blaze


 目の前に広がる光景を綺麗だと思ったオレは裁かれるべきなんだろうか。


 イシュヴァール戦線も終局間近になると混乱を極めていた。来るべき筈の伝達が来ないなんてことはざらでそれが些細なことならともかく命に係わることになると冗談では済まされない。士官学校を卒業したばかりのオレが放り込まれた小隊ではそのとんでもない冗談に見舞われてしまった。
 撤退命令が届かなかったのだ。
 気がついたときには敵の部隊のど真ん中に取り残されていた。こうなったらもう嬲り殺しだ。それでも人間てのは諦めが悪いものらしい。誰もがその命に1秒でも長く縋り付いていたいと必死に足掻いていた。仲間が1人減り2人減りしていくうちにそれでも少しずつだが敵の包囲の端へ近づいて行った。だがしかし、世の中そんなに甘いものではない。後少し進めばなんとかなるかも知れないという地点を目の前にして、もう1歩も進むことが出来なくなってしまった。もっともこの小隊でここまで来られるなんて本当のことを言えば誰も期待していなかったに違いないからそれを考えればよくここまでやってきたと褒められるべきかもしれない。褒められたところで死んでしまったら何にもならないだろうけど。


「ちくしょうっ、あと少しでここから出られるのにっ!」
 絶望に染め上げられた叫びが上がるのをオレは意外と冷静に聞いていた。勿論できることなら生きて帰りたいと銃を撃ち続けてきたが、正直ここまで来られるとは思っていなかったから。  自分が今握っている銃が一体誰のものかももうわからない。弾がなくなればその辺に転がってる死体から銃を取り上げて撃ってきた。死んだあんたの分もオレが生き延びてやるからと言い訳して。でももうそれもここまでかも知れない。あんた達の分、生き延びてやれなかったなと自嘲気味に唇の端をあげて、たった20年で人生終わりになるとは流石のオレも想定外だとどこかのんびり考えていた。
 それでも敵の弾で撃ち砕かれる時までまだこの命を捨てるわけには行かなかった。野生の獣のようにちりちりと危険を知らせる勘だけに全てを任せて最小限無駄のない動きで攻撃をかわし、相手に弾を叩き込む。気がついたときには自分の周りに立っている味方は数えるほどになっていた。次の攻撃をかわしトリガーを引いたとき、手にした銃からはカチリと空しい音が響いただけだった。銃底で目の前の敵をぶん殴り、足首に付けていたナイフを抜きさる。後どれ位生き延びられるのか自分でも分からぬまま闇雲に進み続けた。だが。
 目の前に突きつけられる銃口。ああ。そうか。もうこれ以上先へは進ませてくれないのか。せっかく頑張ってここまで来たのに全部無駄だったってこと。もう諦めろとその銃口が言っている。お前の命を寄越せと、今までオレがそうして来たように今度はお前の番だとオレの悪あがきを嗤っていた。目の前の銃が火を噴くのをなす術もなく見つめるオレの前で。
 突然。
 銃を構えた相手が紅蓮の焔に包まれた。紅く紅く焔の帯を引いてくるくると回る姿はまるで踊っているようで。
 オレは呆然ともがき苦しむ相手を見つめていた。焔の踊りを舞い続けるその姿から目が離せず、その美しい焔に魂までもが吸い込まれる気がした。気がつくと目の前に広がっていた敵の部隊を呑み込むように揺らめく焔が広がっていた。高く低く揺れながら踊り続ける紅蓮の焔。
 綺麗だと思った。この焔にならたとえ焼き尽くされてもかまわないと。そうして焔を見つめ続けるその先に佇む人影に気がついたときオレは本当に身動きが取れなくなっていた。
 そこにいたのは。
 白い肌に焔を照らし出して漆黒の髪を巻き上がる風になびかせてすっくと立つしなやかな体。髪と同じ闇色の瞳は苛烈なまでの光を宿して真っ直ぐに見つめていた。手袋を嵌めた手がゆっくりと上がり小さく指を鳴らす。と。
 燃え上がった焔が目の前に広がった時と同じくらいの唐突さで消えた。一瞬空気が薄くなった気がしてぐらりと体が傾く。思わず膝を突いてそれでも目の前の漆黒の瞳から目を離せずに。  ゆっくりと彼が近づいてくるのをぼんやりと見つめていた。すぐ近くに立つ彼をただ呆然と見つめていると目の前に手が差し出される。練成陣を描いた白い手袋。
 その手に縋って立ち上がれば「大丈夫か。」と問われる。黙ったまま頷くオレにすぐ興味を失って彼は歩を進めた。銃の音が途絶えた戦場に彼が進む足音だけが響く。何もかも焼き尽くした後にはただ一陣の風が吹き抜けていった。


(今思えばあんとき一目惚れだったんだよな)
 ぽかりと煙草の煙を吐き出してオレは思った。あの後大佐の部隊に助け出されて九死に一生を得た。彼がイシュヴァールの英雄「焔の錬金術師」だと知ったのは更にその後で、彼とはその後顔をあわす機会もないままオレは戦場を後にした。何年か経って彼の下に配属が決まった時もただぼんやりと「ああ、あの時の」と思っただけだったのに、気がついたら彼から目を離せなくなっていた。
 ぷかりと。もう一つ煙を吐く。
 戦場で見た舞い踊る綺麗な焔に多分あの瞬間魂を飲み込まれて、あの時から既に逃げることなど敵わなくなっていたのだと思う。ただ自覚がなかっただけで。いつだったか綺麗な焔だと告げたとき、あの人はひどく傷ついた顔をしたけれどオレにとっては本当にただただ綺麗だと思えたから。
「ハボック」
 呼ばれて振り向けばそこにはあの時と同じ真っ直ぐに見据える瞳。この瞳の見据える先にオレもともに進めたらいい。
 この人と並んで進んでいけたら何があろうと決して後悔なんかしない。呼ばれるままに手を取ってオレはしなやかな体を抱きしめた。


2006/5/28


ハボロイ出会い編。勝手に捏造してしまいました。今、読み返すとなんだかなぁの出来ですが、ハボは絶対ロイの焔に囚われているといいな思っています。