守りたい人 2


 気がつくとハボックは白い闇の中にいた。辺りを見回してもそこにはゆるゆると流れる白い霧があるだけだ。ハボックは暫くそのまま立ち止まったまま自分に起きた事を思い起こしていた。
「銃で撃たれたんだったよな…」
 そう思って自分の体を見下ろすが、着慣れた軍服には特にそうと伺えるものは見当たらない。その事がむしろ、自分の魂が本来あるべき場所から離れようとしていることを知らせているように思えた。
「死んじまったのか、オレ…」
 あの時、自分はちゃんと彼を守れたのだろうか。絶対守ると決めたその人を…。
「どうせ死ぬならちゃんと確かめてから死ねっての、こんなんだからお前はダメなんだって言われるんだよな」
 自分をからかう黒い瞳を思い出して、ハボックは少し胸が痛んだ。
 このままここにいても仕方がないのでハボックは白い霧を掻き分けるようにして歩き出した。霧はハボックの周りで渦巻いては後ろに流れていく。そうして暫く歩いていると前方に人影のようなものが見えハボックはぎくりと身をこわばらせた。
「まさか、大佐…?!」
 守りきれずに死なせてしまったのだろうか。そんな思いに息が止まりそうになる。知らずハボックの足は人影に向かって走り出していた。霧が足にまとわりついてなかなか前に進めない。それでもようやく霧の中にたたずむ人の顔が見える所まで近づくことができた。ハボックはその人物の顔を確かめて驚きの声を上げた。
「…ヒューズ中佐?!」
 そう声をかけられた相手はゆっくりと顔をこちらに向けると、驚いたように目を見開いた。
「おまえ、ハボック少尉じゃないか。なんでこんなところにいるんだ?」
 強い調子でそう尋ねられて、ハボックはうろたえた。
「え、あ、いや、その、銃で撃たれまして…」
「まさか、ロイもこっちにきているのかっ?」
 しどろもどろになるハボックの胸倉を掴み上げ、ヒューズは怒鳴った。
「いや、多分大丈夫だと思います」
 ハボックは苦しげにそう答えると、ヒューズの手から抜け出した。
「多分、守れたと思います」
 そう繰り返すハボックをヒューズは暫く見つめていたが、おもむろに口を開いた。
「それじゃあ、貴様、ロイを置いてきたって言うのか?」
「そういうことになるんでしょうね」
 低く問いかけてくる声に苦い笑いを浮かべてハボックは答えた。と、次の瞬間ヒューズの拳がハボックの頬に炸裂していた。
「馬鹿野郎!お前までこっちに来ちまってどうするんだ!てめぇ、ワンコのくせして役割放棄してんじゃねぇよっ!」
 ハボックは殴られた頬を押さえて呆然とヒューズを見つめる。
「いいか、よく聞け。お前はなにがあってもアイツの側にいてやらなきゃいけないんだたとえ銃で撃たれようが何しようがアイツの側を離れちゃいけないんだよ」
 ヒューズは真剣な瞳でハボックの顔を覗き込んだ。
「それともお前はアイツのことを見限っちまったのか?もう側にいるのは嫌だと―――」
「そんな訳ないじゃないっスか!!」
 ヒューズの言葉を打ち消してハボックが叫ぶ。
「いつまでだってあの人の側に居たい!でも死んじまったら…っ」
「だったらとっとと帰れ」
 ヒューズはニヤリと笑ってそう言った。
「今ならまだ間に合う。こんな所にいないでロイのところへ帰れ」
「中佐…。でもどうやって…」
 途方にくれるハボックを見やるとヒューズは徐に立ち上がった。
「帰りたいと思えばいいんだよ。何座り込んでやがる」
 ヒューズはハボックの腕を引いて立たせてやるとクルリと彼の体を反転させ、ハボックがもと来た方向に向ける。
「そら、とっとと帰んな!」
 そういって思い切りハボックの尻を蹴り上げた。
「いてぇっ!」
 つんのめって数歩前に踏み出したその足元の地面が急になくなり、ハボックは真っ逆さまにに落ちて行く。
「ロイのこと、頼んだぞ」
 最後にヒューズがそう呟く声が聞こえた気がした。


 事後処理がほぼ終わった時には、もう空が白み始めていた。
「ご苦労だったな、もう帰って休んでくれ」
 ロイはホークアイ達にそう声をかけた。
「大佐こそ、もうお帰りになった方がよろしいかと」
 ホークアイは心配げに言ったが、ロイは微かに微笑むと
「私は大丈夫だ。先に帰ってくれ」
 と呟いた。そんなロイをホークアイは何か言いたげに見つめていたが、敬礼を返すと静かに部屋を出て行った。ロイは遠ざかる足音を暫く聞いていたが、コートを手に取ると部屋を出て車を回すように当番兵に命じた。


 車を降りると、ロイは病院の扉をくぐった。受付で病室を確認すると、まだ寝静まった廊下を進んでいく。教えられた病室の前に着くと、ロイは暫くの間立ちすくんだ。やっとの思いでドアノブに手をかけ、ゆっくりと回していく。そのまま扉を押し開ければ果たしてそこにはたくさんのチューブに繋がれた体が横たわっていた。ロイはゆっくりとベッドに近づき、そっとその顔を覗き込んだ。
 空を切り取ったような空色の瞳は堅く閉じられ、今はその色を見ることは出来ない。ロイはそっと手を伸ばしてその頬に触れた。そうして何度もそっと指を滑らせるがハボックは死んだように眠り続けるだけだった。
 あの時ほんの一瞬、緊張がゆるんだ。その一瞬の気の緩みが今ハボックを生死の境に彷徨わせている。
「くそ…っ」
 自分が先に気づけば、あんなヤツ一瞬で消し炭にしてやれたものを。ハボックを傷つけさせるようなことを許しはしなかったのに。ロイは震える指でハボックの寝衣の襟元を掴むと、その喉元に顔を埋めた。
「ハボック…っ」
 このまま二度と目覚めなかったら、そう考えると冷たい手で心臓を鷲づかみにされたような気になる。体の中心から冷え切って、ロイは堪らず身を震わせた。
 と、その時、自分がしがみ付いている体がわずかに身じろいだように感じて、ロイは顔を上げた。
「ハボック…?」
 見つめるロイの視線の先で金色の睫が震え、ゆっくりと目蓋が開いていく。ハボックは2、3度瞬くと傍らのロイを見つめた。
「あれ、大佐?何してるんスか…?」
 間の抜けた声で自分に問いかけてくる男を見る内、ロイの内側からゆっくりと怒りにも似た感情が沸きあがる。ロイは咄嗟に立ち上がりハボックに向かって叫んだ。
「全く、おまえは…っ」
 怒鳴りつけようとして、喉元をあがってくる熱い塊に言葉が詰まる。ハボックはそんなロイをびっくりしたように見つめていたが、やがて優しく微笑むとチューブに繋がれた手を上げてロイの頬をそっと拭った。
「泣いてるんですか?」
 そう問われて初めて自分の頬をぬらすものに気づく。
「泣いてなどいるものかっ」
 ロイは怒鳴って泣き顔を隠すようにハボックの胸の上に顔をうずめた。そんなロイの髪をハボックは何度も優しく撫でながらロイに尋ねた。
「ケガ、しませんでしたか?」
「ケガなんてしてない」
 ロイは顔をうずめたままくぐもった声で答える。
「そっか、よかったっス」
 小さく呟くハボックにロイは勢いよく顔を上げるとじろりと睨みつけた。
「良いわけないだろう!お前は死ぬところだったんだぞ!そんな事になったら私は…っ」
 怒鳴りつけるロイの唇に指をあてて黙らせると、ハボックは微笑んだ。
「大丈夫っスよ。オレは死んだりしませんから」
 ロイの目が大きく見開かれる。
「あの世から蹴り返してくれる人もいる事ですしね」
 そう言って微笑む空色の瞳に吸い込まれるように、ロイは静かにハボックに唇を寄せた。


2006/04/25


これ、最初のハボが撃たれるシーンとヒューズに蹴り飛ばされるシーンしか頭になくて書き始めたので間を埋めるのがめちゃくちゃ大変でした。エンディングさえまともに考えておらずいつも勝手にハボロイが動くのに任せてるってカンジだったり…(汗)