誓い


「アンタ、一体なに何考えてんです?!大体前線にホイホイ出て行く司令官なんて聞いたことないっスよ!いい加減、おとなしくしてること学んでください!!」
 医務室で手当てを受ける私に向かってハボックが喚いた。普段なかなか怒らないコイツにしては珍しい。
「少尉、ここは医務室なんだ。治療中くらい静かにしていて貰えんかね?」
 初老の医師にそういわれて、ハボックはムッとして黙り込んだ。ザマアミロだ。大体コイツは大げさすぎるんだ。ちょっと弾がかすっただけだろうが。軍人なんだ。それくらい大騒ぎすることじゃない。
 手当てが終わって、「2、3日はお風呂にはいらないでね。」と言われて医務室を後にする。半歩後からついてくるハボックからは不機嫌のオーラが立ち上っているのが感じられ、こちらの神経を逆なでする。ついに我慢も限界にきて、立ち止まって振り向くと
「いい加減にしろ、ただのかすり傷だろうが」
 と言えば、
「ラッキーだっただけです」
 と睨まれた。
「私は軍人なんだ。自分の身は自分で守れるし、後ろで待っているのは性に合わない」
「アンタは司令官なんです。自分の身を危険に晒すのは無責任です」
 珍しく理詰めでくるハボックに一瞬言葉に詰まる。そんな私を無視してハボックは言葉を続けた。
「どうしても、アンタが前線に出てくるというなら、オレがアンタの盾になるだけっス」
 そう言われてある光景が蘇った。
 数発の銃声の後、ゆっくり倒れていく青い軍服。何も出来ずに立ち尽くす自分。
 たちまち体の奥から怒りがこみ上げてきた。
「そんなこと許さない…!」
 ハボックを傷つけることは、例えそれがハボック自身でも許さない。そんな私の気持ちを知ってか知らずかハボックは無表情で言った。
「オレはアンタのガード・ドッグですから」
 カッと頭に血が上った。
「ハボック少尉。護衛の任を解任する。今後、私の護衛をする必要はない」
「大佐?!」
「わかったな」
 そういって歩き出す私の腕をハボックが掴んだ。
「何言ってるんスか?!納得できません!!」
「お前が納得する必要なんてない!もう決めたんだ!」
 そう叫んでハボックの手を振りほどいて駆け出した。呼び止めるハボックの声にも振り向かず、一目散に廊下を駆け抜ける。幾つも角を曲がり手すりを飛び越えてめちゃくちゃに走った。ようやくハボックの声が聞こえない所まで来て、廊下の隅にしゃがみこむ。
 もう、あんな思いは、したくなかった。


 暫くして司令部に戻れば、先に戻っていたハボックと目が合った。無視して執務室に入ろうとすれば、ガタリと椅子を蹴立てて立ち上がろうとする。それをホークアイがやんわりと制して私について執務室に入ってきた。
「何か用かね、中尉」
 わざとらしく問いかければ
「ハボック少尉の護衛の任を解いたと聞きました」
 と言って来る。
「そのとおりだ」
「では、後任はお決めになっているのですか?」
「必要ない」
「そんな訳には行きません!」
 いつも冷静な彼女にしては強い口調で言ってくるのに、その瞳を見つめて
「必要ない」
 もう一度繰り返した。
 一瞬息を呑み、もう一度口を開こうとした彼女にそうする暇を与えず
「話はもう終わりだ」
 と告げた。


 探しにきて欲しくなくて、今日はサボらず仕事をしたのに、終わってみればほとんど今日が終わる時刻になっていた。司令部の大部屋にはもう誰も残っていない。冷たい空気に当たりたくて車を断って一人歩き出した。当番兵が誰か護衛をと叫んでいるのが聞こえたが、聞こえぬふりで建物を後にする。
 一度蘇った光景はなかなか消えてくれはしなかった。何度も崩れ落ちる姿がリプレイされて心が切り裂かれそうだ。あんな思いをするくらいなら、自分が死んだ方がマシだ。なのにアイツは平気な顔で盾になると言う。ぎり、と噛んだ唇からは血の匂いがした。それがあの時の光景に重なってますます心をかきむしる。
 ガ・ウン―――ッ!
 物思いに沈んでいたことで危険に気づくのが遅れた。それでも咄嗟に体をそらしたので弾は数センチ横を通り過ぎる。数歩走って、路地裏に身を潜めた。まずい事に発火布は執務室の引き出しに置いてきてしまった。懐の銃を手にして、気配を探る。5人?いや、6人か?暗闇の中こちらから発砲すれば居場所を教えるようなものだ。相手の動きを探りながら突破口を探すべく、少しずつ移動していく。
と、その時。
 どすっと重い肉を叩く音がしてうめき声が聞こえた。続いて鈍い骨の折れる音や肉を絶つ音がして、人間が倒れる気配がする。敵側が浮き足立っているのが伝わってきたが、それもあっという間に静寂に取って代わった。何が起きたのかわからず動けずに居ると、ゆっくりと近づいてくる気配を感じて銃を構えて身構えた。
 暗闇に浮かび上がる金髪は。
「ハボック…」
 私をみる瞳には感情がない。そのまま近づいてきて私の前に立つと手を伸ばして両肩を掴んできた。
「怪我、ないっスか?」
 問われるままに頷くと、たちまち青い瞳に安堵の光が浮かび上がった。そのまま私の体を抱き
込んでくる。
「良かった…」
 耳元で囁いた声は震えていた。
「何故ここに?」
 と、問えば
「どうしても気になって司令部にもどったんス。そしたらアンタが一人で護衛も付けずに帰ったっていうから……」
 ぎゅっと抱きしめてくる腕に知らずため息がこぼれた。抱き返せばハボックは驚いたように顔を上げた。暫く私の顔を見つめていたがゆっくりと口を開いた。
「アンタを守らせてください。守る必要がないっていうんなら、せめて隣に立たせてください」
 泣きそうな声でそう告げてくるのに目を見開いて。
「一緒にいさせてください。そうでなければここに居る意味がないんスよ。ダメになっちまう、だから……」
 そう言ってもう一度抱きしめる腕に力をこめる。触れ合う部分からゆっくりと溶け合うような気がした。側にいないとダメになってしまうのは私も同じだ。でも。
「盾になるなんて、バカなことを言わないならな」
「アンタがフラフラ出てくるからでしょうが」
 昼間もめた話題を再び出してくる口を唇で塞いで。
「一緒に並び立て。守るも守られるもない。そうでなければ許さない」
 ハボックの瞳が一瞬瞠られたが、すぐに優しい光を湛える。
「アイ・サー」
 その答えに、誓いのキスを、交わした。


2006/5/2


「守りたい人」の後日談になります。軍人も護衛も考えればしんどいですよね。