欠乏症3 ハボックside


 大佐がセントラルから戻ってきたのは結局1週間も経ってからだった。最初はくだらない会議(大佐談)に出席しろということだけだったのに、行けば行ったであちらこちらから顔を出せだのなんだのと声がかかり、それでもどうしてもというものだけに絞ってやっとこの期間で帰ってきたのだった。もともと突然出かけることになったので、東方での仕事も滞っており帰って来たらまた山ほどの書類を抱え込む事になって、大佐の眉間には深い皺が刻まれていた。いつもならトンズラこく所なのだろうが、流石に中尉が目を吊り上げていることもあり、今の所おとなしく執務室にこもって仕事をしているようだ。最も執務室にいるからといって仕事をしているとは限らないわけだけど。


「大佐、一息いれません?」
 久しぶりにコーヒーを持って執務室に入ってみれば、これまた珍しく仕事にいそしむ上司がいた。ちらりとこちらを見たものの仕事の手を休めないのを、おや、と思いつつ机の上にコーヒーを置く。
「セントラルで何かありました?」
「…どういう意味だ?」
 尋ねるオレに顔も上げずに答える彼に少し寂しい気持ちを感じて。
「いや、珍しく真面目に仕事してるもんで」
 そう言えばやっと顔を上げてこちらを睨んでくる。
「私はいつだって真面目だぞ」
「そうっスかね…」
 いつもなら食って掛かってくる場面なのにすぐ書類に目を戻す。そんな彼を見つめているとひどく心が沈んでいくのを感じた。会いたい、と思っていたのは自分だけなのかもしれないとすごすごと執務室を後にした。


 夕方になるまで大佐は一歩も執務室から出てこなかった。昼食さえ中尉にサンドイッチを買ってこさせる始末だ。せっかくそこに大佐が居るのに、ちっとも嬉しくない。むしろ、目に見えない所に居てくれた方が心穏やかだったかもしれない。
 山ほど書類を抱えている大佐と違って、こちらはもうすっきり机の上も片付いて、定時になれば即帰れそうだった。別に急いで帰った所でやることがあるわけじゃないし、大佐のことを待っていようかなどと考えていたら執務室の扉が開いて大佐が出てきた。オレには目もくれずに部屋を横切ると扉を開けて出て行く。上着を持っていかなかったから帰るのではなさそうだが、どこに行ったのだろうか。暫く待ってみたが帰ってくる気配はなく、オレはずっしりと重い気持ちを抱えて家路に着いた。


 アパートに戻って明かりもつけずにソファに座り込む。久しぶりに大佐の顔を見たのに心は沈んだままだ。
「やっぱりオレなんてどうでもいいのかも…」
 1週間前に思ったことを改めてまた思って。
 大佐とこういう関係になったことはオレにとっては物凄く嬉しいことだったけれど、大佐にとってはほんの気紛れだったのかもしれない。才能もあって整った容姿で、男でも女でも彼に惹かれる人間は山ほどいる。別にオレを選ばなくても彼にあった人間なんて腐るほどいるんだ。彼がオレを見限った所でオレが文句を言える筋合いはないんだから。
 大佐からはっきり言われる前にオレから離れた方がいいのかもしれない。その方が彼だって気楽だろうし。
 そんな事を考えたら涙が出そうになった。


 次の日もそのまた次の日も、大佐は執務室にこもりっきりだった。ここまで綺麗に無視されるといっそ清々しいほどだ。やっぱりきちんとケリをつけるべきだろうと思いつつ、なかなか踏み切れずにいると夕方になって執務室の扉が開いて大佐が顔を出した。
「ハボック、今夜時間あるか?」
 いつもならこちらの都合なんて聞きやしないのに。
「はぁ、別に暇っスけど…」
「仕事が済んだらそっちに行く」
 それだけ言ってバタンと扉を閉じた。いよいよ三行半かなと思いながら重たい腰をあげて帰り支度を始めた。


「別にメシ食わせろって言われたわけじゃないし、用意しとかなくていいよな。用件が用件だから済んだらすぐ 帰りたいだろうし…」
 そう呟いて、ため息をついた。なんだか死刑執行を待つ囚人の気分だ。そう考えて、大佐との関係を終わらせた後自分はどうするんだろうと思った。今までどおり護衛を勤める?彼の右腕となって彼の野望を叶えるべく力を尽くす?
 …とてもムリだ。ただの上司と部下に戻るには近づきすぎた。目の前にいる人に手を伸ばさずにいる自信がない。
「やっぱ、田舎に帰るかなぁ…」
 遠い所で想う分には迷惑にならないだろう。どんなに離れても想いは尽きないだろうけど。他の誰かを好きになるなんて絶対ありえないから。
 そんなことをぼんやり考えていたらドンドンと扉を叩く音がした。どきんと心臓が跳ねて、それでも冷静を装って扉を開ける。
「すまん、遅くなった」
「大佐…」
 いつに無く殊勝なことを言う彼に戸惑いを感じながら部屋の中へと招き入れた。
「車、待たせてあるんスか?」
 そう尋ねるオレに怪訝そうな顔をするので
「だって、用件が済んだらすぐ帰るでしょ?」
 と言えば、
「なんで、すぐ帰らなきゃならないんだ」
 と眉をひそめ
「それに歩いてきたからな」
 などと平気な顔をして言う。
「アンタ、護衛も付けずに歩いてきたんですか?!」
 思わず声を荒げれば
「お前がいないからだろう」
 とムッとして答える。
「そりゃ確かにオレは先に帰ってましたけどね、護衛をしたい人間ならいくらでもいるでしょう」
「…どういう意味だ?」
 低い声で問われて、思わず自制心のたががはずれた。
「もう、オレがいらないならはっきりそう言って下さい。そうしたらオレ、アンタの前から消えますから。気紛れでオレに付き合ってくれてたならもう、いいです。オレ、アンタの邪魔をする気はないっスから。はっきり言ってくれていいんスよ?その方がなんぼか楽です」
 一気に捲くし立てるオレを目を見開いてみつめる。その黒い瞳がみるみる翳りを帯びる。
「…私から離れていくと言うのか…?」
「何言ってるんスか?大佐がオレを要らないって言ってるんでしょ?」
「いつ、私がそんな事を言った?!」
「だって、セントラルから帰ってきたってちっともオレの事見ようともしなかったじゃないスか!ろくに口だってきかないし、目すら合わせようとしない。仕事が溜まってるにしたってあんなに完璧無視されて!オレはずっとアンタに会いたかったけど、アンタはそうじゃなかったんでしょ?要らなくなったならそうはっきり言って――」
「私がお前と口を聞かなかったのも目を合わせなかったのも、そうしたら我慢できなくなるのがわかっていたからだ!」
 オレの言葉を遮るように大佐が叫んだ。
「ちょっとでも目を合わせたら自分を抑えられないのがわかっていたからだ!ずっとお前に飢えて飢えて、私がこの10日間あまりどんな気持ちで過ごしてたと思ってるんだ!?くだらない爺どもに付き合わされて、くだらない書類に振り回されて、私がどんなにお前に触れたいと思っていたか、私が――っ」
 そこまで言った時、見開いた黒い瞳からぽろりと涙が零れ落ちた。ハッとした大佐が顔を伏せる。
「もういい…っ!」
 そう小さく呟いてオレに背を向けて部屋を出て行こうとするのを、オレは咄嗟に腕を伸ばして抱きしめていた。
「離せ…っ」
「嫌です」
「離せといってるんだ!」
「絶対離しません」
 オレの腕から逃れようともがく体を押さえ込んで強引に口付けた。
「んっ…んんっ」
 逃げる舌を絡めて深く口付ける。もがいていた体から力が抜けるのを感じて、オレは漸く唇を離した。
「ずっとアンタにこうしたかった」
「…ウソだ。もう要らないんだろう?」
「オレがアンタにそう言われたと思ったんスよ?オレ、バカだからアンタの気持ちなんて全然わからなくて…」
「…ほんとにバカ犬だな…」
 そう言ってオレの肩にこつんと頭を預けてきた大佐に例えようのない愛しさを感じて。
 ぎゅっと抱きしめるともう一度深く口付けた。口中をくまなく探ってやれば体から力が抜け落ちて、オレに縋り付いてようやく立っている。そんな彼を抱き上げてオレは寝室へ向かった。ベッドの上にそっと下ろせば黒く濡れた瞳がオレを見つめていた。
「大佐…」
 囁きながら口付けた。深く貪って、空いた手で彼のシャツのボタンをはずしていく。露わになった胸元の飾りを強くつまみあげれば大きく体がしなった。そのままなんども指先で捏ねて潰してやれば、オレを押しやろうと力の抜けた腕を上げた。その手首を片手で頭上にまとめ上げ、もう一方の手と舌で赤く色づく飾りを丹念に愛撫する。
「あっ…はぁっ…」
 甘い吐息が零れ落ちて何度も体を震わせる。手を滑らせてズボンのボタンを外し、中へ差し入れると既に頭をもたげている彼自身を握り締めた。
「ひっ…、ああ…っ」
 ゆっくりと扱けばいやいやと首を振った。彼の手を離しズボンと下着を一気に剥ぎ取る。自分も服を脱ぎ捨てて裸の胸と胸をぴたりと合わせた。お互いの昂ったものが触れ合って、どれほど相手を求めていたかを思い知らされる。
 首筋に肩に胸に、余す所なくキスを降らせていく。オレの唇が触れるたび、彼が小さく身を震わせて甘い息を漏らした。足を大きく開かせると、奥まった箇所に舌を這わせていく。彼が小さく叫んで体を引こうとするがそれを許さずすぼませた舌先を差し入れて丹念に濡らした。指を差し入れてゆっくりと慣らしていく。徐々に差し入れる指の数を増やし、奥まった彼のいいところを突いてやると大きく体が跳ね上がって耐え切れない喘ぎが上がった。
 指を引き抜くと彼の顔を覗き込んだ。視線を感じて大佐がゆっくりと閉じていた目蓋を上げる。それ以上動こうとしないオレに、焦れたように彼の腰が揺れた。そんな仕草に思わず笑みを浮かべてオレは囁いた。
「言って?」
 何を言われているのか瞬時に理解できず、彼の顔に戸惑いが浮ぶ。
「どうして欲しいのか、言って?」
 漸く理解した彼が耳まで真っ赤になった。
「どうして欲しいの?」
 唇をかみ締めていやいやと首を振る。プライドの高い彼に酷い事を言っていると思う。でも、オレが大佐を求めたように大佐もオレを求めていてくれたと、言葉にして言って欲しかった。
「ねぇ、たいさ…?」
 耳元で囁けば彼の体がびくりと震えた。目蓋をぎゅっと閉じて唇をかみ締める彼にこれ以上言ってもダメかと諦めかけた時。
 彼の目蓋が開いてゆっくりとオレの肩に両腕を回した。
「いれて…。お前のが…ホシイ…っ」
 そう言ってぎゅっとしがみ付いて来る彼に心臓が跳ねた。
 深く口付けて、一気に彼の中へと体を進めた。こぼれた悲鳴もすべて飲み込んで。はやる気持ちを抑えることが出来ずに何度も腰を打ちつけた。甘い吐息がオレを駆り立てていく。
「ハボック…っ」
 オレの名を呼んで絶頂を迎えた彼にきつく締め付けられて、耐え切れずに彼の奥へと想いを放った。


 際限なく求め合って、気がつけば空が白んでいた。流石にぐったりと身を横たえていたが、気持ちが昂ってちっとも眠くならない。
「大佐」
 腕の中の愛しい人に囁けば、綺麗な黒い瞳がオレを見つめてきた。
「愛してます」
 そう言うとうっすらと目元を染めて目を逸らした。
 本当は言葉で返してくれたら嬉しいけど、こうして大人しくオレの腕の中にいることが彼の精一杯の表現なのだとわかっているから。
 やっとお互いをお互いで満たしあって、心の奥から暖かいものに包まれて、オレはもう一度腕の中の綺麗な人をしっかりと抱きしめた。


2006/5/8


最初はほんの短いお話の筈が思いもかけず長〜くなってしまいました。しかもまだロイsideがあったりして(汗)
よろしければもう少しお付き合いくださいませ。