| 紫陽花 |
| しとしとしと。 絹糸のような雨が降り注いでいる。ここのところイーストシティは連日雨だ。珍しく定時に一緒に上がったハボックとヤツのアパートへの道を傘をさして歩いている。雨なのだから車を使えば楽なのだが、ハボックが美味いものを作るから市場で買い物をして行こうなどと言うので、二人して雨の中を歩くことになった。 雨は好きじゃない。決して嫌いというわけではないが、何もかも雨音の中に封じ込められて行く様で落ち着かない。叩きつける豪雨であれば、その雨の勢いで何がしかの澱みが洗い流されて行く様でむしろさっぱりする気もするが、こんなしとしと降り続く雨はそのねずみ色のカーテンに自分の中の汚いものが閉じ込められていくような、そんな気がして気持ちが塞いで行く。そんなことをつらつらと考えながらハボックとモノトーンに沈む街を歩いていった。 「ほんと、よく降りますね」 ハボックが傘を傾げて空を見上げながら言う。 「大佐は雨の日ってやっぱ嫌いなんスか?」 さっきから私が考えていたことを見透かしたようにハボックが聞いてきた。 「どうせ雨の日は無能とか言いたいんだろう?」 そう言って睨みつけてやれば困ったような笑みを浮かべた。 「そんなこと言ってないっスよ」 ちらりとこちらを見るとすぐ視線を前に戻して。 「それに、雨の日は無能だなんて誰もホントは思ってないの知ってるくせに」 空から絶え間なく降ってくる雨を見上げる。 「雨の日が無能になるくらいなら誰もアンタを『焔』の名で呼んだりしないでしょう。アンタの焔はそんなちゃちなもんじゃないから」 掌を雨の中に差し出して降ってくる雨を受け止めた。 「ただ、アンタを無能呼ばわりすることでみんなアンタを甘やかしたいだけだってこと」 わかってるんでしょ、と私をみて小さく笑った。 そんなハボックに答えを返せずにいるとハボックは通りかかった路地を指差して 「ちょっと寄って行ってもいいっスか?」 と言った。黙って頷くと狭い路地へと入っていく。数軒行ったところにある民家を指差すと「ここなんスけど」と呟きながら呼び鈴を鳴らした。少しすると初老の上品な感じの婦人が顔を出した。 「まぁ、ハボックさん。いつ来られるかとお待ちしてましたのよ」 そういう女性にハボックは「すみません」と頭を掻いて、私の方を振り向くと「ちょっと待ってて下さい」と言い置いて中へ入っていった。ぼんやりと雨の中で待っていると暫くしてハボックが出てきた。 「有難うございました」 頭を下げるハボックに 「また何かあったら言って頂戴ね」 とにこやかに笑って女性が言った。 女性の所を辞すと通りの手前でハボックが手にしたものを私の前に差し出した。 「はい、これ、大佐にあげますよ」 そう言って差し出したのは空色の花をつけた紫陽花の鉢。 「これを貰いに行ったのか?」 「この間たまたまここの庭にきれいな紫陽花が咲いてるのを見かけたんスよ。ほら、アンタ雨だとあんまり機嫌よくないしこれでも近くに置いておいたら少しは気が晴れるかなぁって思ったんで」 だから貰える様に頼んどいたんです、そう言って鉢を差し出すその瞳は花と同じ空色で。 ――― いつだって一番自分を甘やかす男に眩暈がした。 「紫陽花の手入れの仕方なんて知らんぞ」 多分、熱が上がって紅くなった目元を隠すように傘を傾けてぶっきらぼうに言えば。 「大丈夫、わからないことがあれば彼女が何時でも教えてくれますよ。オレも手伝いますし」 そう言いながら晴れやかに笑う。太陽の光を集めた金色の髪に雨の滴を纏わせて。 こんな風に甘やかされたら雨の日だって嫌いになれない。もっともっと甘やかされたくて雨が降るのを待ちわびてしまうかもしれない。そんな自分が信じられずに目を細めてハボックを見つめた。 傘が傾いで雨の滴が顔に当たる。空色の瞳が近づいて優しい感触が唇に落ちた。すぐ離れていこうとするのが嫌で傘を離して両手でハボックの襟元を掴むと深く口付けた。降り注ぐ雨の中何度も口付けを交わす。終わらないそれにハボックが苦笑する気配がして、手にした鉢を下ろすとそっとオレを押し留めた。 「風邪引いちゃいますよ」 そう言って拾い上げた傘を差し出してくるのを黙って受け取る。 「行きましょうか」 鉢を手にしたハボックが促してくるままに通りへと足を踏み出した。モノクロームに沈む街の中でハボックの周りだけ色が着いている。そんな錯覚に明日はきっと綺麗に晴れるだろうと思った。 2006/6/5 |
えっと、本当ならもっと後でupする順番なのですが、せっかくシーズンなので。うちの庭の隅っこに植わってる紫陽花が今とっても綺麗です。てっきりピンクの花が咲くと思い込んでいたら水色だったので、ハボ色だなぁと。この季節の紫陽花って雨の中、ホント鮮やかですよねぇ。続きあるけど、それはまたその内…。 |