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 ハボックがいなくなる夢を見た。
 あまりのショックに飛び起きてそれが夢だとわかった後も、跳ねる鼓動と荒い息がいつまでも収まらない。
 ――今アイツはどこにいるんだっけ…?
 混乱する頭を落ち着かせて必死に思い出そうとする。
 ああ、そうだ、たしか南方司令部へ出張していたんだ。出かけたのが一昨日の夕方、明日の午後には帰ってくる筈だ。明日の午後には帰ってくる――。
 ロイは自分にそう言い聞かせてもう一度ベッドに横になった。しかし、一度逃げた眠りは再び訪れることはなかった。


「大佐、おはようございます!」
 司令部に入ればフュリーがにこにこと声をかけてくる。それに片手を上げて答えてロイはのろのろと執務室に向かった。結局昨夜はあの後眠ることが出来ず、おかげで今朝は頭が重くて仕方がない。徹夜などしょっちゅうしているのに、こんなことは初めてだった。執務室の椅子に腰掛けて深いため息をつく。いつもならハボックがコーヒーを持ってきてくれるが生憎今日は出張中だ。あの煙草の匂いと軽口が懐かしくてたまらない。
「早く帰って来い…」
 ロイはそう呟いて書類に手を伸ばした。


 昼を過ぎて、でも、何か食べる気にもなれず、ただ機械的に書類を片付けていく。そんな風にしてロイがなんとか一日を過ごそうとしていた時。
「爆弾テロです!列車が――っ」
 外線を受け取っていたブレダが叫んだ。さっと司令部内を緊張が走る。
「場所はどこだ?」
「ダブリスを過ぎたあたりです」
「被害の規模は?」
「まだはっきりとは…」
 ロイの問いにブレダが答える。
「そのあたりだとまだ南方司令部の管轄ですね。事前に情報は掴んでいなかったのでしょうか」
 ホークアイが疑問を口にした。
「とにかく、東方司令部の方からも援軍を出してほしいと言ってきています。どうしますか?」
「事が事だからな、出さん訳にはいかんだろう。ブレダ少尉、すぐ部隊を編成してくれ。ファルマン准尉は情報の収集、フェリー曹長は連絡を担当してくれ。私もすぐ出る」
「大佐」
 指示を与えた上で自分も動こうとするロイをホークアイが引きとめようとする。ロイはちらりとホークアイを見たが何も言わずコートを手に部屋を出た。それを見たホークアイは小さく首を振るとロイに続いた。


 ブレダ率いる数個の部隊はロイ、ホークアイと共に車で現地に向かった。その他の部隊は準備が整い次第列車で行けるところまで行き、後は徒歩での現地入りとなった。
 ロイの下へは次々と情報が送られてきたが、被害が明らかになるにつれその凄惨さが浮かび上がってきた。爆弾は線路の数箇所に仕掛けられていた模様で、列車の通過時刻にあわせて時限式で爆破された。列車はイーストシティに向かう乗客でほぼ満席。救助活動が続けられているものの列車の破損がひどく、なかなか乗客のもとへたどり着けない状況らしい。
 現場へ向かう車の中でロイもホークアイも殆んど口を開かなかった。まだその列車の乗客名簿は届いていないが時間的に乗っている可能性の高い、金髪の男のことを思わぬわけにはいかなかった。一刻も早くと思う気持ちを知ってか知らずか、車は遅々として進まない。ロイは震える拳をぐっと握り締めて、唇をかみ締めた。


 ようやく現地に着いた頃には陽も傾き始めていた。目の前には紅い夕日に照らされて、壮絶な光景が広がっていた。殆んど原型を留めぬばかりに破壊された列車。そこここに乗客の荷物に混ざって明らかに人の体と思われるものが転がっていた。
 まるで戦場のようだ。ロイは思った。かつて自分がいたイシュヴァールの戦場。ここにもあの時と同じように死が色濃く立ち込めている。
「大佐」
 ホークアイの声にロイはハッとして首を振る。ブレダの隊に救助活動に加わるよう指示を与えるとロイはホークアイに尋ねた。
「乗客名簿は手に入ったのか?」
「今、こちらにコピーを届けに来ると言うことです」
「そうか」
 ややあって、憲兵が名簿のコピーを持ってやって来た。ホークアイが労いの言葉をかけて受け取るとそのままロイに差し出す。奪うように受け取って、ロイは名簿をめくった。震える指でHのページを辿っていく。
 ――― Havoc, Jean
 その名を見つけた時、ロイの手から名簿が滑り落ちた。


 暗くなってからも投光器を使って救助活動が進められた。しかし生きた体よりも幾つものパーツに分かれた遺体が収容されることの方が何倍も多かった。名簿を確認して以来、必要な指示以外口を聞かないロイをホークアイは心配げに見つめた。情報が混乱して生きている人の安否も正確にはわからない。助け出されても身元を証明するものを身に着けていないと、本人が口を聞かない限りその人物が誰なのかわからないと言うこともある。本当なら今すぐにでも病院を回ってその安否を確認したいに違いないことがわかるだけに、ホークアイはロイにかける言葉が見つからなかった。
「何か情報が入りましたか?」
 救助活動に加わっていたブレダがやってきてホークアイに声をかける。その表情には疲労が色濃く滲んでいた。
「いいえ、今の所は何も」
 ホークアイの言葉にそうですかと呟いて、ブレダは少し離れた場所に立つロイをそっと見やった。
「アイツ、悪運だけは強いから大丈夫ですよ、きっと」
 自分に言い聞かせるように言葉を吐き出す。
「それに、アイツがあの人を放っておける訳ないんです」
 そういうブレダの言葉にホークアイも小さく頷いた。


 1日経ち、2日経つうち救助される人の数も減ってきた。半日交代で作業に当たる部隊も、見つかるのが損傷のひどい遺体ばかりで、流石に疲労の色を隠せない。東方だけでなく、各地から援助の部隊が集まっていたが、やはりそれぞれの地区での仕事もあり、1週間も経つと徐々に部隊を引き上げさせるようになっていた。
「大佐、我々の部隊もこれ以上こちらのことだけに係わっているわけには…」
 ホークアイが苦しげに告げるのにロイも反対するわけには行かなかった。
 ハボックの安否は依然として確認できなかった。生きているのか死んでいるのかもわからない。そのどっちつかずの状況がロイを苛んでいた。ホークアイに部隊の撤収の指示を与えるとぐったりと地面に座り込む。
 もうこのまま一歩も動きたくなかった。


 部隊の編成を終えて、明日には東方に向けて戻ることになった。細い三日月に照らされて列車の残骸が蛇の遺骸の様に横たわる現場にロイは一人で来ていた。
 ―――なんで戻ってこない?
 最後にアイツに触れたのはいつだっただろう。ほんの数日離れるだけのはずだったのに。もしかしてこのまま二度と会えなかったら―――。そう考えると足元から崩れ落ちるような気がした。
 ぼんやりと列車を見つめるロイの耳にじゃりと地面を踏みしめる音が聞こえ、ロイはハッとして身構えた。ゆっくりと砂利を踏む音が近づいてきて、その人物が置き去りにされた機材の陰から姿を現した。
 微かな月の光に照らされた金髪は―――。
「…ハボック…」
 まるで信じられないものを見るようにロイの瞳が見開かれる。名を呼ばれて男がゆっくりと顔を上げた。
「…大佐」
 小さく微笑んでロイに向かって腕を伸ばすと、ここ数日ですっかり痩せてしまった体をかき抱いた。
「大佐」
 耳元で囁かれてロイの体が大きく震えた。信じられない思いで見上げればそこには懐かしい空色の瞳が見下ろしていた。
「ハボック…、本当に…?」
 答えの代わりにぎゅっと抱きしめられた。
「なんで…っ、今までどこに…っ?」
「すんません」
 問い詰めるロイにハボックが答えた。
「頭を打って数日意識が戻らなかったんス。軍服着てなかったし、身元を証明するものも身に着けていなかったから病院の方としても連絡が取れなかったんです。意識が戻ってからもちょっと記憶の混濁があったりして、病院の方も混乱してたし、軍からの問い合わせもきちんと届いてなかったみたいで」
「それで戻ってくるのが遅れたと言うのか」
「すんません」
 ロイに問われてハボックがもう一度謝った。
「すんません」
 もう一度繰り返してロイを強く抱きしめた。その懐かしい香りに目頭が熱くなる。
「全く、お前は…っ」
 喉もとからこみ上げてくる熱い塊をごまかすようにそう言ってハボックの背をかき抱く。
「怪我はひどくないのか?」
「頭を3針ほど縫いましたけどね、それ以外はかすり傷っス。奇跡だって言われたっスよ」
 苦い笑いと共にそう告げてくるハボックの首に腕を回して、その唇を引き寄せる。
 微かな月明かりの下、長い長い口付けを交わした。


2006/5/10


最初の1文だけ思い浮かんで書き始めたSS.もう、勢いだけで最後まで持っていったのでかーなーりいい加減な所もありますがその辺は目を瞑っていただけると(汗)だいたい鋼世界の交通事情なんてよくわからん…。