前に扉を開いて中の様子を伺う。窓のない部屋の隅に人質の令嬢が猿轡をされ後ろ手に縛られてうずくまっていた。扉が開いた気配に顔を挙げハボックに気づいて目を瞠る。ハボックは指を口に当てて静かにしているよう合図を送ると扉をすり抜けて中へ入った。少女の側に駆け寄り、その猿轡を外してやった時、首筋にちりちりとしたものを感じ咄嗟に振り向いた。 そこには―――。 のそりと体を起こす見たことのない獣。獅子と蛇を掛け合わせたような不気味な生き物。 (―――合成獣!!) 立ち上がったままの姿勢でこちらを見つめる獣から目を離さず、ハボックは足首につけていたナイフを抜き出すと少女を縛るロープを切り落とした。 「立てるか?」 ハボックの声に少女が震えながら頷く。 (ちきしょう、キメラがいるなんて聞いてねぇぞ。見張りがいないわけだ) 少女を支えて立ち上がりながらハボックはキメラと扉との距離を測った。どの程度素早いのか見当が付かないがその筋肉の盛り上がった脚はかなり跳躍力がありそうだ。 と、ハボックが考えた瞬間、キメラが二人めがけて飛び掛ってきた。ハボックは咄嗟に少女を突き飛ばすと銃を抜いてキメラ目掛けて撃ち込む。狙いを違わず発射されたそれは、しかしキメラの体を傷つけることなく弾き飛ばされた。身を翻してキメラの攻撃をかわしてハボックは少女の側に走り寄る。 「合図をしたら扉に向かって走れ」 そう言って少女を背後に庇いながらキメラとの距離をとる。銃を構えてキメラに向かって打ち込むと同時に叫んだ。 「走れ!!」 ハボックの声に弾かれたように扉に向かって走る少女から意識を逸らさせるようにハボックはキメラに向けて銃を撃ち続けた。うるさげに首を振ってハボックに向けて振り下ろされた腕を転がるようによけて、まだ数発残っているマガジンを抜くと新しいものを装填する。少女が扉にたどり着いたと思った瞬間、その体がよろけて倒れた。その細い足首にキメラの長い尻尾が絡みついている。キメラがその尾を少女ごと振り上げる前にハボックは少女の側に駆け寄り、こちらを振り向いたキメラの目を目掛けて銃弾を撃ち込んだ。キメラの顔から血しぶきがあがり少女を拘束する尾から力が抜ける。それを逃さずハボックが少女を扉の外へ突き飛ばそうとしたのとキメラが二人目掛けて鋭い爪を振り下ろすのがほぼ同時だった。 (避けたら彼女に当たるっ) 瞬時に判断したハボックはそれでも僅かに体をそらして致命傷を避ける。キメラの鋭い爪がハボックの右肩を切り裂いた。それにかまわず少女に続いて扉を潜り抜けると、ハボックは体をぶつける様にしてキメラとの間の扉を閉じる。その一瞬後、キメラが扉にぶつかる鈍い音が響いた。ハボックは体重をかけて扉を押さえ込みながら回りに目を走らせる。数本の金属の棒が落ちているのを見つけると少女に頼んで持ってこさせ、扉を固定した。 どくどくとキメラに切り裂かれた傷口から血が流れるのを感じる。 「悪いけど、そのスカーフ貸してくれる?」 ハボックは扉に寄りかかりながら少女が首に巻いているスカーフを指差して言った。 「貸してっつうか、多分ダメにしちまうけど」 そう呟くハボックに少女はスカーフを差し出して心配そうに顔を覗き込んだ。 「大丈夫ですか?」 「たぶんね」 スカーフで傷口を縛りながらハボックは少女をみて感心する。こんな目にあっていると言うのに不安に陥りながらも決してパニックにはなっていない。人質にパニックに陥られては助けられるものも助けられない。その点では恵まれたのかも知れない。 (人質に恵まれるってのも変だけどな) 止血を終えるとハボックはゆっくりと立ち上がった。背後ではキメラが扉に激しく当たる音が続いている。 「行こう。扉もいつまで持つかわからないしな」 そう言って少女を促すと階下へ続く階段へと向かった。 階段をくだりながらマガジンを新しいものと交換する。そんなハボックの様子を見ながら少女が不安げに声をかけた。 「銃、扱えるんですか?」 「ああ、オレ、両ききなんで」 少女の心配を理解してそう答えたハボックに少女は僅かに目を瞠った。表からの殲滅部隊の働きあって、建物の中にはもう殆んどテロリストの姿はなかった。偶に出くわす相手は確実に銃でその動きを封じ、歩みを緩めることなく進んでいく。テロリストよりもいつ背後から襲い掛かってくるかわからないキメラの方に余程恐怖を感じた。 やっと出口が見え、階段の最後のステップを降りようとした時、僅かにハボックの体が傾いだ。 「大丈夫ですか?!」 少女に支えられて転倒を免れる。 「ごめん」 そう答えたハボックの顔からは血の気が引いて汗が浮んでいた。 (血、出過ぎだっての) 止血したはずの傷口からは止まらない血があふれ出して足元に血溜まりが出来ている。心配そうに見上げる少女に微かに微笑んで、行こうと促した。建物の扉をくぐると向こうに青い軍服が展開しているのが見えた。少女を安全な場所に連れて行こうとして、背後からの物音に気づいたハボックは彼女の背を押して「走れ!」と叫んだ。 振り向きざま飛び掛ってくるキメラ目がけて銃を発射する。体を転がしてキメラの脚を避けると注意を引き付けようと更に銃を撃ち込んだ。少女が軍服の男達の下にたどり着いたのを目の端に捕らえて、なんとかキメラの動きを封じようとキメラの目に狙いを定めた時。 ガチッ――!! (詰まった?!) 目の前に迫る鋭い爪。 (やられる!!) 思わず目を瞑った瞬間、鋭い断末魔の悲鳴が上がった。 振り下ろされるはずの爪がいつまでも襲い掛かってこないのにハボックが恐る恐る目を開くと、キメラが焔を纏ってのたうつのが見えた。 「ハボック!!」 自分を呼ぶ声に振り向けば黒髪の上司が上着の裾を翻して駆け寄ってくる。 「…大佐…」 「大丈夫か?!」 うずくまるハボックの側に跪いてロイはハボックの肩に手をかけた。 「アンタ、また のこのこ前線に…」 「この状況でそれを言うのか、お前はっ!」 間一髪で危機を逃れたと言うのに相変わらずのハボックにロイが声を荒げる。ハボックはロイの肩越しに視線をやって 「彼女は?」と聞いた。 「保護した」 「そうっスか。じゃあ作戦終了ってことっスね…」 「?ハボック?おい、ハボック!!」 ロイの叫ぶ声を聞きながらハボックは意識を手放した。 「―――あれ?」 ハボックが目をあけるとそこには見慣れぬ天井があった。自分の置かれた状況がすぐには理解できずにいると扉が開く音がしてロイが入ってきた。 「目が覚めたか」 「大佐…えっと、オレ…」 「人質を救出した後、出血のため気を失った。もう少しずれていたら致命傷だったそうだ」 ぱちぱちと瞬きして自分を見るハボックにロイはため息をついた。 「あちらの錬金術師がキメラを練成していたことに気づかなかったのは私のミスだ」 すまないと目を伏せるロイを見つめていたハボックは小さく笑うと 「ねぇ、大佐。オレ、ちゃんと人質救出して、生きて帰ってきたっスよ」 そう言ってロイの手を取る。 「ご褒美くれないんスか?」 ねぇ、とねだるハボックの唇にロイはそっと口付けた。 「もっと欲しいんですけど?」 「怪我が治ったらな」 そう答えるロイにハボックが情けなさそうな声を出す。 「ええ〜っ、大佐、いけず〜っ」 騒ぐハボックの顔に枕を押し付けて視線を遮って。 ロイはハボックの無事に安心して泣きそうに歪む顔を隠した。 2006/5/13 |
ジャクリーン話に挑戦してみましたー。アクションシーンなんてかけないよ〜(涙)色々ある粗には目を瞑ってくださいねっ。愛だけはあるんだけどなぁ、それだけじゃまかない切れない物が…(苦笑) |