欠乏症 2


「今日一日お前が足りなくて死にそうだった…」
 殺し文句で人のことその気にさせておいて、これはないんじゃないって思った。


「セントラルからっスか?」
「ああ、どうしても出席しろって言ってきてな」
 これからすぐ出発すると言って、準備もそこそこに中尉と一緒に列車に飛び乗って行った。
 今日は一日外仕事に振り回されて、やっと席に戻れば机の上には処理しなければならない書類が山積みになっていた。それでも、大佐がいればきっと今日は上官権限でむりやり帰らされたのだろうけど。
 今頃は不機嫌な顔で列車に揺られているであろうあの人を思い浮かべて苦笑する。
 時間の隙間を縫ってやっと顔を見に行けば、まるでこっちの気持ちを見透かしたように煽ってきて。それでこちらがその気になれば仕事だとさっさと出かけていってしまう。
「結局、オレなんてどうでもいいのかも…」
 そう、声に出して呟いたらそれが真実味を帯びてずっしりのしかかって来た。とても、書類なんて見る気にもなれない。どうせ帰ったって誰が待っているわけじゃなし、今夜はここで書類に埋もれているのもいいかもしれないなんて、自虐的になったりして。
 どうにも思考が空回りして、オレは机に突っ伏した。


 暫くそうして机に懐いていたオレだったが、一つため息をつくと起き上がってペンをとった。結局貧乏性なんだ。ずっとだらだらしてられなくて書類を書き始める。しょっちゅう仕事をサボって雲隠れできるっていうのも一種才能かもしれないとふと思った。オレだったらあれだけ書類溜め込んだら、とてもサボる気になれないけど。そんな事を考えながら書類を書き込んでいく。誰も居ない夜中は仕事を中断されることもなくて寧ろ集中できた。
 人の都合も関係なしにコーヒーだの何だのと騒ぐ上司もいないしな、なんて考えたら。
 会いたい、と思った。
 振り回されてもなんでもいいから、猫のように色の変わる黒い瞳を見ていたいと思った。
 今頃列車はどこを走っているのだろう。少しは休めているのだろうか。オレがこうしてあの人を想うように、少しでもオレのことを思い出してくれたらいいのに。そんな事を考えながら長い夜を過ごして。


 足りなくて死にそうなのはこっちの方だ。


2006/5/6


「欠乏症」シリーズ、最初のロイの話だけのはずだったのですが、なぜか続きが出来てしまいました。しかもまだ続きます(汗)