豆騎士 初空月編


「や、やっと着いた……ッ」
 イーストシティの駅に降り立った少年の口から疲れきった呟きが零れる。彼は両腕を空に向かって突き上げると大きく口を開いた。
「やっと着いたぞーッ!!」
「兄さん、みんな見てるよ……」
 大声で叫ぶエドワードにアルフォンスが大きな体を精一杯縮こまらせて恥ずかしそうに言う。だが、エドワードはギュッと両の拳を握り締めると感動に涙しながら言った。
「なに言ってんだ、アル。ここまで来るのに何日かかったと思う?二週間だぞ、普通なら三日で着く道のりを二週間ッ!その間どれだけ苦労したことか……ッ!」
 落石事故で不通になった路線を避けて、遠回りした町では洪水被害。ボートで何とか脱出した先で逃げ出した牛の群れに押し潰されそうになったり、渡ろうとした吊り橋が落ちたりと、今ここに無事立っているのが不思議なくらいだ。エドワードは手の甲で滲む涙を乱暴に拭って言った。
「何はともあれやっと着いた!アル、俺は少尉んとこ行くから荷物頼むぜッ」
「あっ、兄さん!」
 言うなり返事も待たずにエドワードはコートを翻して走り去ってしまう。そんな兄にアルフォンスはやれやれとため息をついた。
「まぁ、仕方ないか」
 ここ数ヶ月、二人は体を元に戻す方法を探し求めてイーストシティに帰ってこられなかった。せめて新年をエドワードが年上の恋人と迎えたいと思っていたのも知っていたがそれも叶わなかった。
「今夜は帰ってこないかな」
 アルフォンスは呟きながらエドワードが置き去りにした荷物を持ち上げた。
「ゆっくり話が出来るといいね、兄さん」
 エドワードが走り去った方へそう笑いかけて、アルフォンスはイーストシティの駅を後にした。

「しょういいい〜〜ッ!!」
 ダダダと地響きを立ててエドワードは司令部の廊下を走り抜ける。バンッと司令室の扉を開ければ、中で仕事をしていた面々が驚いて顔を上げた。
「エドワードくん、お帰り。久しぶりだね」
 エドワードの姿を認めてフュリーが笑みを浮かべて言う。それに手を上げて答えると、エドワードは司令室の中をキョロキョロと見回した。
「少尉は?」
「ハボなら今日は午後から休みだぜ」
「えっ?マジ?!」
「ついさっき詰め所寄ってから帰るって出ていったからまだその辺にいるんじゃねぇ?」
 ブレダの言葉にエドワードは金色の目を見開く。慌てて飛び出そうとすれば、いきなり背後から襟首を掴まれてグエッと潰れた蛙のような声を上げた。
「挨拶もなしに帰る気か?鋼の」
「大佐!」
 背後から聞こえた声にエドワードは肩越しに振り向く。襟首を掴む手を振り解くとロイを睨んだ。
「なんだよッ、別に大佐に会いに来た訳じゃねぇし!」
 しゃあなと再び飛び出そうとするエドワードの襟首をロイは素早く掴む。グイと持ち上げればエドワードが手足をジタバタさせてもがいた。
「大佐ッ、てめぇ、このッ!」
 肩越しに睨んでくる金目をロイはジロリと見た。
「上官に対する礼儀と言うものを知らんのか。私の一言で明日のハボックの休みは取り消しになるんだぞ」
「ッ?!きたねぇぞッ、大佐!」
「なんとでも」
 罵る言葉にもまるで動じた様子もないロイをエドワードは睨む。それでも下に下ろされれば襟を正してピッと敬礼して言った。
「ご無沙汰してます、マスタング大佐。相変わらずの嫌みっぷり、ご健在を確認出来てなによりです」
「……鋼の」
「わりぃ、大佐!これ以上付き合ってらんないわ。俺、マジ少尉探さねぇと、」
 最低限の事はやったと、エドワードは悪びれもせずそう言うと、今度こそ司令室を飛び出していく。その背に向かってため息をつくロイにブレダが苦笑した。
「今何を言っても無駄ですよ。ハボックに会いたい一心で帰ってきてるんですから」
「明後日が思いやられる」
 示し合わせたわけではないだろうが、ハボックは今日の午後から一日半の休暇だ。そうとなればヤりたい盛りの少年が年上の恋人を放っておくはずがなく、休暇明けのハボックはさぞかしぐでんぐでんで色気がダダ漏れになっていることだろう。
「ハボック隊の軍曹に明後日の演習はなしにしろと言っておいてくれ」
「判りました」
 げんなりとしたロイに苦笑して答えて、ブレダは司令室を後にした。

「いねぇじゃん」
 ハボック隊の詰め所に行けば「隊長はロッカールームにいった」と言われたエドワードは、開け放った扉からロッカールームの中を見回して呟く。偶々中にいたハボックの部下がエドワードを見て言った。
「隊長ならたった今帰ったけど」
「マジかよ!もう少し引き留めておいてくれよ!」
 エドワードは勝手な事を言ってロッカールームを飛び出す。廊下を走り抜け司令部の玄関から飛び出し通りに出ると、キョロキョロと辺りを見回した。
「どっちだ?」
 そう呟くとエドワードは商店が立ち並ぶ方へと走り出す。ハボックがよく行く食料品店や雑貨屋、本屋から煙草屋まで覗いたがハボックの姿は見当たらなかった。それならもう帰ったのだろうかとアパートに行ってみる。だが、ドアを叩いても応える声はなく、ハボックはアパートにも戻っていなかった。
「くそっ、どこに行ったんだよ……」
 ハボックが行きそうな所は粗方当たってみたがどこにもその長身を見つけられないのが悔しい。何だかハボックが遠くなってしまったようで、エドワードはギュッと拳を握り締めた。
「ちきしょう、絶対見つけてやるッ」
 エドワードは結わいた髪を後ろに跳ね上げて呟く。アパートの階段を駆け下りると当てもなく走っていった。キョロキョロと見回しながらただ本能に導かれるまま走る。そうすればイーストシティを流れる河を渡る橋に出て、エドワードは足を止めた。
『ここから初日の出が見えるんだぜ、大将』
 橋から河を見やったエドワードは不意に頭に蘇った声に目を見張る。いつの事だったろう、川沿いの遊歩道を歩いていた時、ハボックが言ったのだ。
『あの高い塔の間から昇ってくるのが見えるんだ。いつか一緒に見られたらいいな』
 そう言って笑った空色の瞳。目の前に浮かぶ空色に、エドワードは川沿いに降りる階段を二段抜かしで駆け下りた。川沿いに伸びる遊歩道をエドワードは駆けていく。視線を巡らせれば道から外れた河近くの草の中、金色の頭が見えた。
「少尉ッ!」
 大声で呼びながら伸びた草を掻き分けて走る。そうすれば振り向いた空色が驚いたように見開かれた。
「大将?」
「少尉ッ」
 立ち上がろうと腰を上げかけたハボックにエドワードは思い切り飛びつく。受け止めきれず地面に倒れ込んだハボックに圧し掛かるようにして、エドワードは噛みつくようにハボックに口づけた。
「大――――、んんッ!」
 突然のキスにハボックは驚いて目を見張る。押し返そうとするハボックを押さえつけて、エドワードは更に深く口づけた。
「ンッ!んふ……、ぅん」
 半ば強引に舌をねじ込みハボックのそれを絡め取る。キツく絡めて口内をなぶればハボックの躯からゆっくりと力が抜けていった。
「すげぇ熱烈な再会だな」
 長いキスを終えて唇を離せば、ハボックが苦笑して言う。見下ろしてくる金目に手を伸ばして、ハボックは言った。
「いつ帰ってきたんだ?」
「さっき。すげぇ探したんだぞ」
 そう言って睨んでくるエドワードにハボックがクスクスと笑う。ムッとするエドワードの頬を撫でてハボックは言った。
「おかえり。元気そうだな」
 よかったと目を細めるハボックにエドワードは顔を歪める。なんだか涙が出そうになって、エドワードはハボックの首元に顔を埋めた。
「大将?」
「こんなとこで何してたんだ?」
「ん?大将の事考えてた。元気にしてるかなぁって」
 背に腕を回してそう言うのを聞けば、エドワードは顔を歪める。首筋に顔を埋めたままくぐもった声で言った。
「ごめん、初日の出見らんなかった」
「来年見ればいいだろ」
 耳元で聞こえた声にエドワードは顔を上げる。そうすればハボックがエドワードを見上げて言った。
「来年がダメならまたその来年。それでも見られなかったらまたその次。初日の出は毎年来るんだからさ。それとももう一緒にいてくんないの?」
「――んな訳ねぇだろっ!」
 悪戯っぽく言う空色をエドワードは睨む。
「離さねぇよ、ずっと」
「うん」
 にっこりと笑うハボックにエドワードは堪らず噛みつくように口づけた。
「絶対離さないからな。だから一緒に初日の出見よう」
「うん」
「約束だからな」
「うん」
 笑って頷くハボックにエドワードは何度も何度も口づけた。


2013/02/25