こいのぼり ロイver


出張が終わってやっと帰れると思った矢先、信号機のトラブルで列車が止まってしまい、ハボックと二人沿線の小さな町に泊まることを余儀なくされた。観光地というところでもないので特に目新しいものがあるわけでもないが、せっかくフリーの時間が出来たことでもあり夕方までの時間散歩に出かけることにした。小さな町は何もない分緑が豊かで新緑の季節、当てもなく散歩するにはちょうど良い。
「せっかく空気の綺麗なところに来ているんだ。少しはタバコをやめたらどうだ?」
 全く、コイツときたら四六時中タバコを離した事がない。コイツの口からタバコが消えていることがあるだろうか。せいぜい食事の時と、あとは―――
 突然、いつもより深い色を湛えた瞳で自分をベッドに縫い付けるハボックの姿が浮んで、ドキンと心臓が跳ねた。
「空気が美味いからタバコも美味いんじゃないっスか」
 すぐ近くで聞こえた声に僅かにうろたえたのを気づかれないよう、わざときつく睨みつけて足を速める。
「側によるな、空気が汚れる」
 と言えば、ひでぇと頭を掻きながら、それでもタバコの火を消すわけでもない。
 ―――うそだ。側によって欲しくないのは、不自然に高鳴る心臓の音を聞かれたくないからだ。動揺を見透かされたくなくて、なにか気をそらすものがないかと辺りを見回すと、少し離れた場所に何やら色とりどりの布が結び付けられている高いポールが目に入った。
「なんだ、あれは?」
 と指差せば
「近くによって見ます?」
 と言いながら近づいてくる。
 距離を置きたくて頷きながら足早にポールの方へと向かった。
 近くによって見ると、それは高いポールに細いひも状の布やどうやら魚のデザインの布が結び付けられているのだと判った。風がないので力なく垂れ下がったそれはだらしなくポールに巻きついている。
「何スかね、これ」
 と不思議そうに見上げるハボックに、答えようにも流石に知識がなく
「旗か何かなのか?」
 と一緒に首をひねることになる。
 するとその時、ポールの近くに建つ家の中から初老の男が出てきた。
「おや、旅の方かね?」
 と微笑む男に軽く挨拶を返し、
「これは何ですか?」
 とハボックが知りたいであろう事をたずねた。
「ああ、これは鯉のぼりと言ってね、私の故郷の風習なんだよ」
 と男が答える。
「家に男の子が生まれると今ぐらいの季節に飾るんだ。鯉が河をさかのぼって水脈に達すると龍になるという故事があって、それにちなんで 生まれた子の立身出世を願うものなんだ」
 そういって見上げる男の視線につられて、鯉のぼりとやらを見上げた。
「風があると綺麗にたなびいてね、空を泳いでいるようで素晴らしいんだが」
 こう風がなくっちゃねぇ、と残念そうに言うと、用事があるからと立ち去る男を見送った。
その背に軽く礼の言葉を投げて、ハボックはまた鯉のぼりを見上げている。
「残念っスね、風がなくて」
とがっかりして言うのを聞いて、ふとその望みを叶えてやりたくなった。風を起こすのなんて専門分野じゃないか。ちょっと大気の流れをいじってやればいい。
「風があればいいんだな」
 ハボックが何か言おうと口を開く前に、発火布をはめた指をパチンと鳴らした。
 途端――――ゴオっと突風が吹き荒れ、ポールに巻きついていた布が大きくはためいた。
「うわっっ」
 と、風に煽られてよろめきながらも空を見上げたハボックはそこにひらめく魚の群れをみて大きく目を見開いた。そんな様子をみて「どうだ?」と声をかければ、呆然とこちらを見下ろしてくる。せっかく望むとおり風を起こしてやったのにちっとも嬉しそうじゃない様子に少しむっとして
「何だ、気に入らないのか?」
 と問うと、見る見るうちに広がる笑み。
 ―――どくん、と心臓が高鳴った。
「最高っス!」
 ハボックの声に振り仰げば、まるでコイツの瞳から溶け出したような真っ青な空を泳ぐ魚が見えた。


 いつだってコイツの笑う顔を見ていたい。子供のように澄んだ空色の瞳も、自分を欲して色を増した瞳も全部、自分のものにしておきたい。いつだって、コイツの望むものを与え、自分に縛り付けておきたいのだ。
 多分、コイツはこんな想いを自分が抱いていることになど気づいてもいないだろう。
 でも、それを知らせるつもりもないし、知らなくてもいいことだと思う。
 色とりどりの魚が青い空を泳ぐのを、ハボックの隣で見上げながらいつまでもこうしていたいと思った。


2006/04/27


このおはなし、最初に「こいのぼり」を書いた時点では全く影も形もありませんでした。ネタに困って「それならこれをロイ視点で書いてみたら面白いかも」と書いてみたのがこれです。コンセプトは「一粒で2度おいしい」。これ以来すっかりクセになってしまいしょっちゅうやってしまってます。