He must keep something secret from me.  後編


「ちょっと出かけてくる」
 夕飯の後、大佐は立ち上がると部屋を出て行く。
「どこ行くんスか?オレも一緒に…」
「すぐ帰るから大丈夫だ」
 ピシリと言いきる大佐にオレは次の言葉が出てこない。大佐は上着を羽織るとそそくさと出かけてしまった。その背を呆然と見送りながら、オレの脳裏に大佐の言葉が蘇ってくる。
『ジャクリーンは元気にしてるかい?』
 会いにいくんだ、と思った瞬間、オレはジャンパーを引っ掴んで外へと飛び出していた。きょろきょろと辺りを見回せば見慣れた黒髪が闇に溶ける様に角を曲がって消えていくところだった。慌てて後を追うと一定の距離を置いて後をつける。大佐は繁華街の方へは行かずに住宅が立ち並ぶ道を歩いていく。15分ほども歩いただろうか、大佐は1軒の家の前に立つとチャイムを鳴らした。暫くして家の扉があくと栗色の髪をした綺麗な女の人が出てくる。大佐は勧められるままに家の中へと入っていき、パタンと音がして扉が閉まった。
 あの女の人がジャクリーンなんだ。オレは呆然と立ち尽くしたままそう思う。あの綺麗な女の人が。
 そうだとわかった瞬間、全てがすとんとオレの中に納まった。大佐がオレによそよそしかったのも、どこかうわの空だったのも、あの女の人を、ジャクリーンを好きになったからだ。でもオレと付き合ってる手前、なかなかそうとは言い出せなかったのに違いない。
「たいさ…」
 ぽつりと呟いた途端、ぽろりと涙が零れ出た。もし、大佐があの人を好きなのだとしたら、オレは大佐の側にいるべきじゃない。だってオレは男で大佐も男なんだから。大佐があの女の人がいいと言うなら、オレは大佐の側にいちゃいけないんだ。だが、そう思った途端、きりきりと胸が締め付けられて。オレは暖かな光が零れる家に背を向けると、バタバタとその場を走り去ったのだった。

 かちゃりと音がして、寝室の扉が開いた。オレは情けなくもどうすることも出来なくて、家に帰ってくるなりベッドの中に潜り込んでいたのだった。
「ハボック?眠ってるのか?」
 大佐の心配そうな声が聞こえたけど、口を開いたら涙声になってしまいそうで、オレはブランケットをぐいと引き寄せると一層中へと潜り込む。大佐が近づいてくる気配がしてブランケット越しに大佐の手がオレの背を撫でた。
「どうした、気分でも悪いのか?」
 心配してくれるのは判ってるけど、でもそんなの今更だ。そんな中途半端に優しくされたらむしろ辛いばっかりだ。
 潜り込んだまま返事をしないオレにウンザリしたのか、大佐がベッドから離れていく。もうすっかり見捨てられてしまったのだと思ったら、鼻の奥がつんとなって涙が滲んできた。その時、いきなりブランケットを剥ぎ取られて大佐の顔が近づいてくる。びっくりして見上げたオレの顔を覗き込んだ大佐もまた、びっくりしてオレを見下ろしていた。
「ハボック、お前泣いてるのか?」
 呆れたようなその声にオレはブランケットを奪い返すと再び中に潜り込む。
「ほっといて下さい…っ」
 そう言ったオレの声は自分でも情けないほど涙に掠れていて、大佐が一瞬息を飲むのが判った。大佐は暫く何も言わずにいたが、再びブランケットを引っ張るとオレの耳元で怒鳴る。
「ハボックっ!!そこから出てこいっ!」
「ヤです」
「何をいじけてるんだ、はっきり言わないと判らんだろうが」
 そんなこと言ったってはっきり言ったらフラレるってことじゃないか。オレは大佐と別れたくないのに。だが、大佐はそんなオレを赦してはくれずブランケットを奪い取ると言った。
「ハボック、私を見ろ」
 そう言われてオレはベッドに伏せた顔をそっと横向けて大佐を伺う。大佐は腰に手を当てて、怒ったような表情を浮かべてオレを見下ろしていた。怒っていても綺麗だな、なんてこの場には不似合いなことを考えた瞬間、大佐の手がオレの耳を抓りあげる。
「いててててっっ」
 容赦ないその力に、引き起こされるように体を起こしたオレの顔を覗き込んで大佐が言った。
「さあ、言いたいことがあるなら言え」
 思わず視線を彷徨わせると大佐が摘んだ耳をギュッと引っ張る。痛いのと情けないのとで涙が滲む目で大佐を見ると、オレは消え入りそうな声で言った。
「たいさ、好きな人ができたんでしょ?」
「…は?」
 きょとんとする大佐にオレは一気に捲くし立てる。
「オレ、さっき見たんスよ。大佐が女の人の家に入っていくの。あの女の人がジャクリーンなんでしょ?この間 執務室で電話してた時、オレが入って行ったら慌てて切ってたけど、オレ、聞いたんですからね。『ジャクリーン は元気にしてるかい?』ってきいてたの。す、好きな女の人が出来たなら言ってくれたらいいじゃないっスか。オレ、大佐がオレと別れたいっていうなら…」
「別れるのか、お前は」
 冷ややかな声が聞こえてオレは大佐を見つめる。黒い瞳に怒りと呆れを載せて見つめる大佐にオレはぼろぼろと泣き出してしまった。
「わっ、別れたくないっスけど…っ、でも、オレは男で大佐も男で、大佐が女の人がいいって言うなら、オレ…っ」
 みっともなくひくっとしゃくりあげるオレを大佐は呆れたように見下ろす。一つため息をつくと大佐はオレの手をとった。
「全く、どうしたらそんなに突っ走った考えが出てくるんだか」
 そう言って、オレをベッドから下りるように促すと、ベッドサイドの電話を取る。ダイヤルを回して出た相手に一言二言告げると、受話器を置いてオレのことを見た。
「ほら、さっさとしろ。置いていくぞ」
 そう言って部屋を出て行く大佐のオレは慌てて後を追う。
「どこ行くんスか?」
 そう聞いても答えずに玄関から出て行く大佐にオレは仕方なしについて歩いた。もうだいぶ夜も遅くなってきた道を言葉も交わさずに黙々と歩いていく。情けなさに顔も上げられずに大佐の靴だけを見ながら歩いていたオレの前で、大佐が立ち止まった。
「ついたぞ」
 大佐の声に顔を上げればさっき大佐の後をつけた時に来た家が目の前にあった。目を見開いて突っ立つオレの腕をグイと引っ張ると、大佐はベルを鳴らす。
「ちょっ…ここは…っ」
「ジャクリーンにあわせてやる」
 大佐の言葉にオレが息を飲んだ時、ガチャリと音がして玄関の扉が開いた。
「マスタングさん」
「やあ、遅くにすまないね」
 さっき見た栗色の髪の美人が大佐に「いいんですよ」と答えるとオレ達を中へと通してくれる。正直こんな突然引き合わされて、オレはどうしていいのか判らずオロオロと視線を彷徨わせた。
「悪かったね、ムリなお願いをして」
「いいえ。マスタングさんに会うの、楽しみにしてるから」
 そう言ってにっこり笑う彼女の笑顔が胸に痛い。大佐に会うのを楽しみにするような、そんな関係なんだと知らされて、オレは言うべき言葉が見つからずに唇を噛み締めた。
「ほら、ジャクリーンだ」
 そう言われてハッとして顔を上げたオレの目の前に。
「みゃあ」
「うっ…わ…」
 思わず仰け反ったオレの目と鼻の先に突きつけられたのは真っ黒な毛並みの綺麗な猫だった。

「え…ね、こ…?」
「コイツがジャクリーンだ」
「え?え?」
 わけが判らず目を丸くするオレに大佐は猫の毛を撫でながら言う。
「10日ほど前に拾ったんだが、お前、猫が苦手だし、引き取り手が見つかるまでの間でも飼うと言ったらパニック起こしそうだったからな、こっそり飼ってたんだ。で、この間このユリアが引き取ってくれる事になったんだが」
 10日とはいえ飼っていたら情が移ってしまって会いたくなって会いに来た、と言う大佐をオレはまじまじと見つめた。
「でも、なんでジャクリーン…」
「ほら」
 ずいと近づけられる猫に思わずびくりとしながらオレは黒猫を見る。
「綺麗なブルーアイだろう」
 言われて黒い毛に包まれた小さな顔を見つめれば透きとおったブルーアイがオレを見返してきた。
「ジャンでも良かったんだが、女の子だからな」
 そう言って猫に頬ずりして微笑む大佐をオレは言葉もなく見つめる。大佐はオレを睨みつけると言った。
「私は電話で猫が元気かと聞いただけだし、ユリアの所へはジャクリーンの様子を見に来ただけだ。それでもお前は別れるって言うのか?」
「え、あ、いやその…」
 しどろもどろになるオレの鼻をぎゅうっと摘むと大佐は薄っすらと笑う。
「大体お前は一人で突っ走りすぎなんだ。判らないことがあるなら聞けばいいだろう」
 そんなこと言ったって、まさか猫のことだなんて思いもしなかったんだから。オレは大佐の腕の中の猫をじっと見つめる。大佐はブルーアイだからジャクリーンだと言ったけど、この綺麗な黒い毛並みはジャクリーンと言うよりも。
「大佐に似てるんじゃありません?この猫」
「は?」
「だって綺麗な黒毛だし」
 オレはそう言うと恐る恐る猫に手を伸ばす。ちょっと触れてびくりと手を離してしまったが、今度はゆっくりとその艶やかな毛に触れてみた。真っ黒な毛はとても柔らかくてさわり心地がいい。オレはごくりと唾を飲むと大佐に向かって言った。
「抱いてみてもいいっスか?」
「大丈夫なのか?」
 心配そうに言う大佐からオレは猫を受け取る。抱きしめたその体はしなやかであったかくて、おどろおどろしいイメージとはまるでかけ離れたものだった。オレは暫く猫を抱いていたが、大佐とユリアに向かって言った。
「良かったらオレも時々ジャクリーンに会いに来たいんスけど…」
 ダメっスか、と恐る恐る聞けば二人が顔を見合わせて笑う。
「今度からは二人で会いに来る事にしよう」
そう言ってにっこりと笑う大佐に、オレもにっこりと笑い返したのだった。


2007/6/22


というわけで、猫が苦手なハボのお話でした。普段はハボって動物は勿論、昆虫だろうが爬虫類だろうが好き嫌いは別として全然オッケーな人だと思っているのですが、まあ、たまにはこんなのも…。仔猫のジャクはnさまが仔猫を拾ったって言うお話からちゃっかり頂きました(笑)それにしてもうちのハボはどうもカッコいいからは遠い人のような…(汗)たまにはカッコいいハボも書いてみたいっ(切望