薔薇の言葉



「大佐っ、オレ、もう限界っス…!」
 そう言って今にも店から駆け出していきそうなハボックの袖を掴んで引き止める。半泣きになってこちらを見下ろしてくる姿ははっきり言って情けない。
「もう少しだから我慢しろ」
 そう言うとロイは店の中をゆっくりと歩き出した。
 そこはセントラルにあるバラの花をテーマにした店だった。出張でセントラルに来ていたロイとハボックだったが、先刻仕事を済ませてホテルに戻ろうとした所、ヒューズに捕まってお使いを頼まれたのだった。
「いやぁ、オレの愛しいグレイシアの為に、今話題のバラの小物を送りたいんだけどさぁ」
 本当は自分で選びに行きたいのだが、どうしても急ぎの用件があって手をはずせないのだと言う。
「だからって、なんでオレ達が買いに来なくっちゃいけないんスか?」
 もう何度目になるか数えるのも嫌になるほど同じ質問をハボックがする。
「グレイシアにはこの出張中も食事に招いてもらったり、いろいろ世話を焼いてもらったしな。ヒューズの為ではなく彼女へのお礼ということだ」
「でも、ちゃんとお土産持って来てたんだし、何ももう一度お礼しなくてもいいじゃないっスか」
「開店したばかりで話題の店なんだぞ、小さい子供を連れて買い物に来るには混み合ってて大変だろう。それに、女性の好きな店というものを見ておけば、お前も少しは女性にウケる話が出来るだろうと思ってな」
「でも、この匂いは拷問っス…っ」
 バラの花をかたどったインテリアや小物が所狭しと並べられた店内は、甘い香りにあふれている。いい香りではあるのだが、確かにこれだけ集められているとなかなか強烈といえば言えないこともなかった。
「やっぱり犬だけあって嗅覚が発達してるんだな」
 へろへろになっているハボックを見やってからかうロイを恨めしげに見下ろすハボックの口には、タバコが情けなく垂れ下がっている。
「なんとでも言ってください…」
 もう言い返す気力もなくなっているハボックを流石に哀れに思って、ロイは何点か見繕うとレジに並んだ。


「あ〜〜っ、もう死ぬかと思ったスよ」
 やっと店から出られてハボックは思い切り空気を吸う。
「全く、そんなことだから女性から相手にされんのだ」
「あんな店に行かないと相手にされないならそれでもいいっス」
 ロイに嫌味を言われてもかまわないほど参っていたらしい。ハボックはそう返すとタバコを取り出して口に咥えた。
「バラの香りには脳波を落ち着かせる働きがあるそうだ。古くから薬草として医療品に使われていた歴史もあるんだぞ」
「オレにとってはタバコの方がよっぽど落ち着きます」
 そう言って美味そうに煙を吐き出すハボックを見てロイは苦笑を浮かべた。
「そういえば、この近くにバラの花を使った料理を出すレストランがあるそうだが、行ってみるか?」
「カンベンシテクダサイ…」
 嫌がるのをわかっていてわざと言ってみれば案の定思いっきり顔をしかめている。
「週末は予約でいっぱいになるほどの人気の店だそうだ。バラの花びらの入ったバラご飯とか、バラの天ぷらとか、これはほのかに苦味があっておいしいそうだが、あと細かく刻んだ花びらをまぶした筍の煮物とか…」
「うへぇ、聞いただけでも腹ん中からバラの香りがしそうっス。だいたい筍の煮物なんてそんな妙なものまぶさなくても十分うまいじゃないっスか」
 そんなことまでしてバラを食べたいと思う神経が信じられませんとぶつぶつ言うのをロイは楽しげに見つめた。
「食用のバラの花びらにはビタミンや食物繊維が含まれていてな、女性にしてみれば美容によさそうと思うんだろう」
 そう教えてやれば思い切り嫌そうに下唇を突き出した。
「そんなもんでビタミンやら食物繊維とらんでも、他においしく取れるものがいくらでもあると思いますがね」
「だからお前はモテんのだよ、ハボック」
 ロイがいつものセリフを言えば「別にいいっス」とハボックは不貞腐れた。流石にそれ以上苛めるのはやめにして、ロイはふと思いついたことを口にした。
「そういえば、バラの花言葉を知っているか?」
「どうせ、オレはそういう女性向けの知識は皆無です」
 別にそういった意味で聞いたわけではないのに、先回りしてそう答えるハボックにロイは「そういじけるな」と言えば、「誰のせいです?」と睨んでくる。ロイは苦笑を浮かべて言葉を続けた。
「まぁ、一般的には情熱とか愛情とかだろうけどな。でも、黄色いバラには『貴女には誠意がない』とか『笑って別れましょう』とか言う意味もあるんだぞ」
「マジっスか?!」
 とあまりに驚くので、ロイは内心送ったことあるんだなと察すると同時にチクリと胸が痛んだ。
 暫くどちらも口をきかずに歩いていたが、ハボックがポツリと言った。
「大佐なら何色のバラを送ってほしいっスか?」
 そう問われて見上げると、真剣な顔をして自分を見つめているハボックと目が合ってロイは一瞬どきりとした。
「そんなの、送る方が考えるものだろう」
 と答えて「でも」とロイは続けた。
「私ならお前に白いバラを送るかな、それも枯れてるヤツ」
「はあっ?!」
 何スか、それ、ひどいっスと嘆いているハボックを見てロイはうっすらと笑った。


2006/04/27



この薔薇の小物のお店とか薔薇を使ったレストランは本当にあるそうです。元ネタはNHKの「おはよう日本・まちかど情報室」から。テレビで流れた途端「ネタだ〜っ!」と慌ててビデオをセットしちゃいました。しかし、ねたになるとは思ったけれどまさかこういう流れになるとは書いた本人もまるで想定外でした。